あけましておめでとうございます!!
年末に少々胃腸炎を起こしたこともあり、食事はいつもよりおとなしめではありましたが、例年通りの穏やかな年越し、そして新年を迎えられたのは、とても幸せでした。
元旦は、ダンナ様と母に会いに行きました。
母の施設では、お正月らしい心のこもったお食事やおやつを用意して下さり、きざみ食ではありますが、母は見事に完食してくれていて、その表情や雰囲気を見ていると、今年も無事に過ごしてくれそうな、そんな嬉しい予感がしました。
母と一緒の幸せな時間を過ごせたその後は、私が子供時代に通っていた懐かしい神社へお参りへ行きました。
当然のことながら私が学生だった頃と、周りは色々と変化していましたが、手を合わせ祈る時の気持ちは、時が流れても変わりませんでした。
帰宅すると、ちょうどウィーンフィルのニューイヤーコンサートが始まったので、音楽もバレエも楽しみながら、シャンパンで乾杯。
格別どこかへ遊びに行くというわけではありませんが、とても素敵な年明けでした。
そして、今年の初めての映画鑑賞は予告を観てから公開を楽しみにしていた、『私は、マリア・カラス』でした。
↓
https://gaga.ne.jp/maria-callas/
https://gaga.ne.jp/maria-callas/trailer/index.html
マリア・カラス自身の歌声や映像、じっくりと語るインタビューや赤裸々な思いを綴った手紙等、マリアの思いのみだけで彼女の人生を彼女自身に語るような形で作られたこの映画は、まさしくタイトル通りだったように思えました。
マリア・カラスは母が大好きだった影響もあり、彼女の歌声は子供の頃から聴いていました。
透明感があるとか、ただ美しいという表現では到底おさまらない、いや、どちらかというとその逆のイメージのある、マリア・カラスの歌声は子供心にもとても強烈で、そして忘れられないものでした。
厚みのある深くて重い、聴くものの体にも心にも響いてくるその歌声は、悲劇的な結末を迎える演目ばかりをメインで歌われていたせいか、彼女の人生をおおまかにだけとはいえ、見聞きしていた影響もあってか、どこか悲哀がこもってるようにも思えました。
けれども、同時に太さや強さが感じられる、いい意味でアクの強い声でもあり、聴くものの心をとらえて離さない・・・・・・
その印象は、今回の映画で初めて聴く演目を通じても変わりませんでした。
世紀のディーヴァであるというのに、少女時代はステージママからの受ける厳しい教育、結婚してからはエージェントとして、セレブの生活をしたいご主人の元で歌い続けなければいけないマリア。
世界中から讃えられ、愛されながらも、彼女の人生はずっとマリアを一人の人間として女性として愛してくれる人を求め続けた苦悩に満ちたものように感じました。
自らが歌い上げていらしたオペラの物語そのままのような、悲劇のような、海運王アリストテレス・オナシスとの関係はわかってはいても想像以上に心痛むものでした。
彼と出会い、心から魅了され、愛したい、愛されたいという思いが満たされた、マリアにとってのやっとの幸せは、あまりにも無残な形で裏切られてしまいます。
マリアは、オナシスが自分に何の連絡もなく、ジャクリーヌ・ケネディとの結婚を新聞記事で知ったのだそう。
もちろん、愛情あっての結婚ではないので(昔はオナシスは政界に興味があってマリアを捨てたのだろうか?などと単純なことを考えて憤慨したものでしたが、今になると、その裏にはさまざまな問題もあったのかとも考えてしまいます)
この突然の裏切りにマリアが慟哭し、苦悩したのは当然で、その頃のマリアの手紙の内容はその苦痛の激しさを素直に綴っていました。
オナシスは結局マリアの元に戻り、マリアがオナシスの最期には自分が彼にとってどんな存在であったかを知る事ができたのは、ほんの僅かな救いには感じられましたが、それだけに彼が逝った後のマリアの喪失感は計り知れません。
全身全霊をかけて役になりきり、全幕のオペラを歌い上げるマリア。
繊細なものを心に秘め、愛を求め、傷つけば傷つくほどに叩かれると強がるような発言をしてしまう不器用さが痛々しくも思えるマリア。
気管支炎が原因で観客を始め大統領までいらしていた彼女の当たり役『ノルマ』を一幕で降板せざるをえなかったことやMETとの契約を来られるくだりは、見ていて違う意味で苦しいものがありました。
マスコミに責められ、負けじと振る舞おうとするマリアの心の思いを表現するように、その映像に重ねられたのは『運命の力』の重々しい音楽でした。
まるで、その後のマリアの逃れられない運命を象徴していたように思え、その旋律が似合うように思えるだけに、辛いものがありました・・・・
音楽の使い方といえば、バカンス場面で『その男ゾルバ』が流れたり(この曲は、私にとってはローザンヌバレエコンクールでの「ディエゴのためのソロ」の曲のイメージの方が強くなっているのですが^^;)
本当に、監督自らがマリアにまつわる膨大な資料や映像、音楽を集め続けたそうですが、マリアの思いを人生を伝えようとする映画だったと感じました。
マリア・カラスの映画といえば、フランシス・ゼフェレッリ監督の『永遠のマリア・カラス』がまだまだ印象に残っていましたが、この時、マリア役を演じたファニー・アルタンが、この映画のマリアの切ない思いを綴った手紙を読むというキャスティングにも温かさがあったように思います。
また、ファイナル・ツアーでのラストのアリアで歌われたジャンニ・スキッキの「私のお父さん」がラストのエンドロールで流れたのは、悲劇的なオペラを得意にされ続けていらしたマリアへの優しみのようにも感じました。
「芸術家は幸せではできない」と自ら語ったマリアですが、女性としての幸せを、幸せな家庭を求め、切望していらしたマリアの歌う「私のお父さん」は、意外に思えるほどに優しい丸みをおびていたように思えました。
マクベス夫人のような凄まじい表現を始め、当たり役の『ノルマ』『椿姫』『カルメン』などの名曲も素晴らしい演技と共に見ることができました。
この映画はそういう意味でもクラシックに特に詳しくなくともお馴染みの名曲が思い切り堪能できるのも贅沢な時間になります。
そういえば、冒頭では初めて見るマリアの『蝶々夫人』の貴重なゲネの映像もありました。
けれども、私はやはりマリア・カラスの『トスカ』が大好きです。
53歳の若さで心臓発作でこの世を去ったマリア・カラス。
けれども彼女が残した宝物は、今もなお、人々を魅了し続けます。
彼女の安らかな眠りを願いながら、大好きなマリアの『トスカ』を貼らせて頂きます。

