朝丘雪路さんがお亡くなりになりました。

 

ご年齢や抱えていらしたご病気、そして老老介護の大変さを思うと、安らかな眠りであったことを願わずにはいられません。

 

けれど、そんな記事を読みながら驚いたのは、朝丘雪路さんが、あの伊東深水の娘さんだった、ということでした。

 

朝丘雪路さんが、独特の雰囲気のあるお嬢様な雰囲気を年を重ねても漂わしていらしたのもなんだか納得します。

 

昨年末、実家の大断捨離をする時にどうしても見つけたくて見つけられなかったものの一つは、伊東深水が挿絵を描いた『かぐや姫』の絵本でした。

 

 

 

幼い頃から家にあったこの『かぐや姫』の絵本は、私にとってそのまま月に戻るお姫様のイメージとして、染み込んでいました。

 

日本絵画らしい、どこか近寄りがたい雰囲気もまた、月からやってきてこの世離れした姫らしく思えました。

どんなに魅了されても手が届かない、そんな感覚が子供心にも伝わってきて、かぐや姫を月からやってきた使者達から守ろうする迫力ある絵も今も心によみがえってきます。

 

 

それにしても、姉も私もその絵本を楽しく子供の手でめくりまくっていたので、かなり傷んだしまっていたような記憶こそ残っていますので、成長と共に、あの絵本が日本美術本のような価値を持っていたということを知る事になり、驚きました。

本当に、母は子供達が知らないうちに素晴らしいものを与えてくれていたのだと、この時も感じ入ったものでした。

 

他にも挿絵や文章が忘れられない本はいっぱいあったのですが、もうかなり汚れてしまっている上、大きい本ばかりなので、泣く泣くお別れせざるをえませんでした。

 

けれど、「三つ子の魂、百までも」ということわざにある通り、幼い頃に何度も何度も開いて読んだというより見つめた本は、目をつぶると、しっかりと心によみがえってきます。

(それにしても、私は大人になればなるほどに記憶力が低下しているように思うのですが・・・・

いや、老化という方が正しいのかもしれませんが^^;)

 

伊東深水の美しく、けれど、どこかひんやりしたような雰囲気が漂う絵は、月からやってきた姫、そして、自分を心から慈しみ育てた翁との別れに涙する気持ちこそあれど、普通に姫の美しさに魅入られた男性にはあまりにも残酷な事を対応ができてしまう、人間の女性とはまるで違う姫を描くには、とてもふさわしいと、大人になった今、改めて思うのです。

 

この絵本を見直したいと、心から願ったのですが、家族全員が本好きだったので、実家の中のたくさんの本の山の中から見つける事はできませんでした。

私の心と記憶の中には残ってはいますが・・・・・

 

私が昔から読んだり持っていたイメージとはまた違う、やはり惜しまれながらこの世を去られた高畑勲さんの遺作『かぐや姫の物語』に、朝丘雪路さんが友情出演されていたという事を知ったのもお二人の訃報の記事からでした。

 

年齢や病状から考えると致し方ないのかもしれませんが、最近は昭和の時代に、私達の成長期に素晴らしいものを残して下さった方たちの訃報を知る事が増えました。

 

時代が変わってゆくような寂しい気持ちにはなりますが、平成時代に生まれ、そして新しい??時代に生まれ、成長してゆく方達の時代が平和で心豊かなものであるようにと祈らずにはいられません。