【おなかの命は…出生前診断】<4>健診 医師の告知に家族揺れ
~西日本新聞より~
■こんにちは!あかちゃん 第4部■
おなかの赤ちゃんを映し出した超音波画像を見ながら、医師がけげんな顔をした。看護師も画面をのぞき込む。「どうしたのかな」と腹部に超音波機器を当てられていた裕子さん(38)=仮名=が戸惑っていると医師が口を開いた。「ダウン症の可能性があります」
この日、福岡県内の診療所で妊娠3カ月の妊婦健診を受けていた。
健診に含まれる超音波検査は、赤ちゃんの姿を見られるので楽しみだったが、一変した。
医師は「あくまで可能性」と強調し「確定検査を希望するなら」と技術のある別の病院を紹介した。
その夜、出張先の夫(37)に電話した。ダウン症の可能性があることを伝えると夫は言葉を失った。
「ダウン症でも大丈夫よ。私たちの子だもん」と話すと、夫は「大丈夫じゃ済まされん」と反応した。
確定検査である羊水検査を受けられるのは妊娠15週以降。それまで夫婦で話し合った。
「障害があれば子どもがかわいそう。おろそう」という夫に「親の都合で命を奪えない」と反論。意見は合わないまま、検査を受けることになった。異常は見つからなかった。
子どもが1歳を過ぎた今、羊水検査を通じてダウン症や命について考えられたことを、裕子さんは良かったと思っている。半面「妊婦健診で心の準備もない中、なんで医師は異常の可能性を言ったのかな」と疑問もわく。
妊婦健診で日常的に行う超音波検査も、広い意味で出生前診断に当たる。
近年は妊娠初期の超音波検査で胎児の首のむくみ(NT)を測り、染色体異常の可能性をみる検査も広まっている。
裕子さんが知らずに受けたのもこのNT検査だ。
彼女のように妊婦健診で突然、染色体異常の可能性を告げられて戸惑う人は少なくない。
重く受け止めた日本産科婦人科学会(日産婦)は2008年、「NT検査を産婦人科医が積極的に妊婦に情報提供する義務はない」とする見解を盛り込んだ指針を示した。
一方で「見えてしまう」「見えたら、妊婦に言わないわけにはいかない」と悩む医師も多い。
日産婦は11年のガイドラインで「(NTを)偶然発見した場合は施設ごとの方針で」とし、医師側も対応が割れる。
長年、出生前診断に携わっている新古賀病院(福岡県久留米市)の斎藤仲道医師(72)は「そもそも出生前診断全般について、国の指針がない」と指摘する。
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「出生前診断を受けた方がいい。40歳を過ぎた妊婦さんには説明しています」
明美さん(46)=仮名=は第2子を妊娠した40歳の時、福岡県内で開業するかかりつけの産婦人科医にそう言われた。出生前診断については「子どもを選別するのはいけない」と思っていたが、相談した夫や姉は強く勧めた。
迷った末、かかりつけ医に紹介された別の医院で羊水検査を受けた。
検査後、後悔が襲った。検査でおなかに針を刺すとは知らなかった。恐ろしさと痛みで、涙が出そうだった。「よく知らずに検査を受けた私がばかだったのですが、医者も何も説明してくれなかった…」
●検査に命を救う意味も
「出生前診断の本当の意義は、赤ちゃんを救うことにあるんです」。東野産婦人科(福岡市)の永田新医師(56)は強調する。妊娠中である記者の私(32)のかかりつけ医でもある。
永田医師は超音波検査で胎児の心臓や消化器などに異常がないか全力で探す。
見つかれば、妊婦は新生児の専門医療ができる病院に移って出産できる。
生まれた後に慌てて赤ちゃんを搬送する事態が避けられる。
永田医師は、超音波検査でダウン症など染色体異常の可能性につながる胎児の首のむくみ(NT)なども見ることはできる。けれど「見えても診ない」という。あえて妊婦に「ダウン症の可能性がある」と告げることはしない。
心臓病などと違い、ダウン症は治療できないから。その上、妊婦が中絶を選べば「生まれてくる命を救う」という出生前診断の目的に反する-それが永田医師の哲学だ。ただ「妊婦に質問されたら答えます。妊婦それぞれの事情や思いは否定しない」という。
取材を通じて、さまざまな産婦人科医と会い、出生前診断への見解や対応は同じではないと感じた。公的ルールがないのだから、仕方のないことだ。
では私たちはどうすべきか。赤ちゃんの性別を生まれる前に知りたいかどうかを、医師に伝える人は多いだろう。同じように、私たちは胎児の異常についてどこまで知るべきかを考え、主体的に医療者側に希望を伝えて話し合うことが大切だと思う。
=2013/04/18付 西日本新聞朝刊=