「おはようございます。

強風のため早朝よりリフトが運休しています。天候が悪く、登山者も少ないので休んでも大丈夫ですよ。と石室に入っているKG君から連絡がありました。

どうしますか?

本日出社しますか? 

石室は宿泊者がいないようです。」


早朝5時半にりんゆう観光層雲峡事業所から電話があった。


我が家の周辺はやはり風がない。


KG君がそう言ってくれているなら、無理して行く必要もなさそうだ。


「それなら、本日休みます。明日行くと伝えてください。」そう言って電話を切った。


急遽休みとなり、電話を聞いていたたいちくんが、ニコニコしている。


「今日幼稚園から帰ってきたら、とーちゃんいるんだね!」


嬉しそうにそう言ってくれた。


何才までそう言ってくれるかな?


そう思いつつ、たいちくんをぎゅ~っとしてほっぺにチューをした。


「やめてくれ!」と大暴れして離れていく。


 

 翌朝、早めに家を出る。


強風でリフトが運休していたとはいえ、甘えてしまい何となく気が引ける。


「今までは、どんなことがあっても登ってたよな、台風でも下から登ったしね。」


そんなことを考えつつ、雨の降り出しそうな黒岳を登り始めた。


風はある。


団体の登山ツアーが何組も登っていた。


顔見知りのガイドに挨拶をして、追い越していく。


9合目下で、ツアー団体客を引き連れたガイドのTBさんにあった。


3月のぴっぷスキー場以来だ。


「山頂爆風ですよ!石室まで行くのやめました。」と笑いながら山頂の状況を教えてくれた。


山頂に出ると「爆風」だった。


登山者が数人いたが、写真を撮って直ぐに下山して行くようだ。


風の強い中、時折突風が吹き抜ける。


山頂から石室に向かう登山道の両サイドには、まだコマクサが咲いていた。


エゾヤマツツジは、もう終盤を迎えている。


イワブクロ、キンバイ、ミヤマリンドウ(?)がところどころに咲いている。


「石室までは誰も来ないな、」そう思いつつ、石室に向かった。


雨に当たらずに石室に到着。


その夜から暴風雨となる。


24日、山の上は暴風雨。


それでもリフト、ロープウェイが動いているので登山者がやってくる。


皆、修行が好きなのか、山伏に憧れているのか、不思議でならない。


下界は、雨竜川が氾濫し愛別も浸水しているようだ。


 夕方から晴れる。


北の空が綺麗だった。


久々に透明感のある澄んだ空を見た。


 25日、朝から晴れる。

気温10℃。


トイレ掃除、客室等の掃除を終え、雪渓を取りにいく。


下界は厚い雲に覆われているようだ。


殆ど登山者が来ない。


乾いた空気が気持ち良い。


登山者と話をすると、「下は登るかな?どうしようかな?雨が降りそう」と思う天気らしい。


「へーっ!暴風雨のあとだ。登山する人は少ないだろうな。」


そう思って、売店の窓から山を見る。


空気が乾いている。


平日の午前の静かな小屋である。


静かな中の穏やかな時とこの空気感が良い。


昼になると登山者がやってくるだろう。


きっと賑やかになる。


この静かな今を楽しもう。




 連休が終わり、石室へ向かった。

強烈に暑い。


7合目でも暑い。


ゆっくりと歩き汗をかかないようにしようとしたが、無駄であった。


歩き出して100メートルも進んでいないのに汗が流れる。


いや、流れるを通り越して滴り落ちる。


9合目あたりで涼しくなるかな?と少し期待していたが、その希望もあえなく消えた。


快晴の真夏の大雪山は、登山に向かないほど暑い。


これは私の感覚なので、皆さんに当てはまるかは別である。


 真夏の白っぽいベールの風景は、南国を思いだす。


むかし、むかし、与那国に長々と半年近く滞在していた時、古い民家の板の間で昼寝をしていた。


機織りの音がする。


開放的な古民家の中を柔らかな風がぬける。


遠くから、三線の音がする。


ウトウトとまどろむ。


ゆっくりと目を開けると、薄暗い部屋から外が見える。


白く、全てが灼熱で白く透明感がない。


白い地面が乾いて更に白い。


自分がそこに存在していることが不思議だった。


夢か幻か、はたまた現実か、全くわからない不思議な感覚に襲われた。


与那国の独特の香りが私の感覚を麻痺させているのだろうか。


半分夢遊病者のように白く霞む外に出た。


容赦なく太陽が照りつける。


強烈な日差しに現実に呼び戻された。


「ああ、外になんか出ずにあのまままどろんでいれば良かったな。」


そう思いつつ、冷蔵庫からオリオンビールを出してプシュとやったな。


 何故か、石室の前まで来るとそんなことが急に頭をよぎった。


 あの時の空気感と同じなのだろうか。


大雪山と与那国。


火山岩からなる石と土と、サンゴ礁からなる土は、もしかしたら色が似ているのかもしれない。


イヤイヤ、久しぶりにまた沖縄に行きたくなってきたのかもしれない。


 そんなことを考えつつ、大混雑の三連休を終えた石室は快晴なのに誰もいない。


登山者が時折ぽつりぽつりとやってくる。


「お花畑はどこですか?」と尋ねてくる。


悲しいかな、チングルマの花は終盤である。


花びらの落ちたチングルマの穂が風に揺れている。


そんな情景を頭に描きつつ、「花の季節は終盤を迎えていますね、一面咲き乱れている花畑はポン黒から下りたところ。


ツガザクラが見事です。


雲の平は、ところどころ花が咲いています。」


と伝える。


売店から見る北鎮岳と凌雲岳は、白く霞んでいる。


花のない季節が始まるのだ。



 強烈な突風という嵐が通り抜けてようやく穏やかな石室となったのもつかの間。

梅雨入りしたかのような雨と曇天を繰り返していた。


 今回の石室勤務の十日間、一度も外界に降りることなく、持っている食材で過ごせたのは乾物の力である。


 昔、カヤックで旅をしていた時は、食材を仕入れるのも大変だった。


町から町の距離は数百キロ間隔。


当然町で食材を買う。


町を離れれば、釣りは当たり前に行う。


新鮮なタンパク質は旅人という肉体労働者にとっては大変必要な食材だった。


そして、キノコと山菜。


これで食材が一品増えると気持ちが豊かになる。



 日々の弁当作りもしていた。


コッフェル(キャンプ調理鍋)でアチラの米を炊き、日本から持参した乾物で弁当を作る。


炊きたての米の上にチーズ、鰹節または自作の鮭フレーク、海苔をのせる。


エッグパウダーとスキムミルクで炒り卵を作り、更にのせて出来上がり。


乾物が豊富な時は、米を炊く時に乾燥シイタケ、乾燥の小エビを入れて炊く。


このときの味付けは、醤油かコンソメである。


その米の上に先に紹介した乾物をのせる。


この食事は数年前から石室で再開していた。


 石室の生活で新鮮な野菜や肉なども持って行くが、長々と肉を上で保存することが難しいくなった。


そこで、昔の旅飯を作り始めた。


海外の辺境の地で食べるから、食べることができたと思っていたが、やってみるとこれがナカナカ美味い。


この旅飯を見ていたKGくんが昨年の夏から時折真似をし始めた。


「○○○メシ美味い!」という。


笑ってしまった。


 そして今回、更に食料不足となり頭を使った。


なんせ、米がなくなった。


乾物等はある。


野菜、肉はない。


ではどうする?


「アハハ、スパゲッティを1キロ持っていたのだ!」


これを使う。


「あっ、なるほどパスタね!」と思う方が大半だろう。


少し違うのだ。


持っている乾物で料理をする。


これも昔、どうしても日本的な蕎麦かうどんを食べたくなった。


そこで考案しトライしたメニューである。


何十年ぶりだろうか?


コッフェルに水を入れ、塩昆布、乾燥シイタケ、乾燥小エビ、乾燥野菜を入れる。


煮立ったら、スパゲッティを入れる。


水が減ったら水を入れる。


スパゲッティが良い感じに茹で上がったら、醤油をぶっかけ、鰹節をかける。


ジンジャーパウダー、一味等は好みとなる。


これを食う。


目の前のプロの調理人HSが一口味見をする。


大笑いして「これは美味い!その辺のうどんより美味い!」と褒めてくれた。


HSが下山して、KGくんが石室に入った。


やはり俺の飯を見てニヤニヤしている。


そして、一口味見。


笑いつつ、「これ美味い!」という。


「名前は?」と聞かれたので、「スパどん」と答える。


つまり、スパゲッティで限りなく和を求めた日本的うどんを作る。


これが大事。


スパゲッティで洋の要素を入れるとそれはもう「スパどん」ではなくなるのだ。



 おっと、話は食事のメニューではない。


こんなに長く書いておいて、主題は別。


悪天候続きで下山して食料調達ができなくても、ある程度満足のゆく食事を作って楽しめた!という話なのだ。









 石室に入ってから、あまりに暇である。


とにかく、登山者が来ない。


今週に入り、3日間暴風雨でリフト、ロープウェイが運休していたので仕方がないが、強風のなかを旭岳ロープウェイに下りたMmさんからラインが入った。


「旭岳裾合い大盛況!」


何とも羨ましい限りである。


もともと、登山者は旭岳の方が遥かに多い。


観光客も圧倒的に多い。


なんせ、旭岳は北海道最高峰である。


そして、姿見の池があり、そこからの旭岳が一番綺麗とされている。


であるから、黒岳が旭岳に勝てるはずはない。


しかしである。


石室があるのは今や黒岳だけであり、旭岳の避難小屋は基本遭難者でなければ使えないと言う、大変不思議な無人避難小屋である。


そのね、石室やポン黒からの大雪の広がりは、姿見の池からの旭岳に負けないものがあると思うのは私だけなのかな?


 Hsが交代で下山して、トイレ掃除、売店の掃除を終えてコーヒーを飲んでいても登山者は一人も来ない。


朝食前に散歩したが、今年の花は空前絶後に早い。


キンバイ、イワウメ、クロマメ、ミネズオウ、イワヒゲ、ウラジオナナカマド、ワタスゲ、ミヤマハタザオ、コメバツガザクラも咲いている。


雲の平のキバナシャクナゲは、もう終盤を迎えている。


今年も花は咲き乱れているが、やはり去年のほうが良いと思う。


そう思って、スマホで写真を見るとやはり去年のほうが一面咲き乱れている。


日付を見ると7月の20日前後、今年は7月の3日。


キンバイもドンドン咲いてきた。


今週末から来週の頭が見頃に思う。


その後はもう花のない緑一色の山となりそうだ。


 それにしても、笹の威力は凄まじい。


1900メートルあたりても年々広がり、チングルマの花畑を笹一面に変えそうな勢いである。


大雪山特有の苔の大地が、枯れ始めて下界のような植物で覆われ始めている。


極北や高山の植生は、オブラートで包まれているように脆く儚い。


それを理解している人があまりに少ないのが寂しい。


最近考えているのは、そういう植生の変化をカメラで収めて伝えるほうが大切なように思えてきた。


カメラの役割とは本来そういうことなのかもしれないと思った。


 あまりに暇で、やる事といえば掃除、読書。


3日連続の石室ブログ。


きっと、花の季節が終わって花を求める登山者が押し寄せるのだろうな。


私がブログで書いても、殆ど影響がないからね。


 それにしても、動物もいない。


石室には尾の短いシマリス君。


ナキウサギは、全く気配すらない。


暑いからね。


ヒグマは登ってきたようだが、昨年秋とこの春に下界で十数頭駆除されている。


大雪の山に来るヒグマも減るだろう。


 何かに誘われるかのように雲の平を歩いた。


晴れたが、強風は続いている。


本日も黒岳ロープウェイは、終日運休と朝の定時交信で連絡を受けた。


旭岳のロープウェイは動いているとのことだ。


 昨日の強風の中を白雲避難小屋から、Mmさんがツアー客を連れて石室にやってきた。


強風のために白雲避難小屋で二晩を過ごしたようだ。


本来ならトムラウシまでの縦走ツアーだったが、断念して石室にやってきた。


そして、北鎮岳を登り中岳分岐から裾合平へ下りるという。


「この強風のなかを北鎮岳に登るの?

北鎮岳の肩の雪渓は、カチコチだと思うよ。」


そう伝えたが、Mmさんの車が旭岳ロープウェイの駐車場にある。


戻るしかないのだ。


まして、ツアー客が歩きたいらしい。


旭岳、北海岳を登ってきたので、北鎮岳を登れば北海道最高峰のワン、ツー、スリーを制覇したことになる、軽アイゼンもあるし、とMmさんが言う。


ガイドとは大変な職業である、と改めて感じた。


  

 宿泊していた方々が石室を出発すると、再び静かな小屋となった。


あい変わらず、風が音を立てて吹きつけている。


トイレの清掃を終えると、何かに誘われるかのように歩き始めた。


先日も歩いた雲の平に自然と足が向く。


晴れたとはいえ、白く霞のかかったような晴れ間である。


透明感はない。


スマホすら持たずに歩く。


太陽の光を浴びてキバナシャクナゲ、チングルマ、ツガザクラが咲き乱れている。


「おお、これはU5が言うように当たり年かもしれない。昨日のブログの訂正をしなくてはいけない。」と思った。


何も考えずに、ゆっくりと歩く。


誰もいない山は良い。


ノゴマの鳴き声が心地よい。


登山道の両脇に色とりどりの花が咲き、ハイマツのトンネルの横でウグイスが鳴く。


ハイマツのトンネルを過ぎると視界が広がり、カラスが一羽地面に降り立った。


ふと、歩みを遅くした。


ハシブトガラスである。


その横を通り過ぎてお鉢展望台まで歩いた。


誰もいない。


誰とも会わない。


それが良い。


お鉢の展望台手前で、来た道を振り返る。


やはり、大雪山は良い山だと一人納得する。


風の強いお鉢展望台から360度の風景を眺めた。


 帰り道を歩きながら、行きに見たハシブトカラスのことを考えた。


誰もいない雲の平に音もなく降りたカラスがワタリガラス だったら、歩みをとめて「えっ!」と思い「うわーっ!」と心も頭もカラになるだろうな、と想像した。


そのワタリガラスは私を見ることもなく、あの綺麗な声で鳴く。


何年ぶりだろう!あなたに会えたのは!そう勝手に感動して、より大雪山が私にとって神秘的なところになる。


そして、つがいのもう一羽が強風の中で静かに舞い降りる。


そんなことがあったら良いな、カメラもスマホでも撮影しないで心の奥底に記憶する。


そうと思って雲の平を歩いて帰ってきた。


今日は、人だけではなく動物には全く会わなかった。


赤石川の見渡せる斜面をヒグマが登ってきたら、絵になるなと思った。


動物に会わなかったから、カラスのことを想像したのかもしれない。


でもね、ワタリガラスは北海道にくるんだよ。


昔、大沼で見たことがある。


北海道なら大雪山が一番似合うように思った。


今日の散歩は空想の世界だった。





 快晴の山開きの週末は、多くの登山者が石室にやってきた。


長年大雪山黒岳石室の管理人をしているが、黒岳の登山道に山開きの日に全く雪がないのは初めてである。


通常は、山開き前日に山岳会の方々が巨大雪渓にステップを切ってくれるのが恒例だった。


雪渓もなく登りやすいこともあり、多くの登山者がやってきた。


日曜日の昼を過ぎると、潮が引くように登山者が姿を消して山は静かになった。


翌日は、大荒れという天気予報だったので石室の周辺からは人の姿が消えてしまった。


北鎮岳の西の空が嵐の前の静けさと、どこか不気味さを漂わせる美しさに変わっていった。


 夜半より風と雨が古い山小屋を襲う。


風が上空近くを通る音がする。


風も雨も次第に強くなる。


気温がどんどん下がり、辺りは白くガスに包まれる。


 

 今まで経験したことのないような嵐だった。


台風とは違う。


まるでジェット戦闘機が通り過ぎるような突風が爆風となり不規則に駆け巡る。


その突風がこの古い小屋を襲う。


管理室で寝ていたが、数時間毎に目を覚ます。


小屋が揺れ、屋根がミシミシと音を立てる。


「屋根が飛ばされるかもしれない。飛ばされたら、石室に避難だな。」


そう思いつつ、寝袋に包まる。


 今回、石室に入ってから、兎に角よく寝ている。


外界では、朝4時から仕事を始めて夜の7時過ぎまでずっと仕事をしている。


石室は、下界とは別の種類の仕事となる。


20時から翌朝5時過ぎまで何も考えずに寝ていられるのだ。


体を休めることができるが、気持ち的には下界でやらなければならない仕事をやりたいと言うのが本音だ。


でもね、この石室の仕事をしないと現金収入が入ってこないからね。


下界の仕事は、この先収入が得られるために働いているが、今現在は全く金にはならないのだ。


また、話は飛んでしまった。


そんな話はどうでも良いのだ。


今日は7月2日の昼過ぎ。


本日もロープウェイ、リフトは運休中だ。


昨日の昼前から運休となった。


点検等があるために明日の昼まで運休となる。


雨は上がったが、風は風向きを変えて突風が吹き抜ける。


 そんな中で、少し歩いた。


キバナシャクナゲは終盤を迎えている。


U5が「キバナシャクナゲの当たり年!」と言っていたが、私には昨年のほうが凄かったように思う。


昨年は、一面キバナシャクナゲが咲き乱れていた。


その1週間後、一面チングルマに変わった。


今年は、チングルマも咲き始めているが、一面チングルマとはまだなってはいない。


ツガザクラ、チングルマの季節となりはじめた。


それでも花の季節も早い。


山も長い夏が始まる。