職業差別(1)
ある日の夜、宏樹と一緒にテレビを見ていたら、風俗で働く女性のドキュメンタリーがやっていました。 番組は、その女性の暗い過去や男性遍歴、そして 「人並みの幸せを掴みたい」 という将来への希望、これらに焦点を当てながら彼女の仕事を取材したものでした。
私は、自分の生活とはほぼ無縁な職業の事や、数奇な運命を駆け抜ける彼女自身に興味津々で、食い入るように画面を見つめていました。 そんな私の横で宏樹はタバコをふかし、顔をしかめながら色々と批判していました。
どんな職業も、差別や偏見を受ける事はあると思います。 特に性風俗業となれば他の職業に比べてそういった意見が多くなると思いますし、倫理的な面で批判される事も少なくはないと思います。 でも、その善悪を意見するのは勝手ですが、誰かの役に立っているからこそ成立しているビジネスなのは確かです。
「こんな仕事するのは部落出身者だよな。」
宏樹が話し始めました。
「部落民はマトモな職に就けないから、こんな仕事しかないんだ。
この風俗嬢がどんなに頑張ったって、人並みの幸せなんか掴めないよ。
可哀想だけど、部落出身者は末代まで底辺の職業しか選べないんだよ。
親の因果が子に祟ってる例だね。」
親の因果が子に祟り、可哀想なのはこの子でござい!
って、見世物小屋の呼び子かよ。
「部落出身者? そんな差別してる人ってまだいるの?
一部の地域では今でも部落差別があるって聞いたけど、
この女の子はそういう経緯で風俗を始めたわけでもないでしょ。」
「だからさ、アタマの作りが違うんだよ。
部落出身者は子供の頃に親から教えてもらう事が違うから、
自分たちの身分に合った職業しかアタマに無いの。」
「ちょっと分かんないんだけど、
子供の頃に教えてもらう事が違うって、たとえばどんな事?」
「女の子だったら、自分たちにとって風俗が憧れの職業とか、
人の嫌がる汚い仕事をしなきゃ飯が食えないとか、
部落民はマトモな教育を受けさせてもらえないから、
どんなに頑張っても学の要る職業には就けないとか。」
「今時の日本でそれは無いでしょ。
武士が世を制する身分階級は終わってんだよ?
職業選択の自由が確立された以上、そんなの一般的じゃないよ。」
「それは美砂がゆとり世代(ゆとり教育世代)だから知らないだけ。」
「私、ゆとり世代じゃないんですけど。
学校でも普通に体罰のあった、ファミコン世代なんですけど。」
「じゃあ社会勉強がまだまだだね。
俺らが飯を食えるのは、低い身分の人達が農業を営んで・・・」
「それおかしくない? 低い身分じゃないでしょ?
仮にも士農工商で農民は2番目に高い階級じゃんか。」
「・・・美砂は本当に “ああ言えばこう言う” だな。
人の話を最後まで聞けよ。 教えてやってんだから。」
私は 「ああ言えば上裕」 かい? とっくに番組が終わっている中、 繰り広げられる彼の偏見論に私は反論を繰り返しました。 彼の主張を黙って聞いている事など、私には出来なかったのです。
しかし、私が何を言っても彼はまったく聞き入れようとしないので、これ以上の論争は無駄だと判断し、なにゆえこのような偏見を持っているのか、私はその根拠を問い質しました。
「母さんが言ってた。」
またママですか!!
アンタのママは差別まで擦り込むんですか。
「宏樹やお母さんがどう差別しようが勝手だけど、
そんな事あちこちで言って回ってたら、人付き合いもままならないよ。
あまり口に出して言う事じゃないし、聞いていて不愉快になる。」
「美砂も俺の母さんからちゃんと話を聞けばいいよ。
そしたら今みたいな悠長な事を言ってられなくなるから。
現実は厳しいんだよ。」
「私は別に悠長な事なんて言ってないよ。
ただ、職業差別は口に出すなって言っただけ。」
「口に出さなくても態度で分かっちゃうでしょ。
俺、飲食業の人とは絶対仲良くならないし、口利かないし。」
そういえば・・・何度もありました。
飲食店でウェイターが注文を取りに来た時、宏樹はウェイターの人と目を合わせようともせず、私に頼みたい物を伝え、自分は下を向いていた事が・・・。 あれはシャイだとか人見知りだとか、そんな可愛いモンじゃなくて、ただの職業差別だったなんて・・・。
「私、そういう人は軽蔑するよ。
自分に子供が出来た時にも、同じ事を教えるつもりなの?」
「親の価値観を子供に伝えるのは当たり前。
つーか、俺を軽蔑するって事は、母さんも軽蔑するって事だよね?
言っとくよ、母さんに。 美砂が軽蔑してたよ・・・って。」
「言えばいいじゃない。
そうやっていつまでもママにチクって、情けないと思わない?」
「俺はチクるんじゃないから。
母さんに美砂の本音を伝えるだけだから。」
この馬鹿馬鹿しい口喧嘩が、宏樹家との対立に繋がったのです・・・。