スマトラに買い出しに行って手に入れたジャワ更紗です。

ジャワ島に住んでましたから、バス(ジャワ)→船→バス(スマトラ)→ベチャ

(輪タク)この様な感じで乗り継ぎいきます。

一人では無理ですから現地人と一緒です。

ここでのキーワードはベチャです。

これは運転手の細君によるアイデアでした。

ベチャの運転手は地元を良く知ってます。

それで一日契約して、布を持っている(箪笥貯金)様な民家を紹介してもらうと

言うアイデアです。

これは結構~成果をあげました。

その中で、手に入れた一枚の布・・・この手の布は結構多いんですね。

手書きの様ですが、結構つくりが荒いんです。

余り欲しくはなかったんですが、嫌でも買わなきゃ~次が出てきません(涙)

何故、手書きかと言いますと、一番模様の大きな部分、この矢印の部分を切り

取り比べてみます。

もしチャップでしたら、同じになるんですが、この様に随分と違います。

つまり簡単にわかる手書きと言う事になります。

手書きでも、丁寧な絵付けになりますと、スタンプかと思うぐらいの精巧さになり、

簡単には分かりません。

これは、手書きではあるが、技術点はかなり低いと言う事になります。

 

それと、もう一つ~この赤色にしろ、青色にしろ~色に深みがありません!

最盛期のラスムは、この色の深さで持っていました。

何度も染を繰り返して、深い色をだします~したがって制作に時間がかかります。

特に赤は、メラーダラー(血の色)と呼ばれ、ありがたがられました。

1999年発行の本ですが、ここに載っているのは、最盛期の更紗から衰退していく

までの過程が書かれています。

この時点で、残っているのは数軒のみとなってますので、その時点から既に25年

過ぎてどの様になってるかと心配です。

 

では廃業した店はどうなったか?

ラスム更紗は中国人の手によって作られてました。

先を見越して、ジャワ更紗の工業化に成功です。

儲けは少しでも、数売れば儲けるチャイニーズ商法は健在でした。

 

ジャワ更紗にも、中国系~オランダ系~アラブ系なんてありまして、その民族特有の

更紗が作られたんです。

日本の更紗は日本国内だけ、ジャワ更紗は世界レベル~この辺りから違っているの

かもしれませんね?

最盛期のラスムバテックを取り出して比べてみます。

右が最盛期の物で絵付けはチャップですので、製法上は言わば二級品ですが、この

染はどうでしようか?

この深い赤色がミソなんです。

中国人の結束は固い!この赤色は秘伝で外に漏らさなかったんです。

絹であれは、赤色は簡単に出るが綿は難しい・・・何故かと言いますと、原料の茜は

動物性のたんぱく質には簡単に反応していい色がでるが、それが無い場合はくすんだ

色になるとか!

それを綺麗な赤色に変える為、触媒を考案しました。

これが秘伝なんです。

他国は、これが出来ず、やむえなく赤の部分はラスムに発注したみたいです。

 

ですが、栄華は長く続きませんでした。

更紗はやはり値が高い・・・そして、この真っ赤な色合いが、時代に合わなく

なったんですね。

賢い中国人達は、一気に新しい産業に方針転換したんです。

勿論少数派の経営者は残り、細々と更紗を作りますが、品質は後退をしていく

ばかりでした。