待望の3月がやってきました。
昨日まで2月~そして一日たったら3月ですが、随分と辺りが違って見えます。
昨日は実家に行って~この軸を取ってきました。
実家の主の母さんは只今リハビリ中~家は空家になってます。
暖かくなったら、婆さんのゴミの整理と考えていたんですが、これを考えただけでゾッとします。
貯めに貯めた婆さんのお宝~一言で言えばゴミなんです。
小さな家には、このゴミがいっぱい詰まっています。
その中では、ちょっとましなのが、この掛け軸~ちょっとかけてみます。
多分 昭和初期の石版のお雛様と思うのですが、状態は素晴らしくいいです。
昔の一般庶民は貧しかった。
母さんの両親も貧しかった!
ですが親心ですね。
この様な雛人形を娘に買い与えました。
それを嫁入りの時に持ってきたんです。
多分表装もデタラメだったと思うのですが、親父が何かを表装に出す時についでにこれもと母が出してきたのを覚えています。
そしてピカピカに蘇って帰ってきました。
床に掛けて~母が黙って見ていたのを覚えていますが、掛けたのはその一回限りではないでしょうか?
今年はちょっと雛人形に興味をもちました。
孫娘二人とピノに雛人形を作ったからなんですが、作る過程で一寸面白いこともわかってきました。
このお雛様は京雛なんです。
♪~お内裏様は上の段~最上段に飾りますが、これ右か左かどちらが正解かなんですが?
どちらも正解なんです。
ここが関西雛と関東雛の違いが出てきます。
古来からの日本のしきたりでは、最上位の位の者は,天皇の後ろから見て左側に座ります。
つまり向かって右側が、最高の位置なんです。
明治天皇は、この位置につき即位しました。
それが何故反対に?
大正天皇が即位した頃には日本帝国は日清・日露戦争の勝利で治外法権も廃止して強国の仲間入りを果たした後でした。
この時の天皇の即位の位置は列強各国にしたがって、向かって左側なんですね。
この真似をしたのが関東(東京)雛で、伝統を強く守っているのが関西(京都)雛と言う事になります。
内裏雛の下の段が、三人官女ですが、真ん中の女性の顔をよく見てください。
眉がありません。
つまり既婚者なんです。
この下には五人囃子ですから、印刷物でもチャント約束事は守っています。
ですが次の段から怪しくなります。
五人囃子の下には、本来右大臣左大臣が来なければいけないんですが?
何故か熊手に箒を持った爺さん婆さんです。
このあたりよくわかりません(涙)
そして下の段の両端に右大臣・左大臣が出てきました。
その前に、真ん中の白い服の3人組、これが多分仕丁と思います。
本来なら、熊手や箒を持つんですが、上の爺さん婆さんが持ってますので、別の物をもってます。
この雛壇のなかで、この人たちだけが一般庶民です。
無料奉仕の人たちで、3年交代で努めさせられました。
食べ物もすべて自分達持ちです。
左右の偉そうにしているのが、向かって右側、黒い服の人が左大臣で、左側が右大臣です。
ではどちらが格上か?
左大臣が格上なんですね。
中国の皇帝は南を向いて座ります。
左は東になります。
日が出るのは東で、沈むのは西、東=左&西=右なんです。
相撲の格付けも東が上なんです。
遣隋使の頃の日本からのお手紙に、「日の出る国から、日の沈む国に...、お元気ですか?」と書いたものですから、中国はカンカンに怒り狂いました。
書いたのは聖徳太子で悪気は無かった?とか...
所で関東雛の位置関係はどうなっているのでしょうか?
内裏雛の位置替えだけではすまないような気がしますが?
こりゃ難しい!
日が西から出て、東に沈めばいいんですが?
雛人形も奥が深いですね。
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雛人形は天皇の結婚式の人形なんですね。
何となく思いついて、昔の結婚式 浮世絵で検索してみましたら大当たり!
大正天皇の結婚式の浮世絵が出てきました。
どうも、この結婚式が評判になって庶民の間で神様に向かって誓いを立てる
結婚式として定着していくみたいです。
それまでは祝言と言われていたみたいです。
所で~内裏様の位置関係は?~アレレ!
深く考えない!深く考えないのが長生きできる秘訣です(汗)








