茶櫃にソコタイの皿を入れましたが、まだ皿が入りそうなので追加します。

 

ガタガタの古伊万里の皿を見ていますと色々と思い出します。

53歳の時、会社が潰れかけになって分社化となりました。

つまり採算のあわない事業部は切り離し・・・共倒れは止めようと言う方針です。

給料は10%程カット~勿論、社内にはリストラの嵐が吹いて、香港出向の話も

消え、padaは大阪~東京に転勤になりました。

 

工場の仕事は止めて、昔収めた機械の修理の注文をとってこいと言うんです。

修理と言えども営業は営業~工場勤務の人間が、そう簡単に注文を取れる事は

ないですよね?

嫌々~7年いましたです。

お金の切れ目は縁の切れ目~わずかな小遣いは、全て飲み代にまわります。

大阪は飲み代もめちゃ安い~そして楽しく飲めます。

酒の肴のネタには困りません・・・営業は言わば一匹オオカミの世界~面白い話は

沢山ありました。

 

骨董買いは忘れていました。

ただ骨董市とか美術館はいっぱいありますので、目の保養だけで満足でした。

 

その様な時に、老松の骨董市で、2点~気になるものがあったので手に入れました。

どちらも、店の外に置いた笊になかに~1個千円であったんです。

その一点が、この皿です。

気になったのが、この直し~焼き継ですね。

知ってはいたんですが、焼き継の古陶を見るのは初めて~千円か?

あとからゆっくり見てみようと買ったんです。

焼き継とは?

焼き継とは江戸の後期ぐらいに流行った修理方法です。

当時の磁器は髙かった!古伊万里は庶民の食器なんて言いますが、あれは嘘!

磁器が安くなったのは、明治になってからで、この辺りには印判も発明され、庶民の

食卓にのるようになりました。

 

より昔は漆で引っ付けて磁器の直しをしていましたが、漆直しは時間がかかります。

そこで発明されたのが、この焼き継なんです。

 

これ面白い浮世絵ですね。

夕方から夜になると皆さん家にいるものですから、焼き継師が注文取りに家を回ります。

箱には割れた磁器がいっぱい!

幽霊まで出て来て、割れた皿を差し出します。

 

この様にして集めた、割れた磁器を↓

この様に白玉と呼ばれるガラス粉(鉛ガラス)と膠を練って接着剤を作り、割れた

面を引っ付けるんです。

 

次に七輪に火をおこし、500~700度の温度まで上げると、このガラス粉が溶

けて引っ付くと言う修理方法なんです。

 

焼き継の始まりは京都みたいですね。

京焼の上絵付の方法が接着に利用されたみたいで、最初は、この画の様に持ち

帰っていたかもしれませんが、明治にはリヤカーなどに七輪を積んでいて、

その場で直したと言う事です。

 

ですが、この修理も磁器が安く売られるようになって姿を消し、今では幻の

焼き物修理となっています。

そうか?

幻の修理技法なんだなと思うと、この皿も千円の価値が出てきますか?

少しアマ手ですが、染付で~藍九谷と言ってもいいのかな?

伊万里染付の呼び方を見ていきますと!

時代順に。

初源伊万里→初期伊万里→藍九谷→藍柿右衛門→伊万里・・・これで良いのか?

余りにも呼び名が多すぎて迷います。