英雄「原田重吉」 玄武門破りの皿

印判には時事を発信するものが多いです。

発行当時は台所用品に載せるニュース程度でしたが、それが百年たつと立派なアンチック~歴史の生き証人となります。

時事に英雄が出て来ることは稀です。それだけ英雄は出て

こないと言う事になりますが、その少ない中の一枚の紹介です。

北国の貧乏百姓の原田重吉は、軍隊に入隊後、優秀な模範的

な兵士でした。
ある日、玄武門突破の決死隊の勇士に選ばれます。

 

任務は、玄武門の扉に爆薬を仕掛けることでしたが、作業を完了した後、重吉は

突飛な行動にでます。

 

任務をやり遂げて、勇気100倍になった重吉は単身、門を飛び越え、無謀にも

支那兵の真っ只中に飛び込みこんだのでした。

 



敵を蹴散らして玄武門の、閂を開き大暴れ、コレをきっかけに
日本兵が、ドドット流れ込み、平壤が瞬く間に日本軍に占領されました。

 



原田重吉の行為は絶賛され、その後、名誉の金鵄勳章をもらいました。

 

この行為が、かなり世間に受けたのでしょうね。
何でも有りの明治印判の中で、この様に時事の個人が、台所で使う皿に

なったのは、「シベリヤ単騎横断」の福島安正中佐と、原田一兵卒くらいではない

でしょうか?

 

平民出身の金鵄勳章は、初めてだけに世間があっと言ったそうです。
めでたしめでたしで本来終わるはずですが...
彼の人生には、ドンデン返しが待ち受けていました。

 



詩人萩原朔太郎の「原田重吉の夢」と言う短編小説があります。
たった三枚のページですので一寸UPしてみました。

 

印判の皿は重吉が活躍する場面ですが、この小説は、その後の重吉の生き

方もリアルに描いていて、中々興味深いです。

 

短い短編ですが上・下の二部に分かれています。
上編には、生まれから金鵄勲章を貰うまでが、書かれていまして
ここまでが、原田重吉、得意の絶頂期でした。

 



下編が除隊して、まともな生活に戻れず、旅芸人になって、勇士が身をもち崩していく
過程が書かれています。

 



最後のページは、老いぼれた、元勇士がベンチに座って夢を見ながら死んで

行く所なんですが、寂しく、哀れな人生でした。

 



関係する部分をネットより抜粋してみました。

 

平城の玄武門です。
原田重吉はこの中に飛び込み、なかの閂を開けるんですね。

 



勇士原田重吉の、玄武門破りは当時の評判で、数種類の錦絵がありますが
これも、その中の一枚で、padaの印判皿に良く似た場面設定です。

 

旅役者になった、重吉は、これを大袈裟に演じたみたいです。
拍手喝さいは最初のうち、その内に飽きられ、ドンドン転落していきます。

 



原田重吉が手にしたのは、金鵄勲章の七級でしたので、これと同じ物です。
勲章の等級は、兵隊の階級によって決まっていましたので、重吉が手に

出来る最初の勲章は七級でした。

 

当時の勲章にはチャンと生涯年金がついています。

 

年65円でしたので、消費者物価を基準にして換算すれば、今の70万円ほどに

なります。
当時の地方大工さんの年収とほぼ同じだったみたいです。
おとなしくしておけば、ルンペンになって、ベンチで死ななくてもよかったのに!残念!