久し振りにジャワ更紗の投稿です。
ジャワ更紗には一目で産地が分かるものが多いですが、インドネシアと言う国が出来
たのは戦後なんです。それまでは独立した国が散在し、独自の文化を保っていました。
布についても、同じことが言えます。
布はそれぞれ固有の名前で呼ばれることが多いんです。
これは何と呼ばれるかと言いますと、テガ ネグリ カイン パンジャンと呼ばれています。
日本語に訳しますと(3)(国)(布)(長い)となります。
3国で作られた、腰布となるんです。
茶色はソロ 青はペカロガン 赤はラスム~つまり、有名な産地で染め上げた布
なんです。
良い所取りで、随分とお金がかかっている事でしょうね。
この中で一番難しい色が赤なんです。
この赤を得意としたのがラスムなんです。
所で、このけばけばしいジャワ更紗~今着て歩けと言われたら一寸ひるみますよね。
それで20世紀の半ばぐらいから衰退していくんです。
ジャワ更紗の工場は、近代的なジャワ更紗、つまりプリント柄を作る工場に変わって
いくんです。
勿論伝統的な更紗を作る工場も残ってはいますが、見る影もない様な布に転換して
いき、昔の布は幻のラスムと呼ばれるようになったんです。
コレクターとしては、この様な話にはワクワクして飛びつきます。
その為には現地にと、行きました。
この本に書かれている様に、確かに大きなお家はありました。
しかし出された布は、ジャカルタよりも高い!つまり現地高はインドネシアでも
通じたんです。
そのうち~昔のラスムの布の多くは、スマトラに輸出されたと言う事を知りました。
このページで言えば、左側の布~この右端のギザギザはスマトラで特に好まれた
模様です。
スマトラなら常時住んでいる所からは近い!こうなったら徹底的にとスマトラ通いが
始まったんです。
インドネシアの更紗の特徴は何と言ってもロウ染めになります。
ロウで防染して、染色液の入ったバケツにドボンとつけます。ロウの部分だけ
染まりません!
次に一旦染まった所をロウで覆って~次の色に染めるんですね。これを裏表しないと
駄目です。この布の茶色の部分をよく見ますと、二種類の色分けになってます。
これは液体は同じですが、二度染~三度染を繰り返した結果なんです。
つまり、そのたびにロウを置き換えているんです。
このように更紗を作るのには膨大な時間がかかってるんです。
さてこんなのを値段に反映させ売りに出したら売れると思いますか?
売れるわけはないです。そう言うわけで衰退していったと言う事なんです。
ですが20年ほど前の話では、2~3軒残っていたみたい。
つまり、それ程高くても買いたいと言う人がいると言う事でしょうね。
インドネシアには日本人以上に金持ちが日本人以上の数がいるんです。
当時、仲が良かったAさんがいました。
彼の給料は6万円~3万円で生活できたんです。3万円残りますね!
この3万円は、日本での金額~インドネシアでは12万円の価値が出てきます。
ラスムの得意な色は、この赤です。
現地ではラスム赤とか、血の色とか呼ばれている色なんです。
下地が絹であれば、この赤は簡単なんですが、綿には難しい!
他の更紗を見ますと、この様に鮮やかには染まってなく、若干茶色に濁ったような赤色に
染まってます。
理由は絹はタンパク質だが、綿はそうではないからと言う事です。
ラスム赤が何故できるか?これ触媒に秘密があるみたいです。
確か明礬を使っているとか!
ラスムでは、これが門外不出の掟となって守られたそうです。
ラスムは少数民族の華僑ですから、守りも硬いです。




