ドクダミの花が咲きましたので李朝の器をとりだし生けました。

白い器に濃い緑の葉っぱ、白い小さな花はバッチリ似合います。

こんなに綺麗な花なのになぜ嫌われるのか!

たぶん図々しく咲きすぎるんでしょうね?

花を生ける前の器は、この通り~李朝後期の分院の白磁です。

李朝は後期白磁が一番と思ってます。

何故か?中期白磁になると貧乏サラリーマンでは高すぎて買えなくなるからです。

分院とは?李朝時代の王宮には、司護院と言う祭事や食事などを担当する部門があります。

そこで使う食器などを作っていた所が分院で、官窯なんです。

後期には少し青みを帯び照りの有る白磁になりました。

土・釉薬・窯が変わっていったんでしょうね。

分院と民窯とでは出来上がりが一目瞭然でちがいます。民窯では絵付けも土練りも混合でやってましたが分院は、それぞれに専門家がいて分業していましたので質の高い製品が出来たんです。

高台を見ればよくわかります。

李朝の場合は砂高台が多いんです。

*釉薬のかかった陶器を窯の中に直に置くと釉薬が溶けた時に下側に引っ付き取れなくなる   時があります。これを防ぐ為砂を撒きます。

この砂が分院は細かく粒のそろった砂なんですが、民窯は適当なんです。

この器の底はススが巻いたような感じ~たぶん棚の上に長く置かれていたんでしょうね?

発掘ではなく伝製品でしようね。

こちらは、文芸春秋の編集長をしていた小松正衛さんが書いた本の中に出て来る盃台です。

そっくりですね。

日本だったら、酒の盃を置くイメージですが、李朝では盃は使いませんので同じ盃台でも一寸大きい、違いますね。

これ最初見た時、こんな物にわざわざ1ページもさいてと思ったんですが、自分が持ってみるとそう思わなくなりますから不思議です。

骨董は買ってみなければわからない!そんな声が聞こえてきそうです。

 

李朝では食器は白磁なんです。日本は食器の形&絵付けに趣向をこらしますが、李朝は白磁だけ、今の韓国はステンレス製~箸までもステンレスなんです。

丈夫で良いんですが、別嬪さんがこれを使ってチンチンジャラジャラと高音を立てながら食事をしているのを見ますと100年の恋もいっぺんで覚めるでしようね。

そう言えば造船所の社員食堂を思い出しました。

入口まで来たら凄い音が聞こえてきます。食堂の内部では話もできないくらい煩い!

ステンレス製の食器を洗う音が今でも耳にこびり付いています。