ネットオークションを見ていて思い出し、その昔手に入れた柿右衛門の小皿を取り出して
みました。
今考えて見たら、嘘八百言う骨董屋さんでしたが、仕入れは口コミで行っていますので面白い物が時々あるんです。
この日は3点ほど仕入れた物を見せてもらいました。
一つは初期伊万里の➀吹き墨の兎の陶片〇〇万円、次に、その半分の値段で➁古絵唐津の陶片~そして、その半分の値段で③この傷物柿右衛門の小皿です。
いくら傷物とは言え一応は柿右衛門、これが欠片の1/4の値段で買えるんですから、古陶と
言うのは実に面白いですね。
この小皿、図案はどう見ても中華丼の碗みたいです。
それ程、気に入った物ではなかったのですが、丁度出張から帰った後でしたのでポケットマネーがあり、話のタネにでもと言った感じでした。
典型的な柿右衛門の特徴としては。
⋆柿右衛門~有名な物ですから、なんでも柿右衛門にしとけとばかり範囲が広くなりすぎてますので、絞り
込んでみました。
➀濁し手(米のとき汁)と言われる器体の白さです。
➁白い部分の余白を多くとる。
③左右非対称の図案
④中華風の繊細な絵付け
などがあります。
柿右衛門~一言で言えば「輸出用伊万里」なんです。
中国が明から清に変わる時、明の生き残り鄭成功が台湾に逃れて、ここから反撃に出ます。
清はたまらず鎖国にするんです。
*台湾では鄭成功は、建国の父とよばれています。
父は貿易商(海賊かもしれません)母が平戸の生まれで、7歳の時に父に誘われ中国に
渡り明に仕えます。
弱ったのがオランダの東インド会社~中国から陶磁器が入らなくなり、日本に代替品を求めてきます。
この様な物を作ってほしいと、図案を持ってくるんですね。
それは中国のデザインの器で、写して作り上げたのが柿右衛門なんです。
所が、どうしても無理があり日本の癖が出てしまいます。
中国の端正さにくらべれば、日本は一寸いい加減、ある意味では欠点なんですが、これがヨーロッパでは大受けしたんですから、世の中わかりませんね。
ですので、個人的には柿右衛門は、日・中・オランダの混血なんて思っています。
柿右衛門様式の時代は1600年の終わりころから、1700年代にかけて制作されたものですが、この頃の磁石は泉山で取れていまして、焼いたら少し青灰色がかります。
此処を工夫して白い素地にするんです。
これが、柿右衛門の特徴なんです。
左は濁し手で右は普通の素地!
見た感じが、これだけ違います。
キャンバスは白いほど絵は冴えてきます。
*この土が秘伝なんです。
前後しますが、この濁し手が江戸中期になりますと消滅するんです。
つまり柿右衛門は人気がなくなり錦手に変わります。
長く忘れられた存在でしたが、12代・13代目柿右衛門が秘伝書を元に再現するんですね。
なんと10種類ほどの土をブレンドしているそうです。
その結果、濁し手の再現で無形文化財に指定されるんです。
形は薄造りで端正~中国の景徳鎮の焼き物は単独で使用され最高の品質を誇ります。
日本の場合は土をブレンドして薄造りを技術でカバーして土を作り上げているんですね。
金彩を本のチョイ入れてます。
これは絵付けをして焼いた後、金彩をしてから焼いているんです。
たったこれだけの為に再度焼くんですね。
今なら電気窯で本のチョイいですが、昔は薪窯ですから大変です。
参考に出光美術館の柿右衛門をUPしてみました。
右側から柿右衛門・マイセン・そしてイギリスの窯。
今でこそ世界的なマイセンですが、これは柿右衛門にあこがれて始まったんです。
ドレスデンの城で陶工の〇✖が苦心の末に、柿右衛門写しに成功したんです。
城の中に閉じ込められ~最後にはアル中になって悲運の最期をとげたとか、有田の柿右衛門の様にはハピーエンドとはなりませんでした。
左はマイセンを写したイギリスの窯とか、ヨーロッパ中が柿右衛門写しつくりに没頭
したんですね。
面白いのは、御本家は中国でしたが、今度は中国が柿右衛門の写しを作るんですね(笑)
今回~柿右衛門を思い出したのは、この柿右衛門写しをヤフオクで見つけてからでした。
padaの皿とよく似てると思って取り出して比べて見て、ついでにとUPしてみました。
ホンマに構図はよく似てます。
ですが鳳凰を取り出してみますと。
違うな!








