以前ヤフーブログで記事にしていた物を再アップします。
アメブロでは字数に制限がありますので、見直しをし随分と縮めました。
意味不明の所もありますが、なるべく原型に近い所で投稿したいと思ってますので宜しくお願い致します。
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買い出し人が、この様な布の残欠を持ってきました。
padaさん、これはスマトラ ランプーンの旧スルタンの家から出た物だと言います。
padaは単なる王冠の刺繍じゃないかといいますと!
これは昨日今日できたものではない、少なくとも戦前の物だ、この頃はインドネシア
は国家ではなくて小国がひしめいていて、その一つのスルタン(村長程度か?)家
から出た布だと言うんです。
平民は、作る金もなければ、このような物を作ったら当然村八分だと言うんですね。
この言い分も一理あります。
未開発国家ほど階級制度が厳しく袋叩きも良い所で、殺されかもしれません?
裏を見ますと、この通り裏当てされているんですが、その布がちょっと違うんです。
模様は生命の樹模様~たぶん当時貴重な洋ラシャかインドラシャを使っています。
何故布を変えたのか、謎①です。
見れば見るほどホンマに謎の多い布です。
一寸順番にあげると↓
①先ほどの話なんですが、表が同じなのに、裏当ての布が違う!
何で変える?
②裏から順番に行くと、裏当ての布の上に薄い白の布を置いている?
③この上に黒色の糸をびっしりと敷きこんでいるんです。
これは布でなく、布を織る前の糸、びっしり置くなんて、コリャ難しいです。
布なら簡単なのに、何故ワザワザ糸にしたのか?
④下側の赤い部分は?
これも布ではなく糸なんですね。
糸を房の様にして縫い付けているんです。
*これだけ考えても随分と手間をかけているように思うのですが。
⑤もっとわからないのが最初は布の上に、この王冠2枚張りつけた。
その布が ボ ロボロになったので、王冠の部分だけ切り抜いたと思ってたんで
すが、どうも違う、王冠を布に張り付けた痕跡が全くないんです?
王冠は、元々これ単独の物であって、必要に応じて儀式などの時に使用したと
考えた方がスムーズに理解できると思うのですが?
どう考えても一寸謎が多すぎる布なんですね。
②③の詳細!
白い下布の上に、黒い糸をびっしりと張っているのがわかります。
多分何かの接着剤で張り付けているんでしょうが?
それが部分的にはがれたのか?
糸がむき出しになっているのがよくわかります。
下側の赤い布、よく見ますとこれも糸なんです。
束にして房にし黒い糸の上から縫い付けて、これで王冠は出来上がります。
この結果、王冠は単独で使用していたのかなと思いました。
このままでは一寸見劣りがしますので、額に入れてみようとポスター用の額を買ってきました。
安くて軽い~これで十分、何故なら額の方が中身よりは高いのです。
ピッタリ収まり、額に入れると少々貫禄が出てきました。
これはスマトラ島ランプーンのタピスと言う布です。
インドネシアは、民族独自の布を作ります。
この地方は、金糸銀糸の刺繍が得意、晴れ着には刺繍を散りばめた服を着ますが
一度でいいから着ているのを見てみたいものです。
padaはタピスの町ランプーンに何度か布を探しに行った事があります。
ジャワ島とスマトラ島の地図で、この間の海峡をスンダ海峡といいます。
padaが住んでいたところは地図で言いますとジャワ島のメラクの右横でした。
赤印の此処を拠点に、彼方此方と出張に行ってました。
メラクから船でバカウニにわたり、原生林を一直線に走ってランプンに行きますが、
ある時をきっかけに~この船旅が大好きになりました↓
最後に乗った時には、さよなら又会いましょうと言って手を振りました。
何故この海峡が好きになったかですが↓
まず、ネットより借用の宇高連絡船の模型キッドを参考に話を進めます。
阿波丸~四国の人間にとっては、この連絡船は思い出深い船なんです。
出張の行き帰り必ず連絡船に乗ります。
まず最初にするのが場所取りで椅子に鞄を置き、次に甲板に走っていき讃岐うどんを食べる。
このうどんを食べたさに、お腹がすいているのを我慢するんです。
売り切れてなく、運が良ければもう一度並び二杯目を!それほど美味しかった。
船の混みようによっては、鞄を置いて席を取ったのは良いが、座らないまま次の
汽車の席取りに走る準備をしなければなりません。
四国と本州が橋でつながり連絡船は廃止、一寸辛かった。
所がこの船がインドネシアに身売りをしスンダ海峡で、それも現役で生きていたんです。
しかも内部の設備がそっくりそのままで、まるで生きた博物館でした。
たばこの自動販売機は、見本のたばこの箱が入っていて、思わずポケットの中の小銭を探した程です。
使用できない黒電話・消火器・テレビ~全部昔と同じ、幽霊にあったとは、この事です。
すべてを動かないように足元を固定して大事にしてくれているんですね。
これがインドネシアでの最大の感激、いっぺんでインドネシアが大好きになりました。
そして船内をアッチコッチとキョロキョロ最後に、この模型で言えば後ろ側の甲板にでます。
小学生の遠足か?
甲板に子供が集まって先生が指揮棒を振って、それに合わせて子供達が歌ってるんですが、それが♪~さよなら♪~さよならと聞こえてくるんです。
まさかと思いましたが、間違いない!これまた大感激!
ユーチューブで探したら、この歌がありました。
結構インドネシアの子供たちの歌として人気があるみたいで、視聴数22万回。
是非聞いてみてください!!
意味は?さよなら、また偶には合いましょうと言う意味かと思います。
*子供たちの表情が日本人と比べれば一寸違う様な感じで愛想がいいですよね。
これ作っているわけではなく娘さんにな っても続き!インドネシアでは普通の表情なんです。
思うに育て方が違う!赤ん坊の時に、子守り女を雇います。その子守りが赤ん坊を前向きに抱き、そこら辺りを歩きますので、当然人慣れして育ち、いつも笑ってる表情になるのかもしれません?~日本の親の背を見て育つのとは反対です。







