パコの手作り石けんのあれこれの雑記 -30ページ目

パコの手作り石けんのあれこれの雑記

え~と、石けんを作っているにあたって、あれこれとやっている訳なんです(^^;)
そんなことを綴っております。

結婚相手に求めるものは? ブログネタ:結婚相手に求めるものは? 参加中
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皆様ご機嫌いかがでございますか?
最近眠れなくなっているパコでございます(笑)

結婚・婚活・お見合い・その他いろいろ(←なんだそれ)ありますが、パートナーを見つけたい、とか見つけた、とかそんな場合、相手に求めたくなるものってのはありますね(^^;)

曰く、収入・見た目・性格・趣味の一致・体型・仕事内容・その他もろもろ・・・・。何だか自分中心に考えれば考えるほど要求項目は増えて行く・・・・。
でも。相手も自分に求めているもの、と考えた場合・・・(;´▽`A``
そうそう要求に応えてはいられませんです(笑)

立場としては同じなんでございますなあ・・・・。

私がお付き合いしていた相手、というのはそれはもううるさいお人が多く、女性ってのは人間のうちに入ってないんじゃないか?とか思うほど己の要求通りにさせたがる方々でございました。(←1人目で懲りろよ。)
「女はこうだ。」「女なんだから。」「女はこうしろ。」「女は。」「女は。」「女は。」・・・・∞
「女だって人間なんだからな!今まで生きて来た個性ってやつだってあるんだからな!認めろよ( ̄へ  ̄ 凸」
とか思ったりしたことも・・・(^^;)

こういう方々は、いざ「結婚」となるとめっちゃ考えてしまいますね(^^ゞ
そこから先の想像がつく、と申しますか、きっとがんじがらめにされてしまって、今度は「主婦なんだから。」とあれこれ要求して来るだろう、と。

私は割と「変わり者」とか言われて来た方で(^^;)、確かに付き合いにくい女であろう、とは自覚しております。
男性と付き合いながら、「自分を隠さないで自由に振舞えたらどんなにいいかなあ・・・。」と思ったこと数知れず。
要は自分をそのまま出してしまうことが怖かった、というか。
「自分をそのまま出してしまったら、きっと嫌われるなあ・・。」と思いこんでいたというか。

ですから、私がパートナーに求めるものは「私をそのまま受け止めてくれる人」でございました。

今の旦那さんは、バンド仲間として十数年の友人関係であったお方です。
もちろんその間に恋の悩みとか相談とか、いきなり「ポルシェの中古を見つけたんで買おうかと思うんですけどね。」と電話をかけて、「やめとけ~~~!!!」と怒られたりとか、「ヒマっすか?CDの駄作大会でもしませんか?」などと訳のわからない誘いを受けてもらったりとか、「ギター買っちゃいました。40万でした。お金?ないっす!!」とか言って呆れられたりとか、そんなことをしておりました。

んで。恋心、なんてものとは全く縁の無いお付き合いをして来た訳なのですが。
何故結婚したのか?

これはある日のことでございます。遊びに行ってそのまま真夜中となり、バンドマンなんて大抵は宵っ張りで、徹夜も平気。朝まで遊ぶ、なんてことも当たり前でございましたんで、そのまま旦那さんの部屋におりまして、夜中の3時くらいであったでしょうか。
突然「三角関数」についてのギモンが湧いて参りまして・・・・(笑)
「三角関数って直角三角形だけに応用される関数ですよねぇ・・。実際にど~ゆ~役に立つのかなあ??」
などと言っておりましたら、
「あのね、波形を時間の関数で表そうとした時にですね。sin(サイン)波というきれい波がありまして、極端なことを言えば全ての波形はそのsin波で表わされる訳でしてね。」
などと説明が始まったのですね(^^;)
それから延々と丁寧な説明が続き、更には聞いてもいない「ギターの波形においての場合・・。」のようなこととなり、しまいにはぜんっぜん関係の無い数列の話にまで及び、とうとうメモ用紙が出まして、紙に書きながらの話となり・・・。(←この時のだんなさんの嬉しそうだったこと(^^;)こ~ゆ~話が好きなんです。)

「へ~。ほ~。は~。」とか聞きながら、「ついでに抽象的なベクトルの話になりますけどね。」とか私が言い出しまして、「この抽象的ベクトルってのと理想論ってのを組み合わせてみると一方向にだけ向けることが可能な思考の世界では理想ってのが出来ますが、現実には理想とは正反対のベクトルが存在する訳で、何故かって~とベクトルってのは360度中に点ではなくて線として無限に存在する訳じゃないですかぁ。」などと訳のわからない話を始め・・・。
するとだんなさん、「ふ~~む・・・。」などと言いながら、「ベクトルはですね・・。」などと言い出し始め、途中で「・・・・朝ですね。」と(笑)

その時に私は思いました。
「夜中の3時に訳のわからない三角関数の話が出来る。嫌がらずに聞いてくれる。これはなかなか得難い人なのではないか?」と(^^ゞ

同時にだんなさんは思っていたそうです。
「どこまで訳のわからないヤツなんだ?」と。そして「きっと飽きないだろうな。」と。

これが付き合い始め、そして結婚のきっかけです(爆)
お互いに思った訳です。
「こいつとなら遠慮しないで好き勝手言いながら暮らせそうだ。」(笑)

そして結婚してから気づいたこと。
「この人は意外に男らしいな。」←私。
「この人は意外に家庭的な所があるな。」←だんなさん。

お互い何を求めて結婚したんだか・・・・・(^^;)

それはひとえに
「こいつとなら遠慮しないで、自分でいられる。無理しなくていい。」
それだけのことであったのですね(;´▽`A``

んな訳で、結婚した今でも、やたらにロックを聴いてみたり、映画を見てみたり、農水省の無駄遣いをざっと計算してみたり、ガンダムやウルトラマンについて語ってみたり、楽器を弾いてみたり、寺社巡りをしてみたり、電磁場に発生するカオス状態がど~の、などとど~でもいいような話にふけってみたり、と好き勝手して暮らしております。

ラク。
これが求めるもんでありましょうなあ・・・・・。
お粗末!!m(_ _ )m
皆様、ご機嫌よろしゅう♪
え~、石けん作りの関係で、あれこれ化学のデータや印刷物を読んだりしておりますが、そうしておりますと、高校時代のことがいろいろ思い出されて参ります。

私は「商業科」とか「デザイン科」というようなカテゴリーの中の「理数科」という学科に行っておりました。
ここでは、「簿記」とか「デッサン」とかいったように「○○科」特有の必須履修学科として「数学」と「理科」がある (しかも特科として文部省が定めた広い範囲)という地獄のような高校でございました。(←何でそこへ願書を出したのかは、長くなるので省略^^;)

数学は二教科に分かれ(つまり1日に2時間の数学がある日もある)、化学、生物、物理は全て必修、時間が足りないので、毎週火曜と金曜は我々だけ7時間目がある、(しかも数学か理科)という「ああ・・・ど~~して・・・(T▽T;)」と 泣きたくなるような状況下におかれ、さらに「ど~せ理数科だから。」というある程度の自由さを教師たちは持っており、けっこう無茶な授業も平気で執り行う、 ということもありましたのですね。(←普通科では許されないらしい・・・)

そんなある日、化学の教師が思いついたのが、「爆弾を作ろう。」でございました(^^;)

え~。詳しい作り方は忘れました(笑)
ただ、当時のあちこちでも既に時代遅れとなって 誰も使ってなかったような(←誰が使うんだって(*・・*)☆\(ー。ー#) )ちゃちな爆弾であったのは確かです。

にしても爆弾は爆弾。
「これを基本にもっと高性能のものも出来るぞぉ。でも作るなよ。」
などと言われながら、「爆発」の理論解析と回路の製作、それから材料の選定。
「ニトロ」という物質を使いましたね(^^;)
「ショックで爆発するからなぁ。落としたり踏んだりするなよぉ。」
とか言われて、「マジかよ・・・。」とビビリながら教師の配る薬品を各グループへ持ち帰ります。

その際、実験の前に化学の教師は真面目な顔で申しました。
「おい、引火性の非常に高いもんだからな。火の気は厳禁だ。一個爆発するとそのまま誘爆を起こしてどんどん爆発、ってこともあるからな。ここには 他にもいろんな薬品があるのもわかってるな。そんな訳で危険を回避したい。 ライターを持ってるやつ、ここへ出せ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一同しばらく考えました。ライター=タバコ。高校生ですので、タバコが見つかれば即停学。
停学か命か。停学か安全か。

「う~~~~っす!!」
ある勇気のある男の子が一人、ライターを持って前へ出ました。
「俺、これ一個だけです。」
すると、次々に、「うっす!」「あ、俺もある。」「は~~い。」などと言いながら、男の子たちは次々とライターを持って前へ出ましたのです。

教師は「よし。名前を書いておけ。しばらく預かるぞ。」と言ってライターをどこかへ持ち去り、「じゃあ、実験開始!」 と。
そんな訳で我々は爆弾を各グループで一個ずつ作りまして、校庭で安全確認の後、爆発させて授業を終わりました。←不発弾もあった・・・(;´▽`A``

そして実験室へ戻りますと、教師は再びライターを持って登場し、
「ライターを発見しても不問にされるのはこの授業だけだからな。次に見つけたら停学な。」
と言いながら全部返してくれました。ライターの件はそれで終わり。
誰も停学にはなりませんでした。

その時、
「なるほど・・・・。安全は校則を越える訳だなぁ・・。」
と思いました。何よりも「安全」が優先されるものなのだなあ、と。

もしそこでライターの件を問題にしたりしたら、次に同じ実験をした時、誰もライターなど出さなくなるでしょう。
そして引火性の非常に高い物質を使っての実験中、同じく引火性の高い物質が入り、更に発火装置のついたライターをそのまま持っていて、万が一の事態が起こったら・・・・。

爆弾作りの他に、もう一つ、もっと大事かも・・と思えることを学んだ授業でありました。
あれから私は「安全」というのは何よりも優先して考えるべきことだな、と思っているのです。
特に「危険物」「毒物」「劇物」を扱う場合には。

そして、その思いが今の石けん作りにつながっているのだなあ・・・と思っております。

あ、ちなみに、その後その知識を生かして「私的に爆弾を作った」という同級生はおりません(笑)

そしてついでに、「エチルアルコール」につきましては「安全対策外」だったようで、修学旅行で酒を飲んで騒いでいた我々は全員停学となりました(爆)

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現状を直視するのは決して愉快ではないが、事実を冷静に認めない限り我々は愚か者の楽園に住み続けなくてはならない。
             -フレデリック・フォーサイス「ジャッカルの日」より抜粋-

この現実を直視し、受け止めて行く、ということが時に難しいことがあるのですよ。
特に自分に都合の悪い状況であるような場合には・・・。
そういう時、「自分って小さいよな・・・。」と落ち込みに入ります。
ただ、目をそらそうと、耳を塞ごうと現実は現実。厳然と、冷然とそこにあるものであるのは確かです。


現実や事実というものは時に我々を痛みをもって引き裂くこともあります。
目をそらそうと思えば出来ますし、またフォーサイスの言う楽園に住み続けたいと思えば出来る、というのも人間の一つの特技です。

ただ、その痛みをもって現実を見据え、事実を事実として受け止めることが出来たなら、その先にあるのはより現実に即した視野であり、知識であり、そしてそういうものに裏打ちされたより強固な思想でもあり得る、と考えます。

己の感情のままに耳をふさぎ、思考を止め、視界を閉じ、その場にうずくまってしまうのなら、そこでいくら声を張り上げた所で結局「耳を貸すまでもない感情論」として他者を説得するには至らないであろう、とも考えます。
議論をする時などはこういった思考も必要であるかな、と。
心があるから議論も出来るのです。議論とは罵りあいではありません。
理解することは論破された、ということではありません。相手の言うことを理解した上で、異なる意見を述べることも出来るのです。
議論は時々「勝ち負け」という感情に覆われてしまいますが(そうなるともう議論ではありませんが)、理解とは負けることではありません。

冷静ということは感情が無い、ということでもありません。

己と同じように、相手にも感情があり、心があるのだ、これも一つの事実です。
そして、そういう事実とはまた別の所で「好きか嫌いか」という感情があることもまた一つの事実ですが、議論の場合、それはあまり登場させない方がよろしいでしょう。

あれこれ抽象的なことを書きましたが・・・・。

先日のちょっとした会話です。
「あの方は感情が先に走るから意見交換が難しいのですね。」
「拝見しました。どうもそのようですね。論拠のデータも統計立てて取っておられる様子もないようです。それでは議論にならないのですが。」
「思い込みだけで自論を展開してしまうので・・。ただ事実は事実、知っておくと良い、という方向でお話してみます。ひょっとすると恨みを買うようなことにもなりかねません。お名前は伏せておきます。」
「了解しました。静観しますが、データの欲しい時はおっしゃって下さい。」
「ありがとうございます。データが役に立つようであれば嬉しいのですが。」

会話をしているのは女性同士、相手の思い込みの激しい方、というのは男性です。かつて(今でもあるかな?)女性は感情に走るから議論は出来ない、という通念がありましたが・・・・。
非常にピンポイント的な具体例ですが、時代は進んだな、と思いました(笑)
戦後強くなったのは女性と靴下(この言葉を聞くと女権擁護団体が激怒しますが・・)とか言われてますが、女性の男性化、男性の女性化、というのもありますかね?(これもまた女権団体に抗議を申し込まれそうな発言・・・・)

どちらにしても、男性であろうと女性であろうと、事実・現実は厳然たる、時に冷然たるものである、ということもまた事実の一つとして受け止めることも大切であろうかと。

「認めたくない現実」がある時、「認めない!」と叫んでしまう自分の小ささに落胆するよりは、痛みを持っても、現実をしっかりと受け止める力と勇気を持てる。
そういう人に私はなりたい、と。

そう思いながら体重計に乗る私なんでございます(;´▽`A``
・・・・・・・・・・お粗末!!