「愛」。そんな重い話題をいきなり振られても・・・・・。 | パコの手作り石けんのあれこれの雑記

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え~と、石けんを作っているにあたって、あれこれとやっている訳なんです(^^;)
そんなことを綴っております。

愛したい?愛されたい? ブログネタ:愛したい?愛されたい? 参加中
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めちゃめちゃ哲学的(?)なお題じゃありませんか(^^;)
人生の深い所をついてしまっておりますな~~~・・・・・・・。

愛したい?愛されたい?

「愛」ってなんジャロ?(←あ、古いCMです・・・^^;)

大体「愛してる」って自覚出来る人って何人くらいいるのでしょうね。「愛」というものが世間やドラマで言われているようなものであるとしたならば・・・・・。そんな恋愛をするような人はそれこそドラマの中だけ、って~か、やたらめったらな障害を乗り越えて、その先にさらに結ばれる、とかこの世でたとえ結ばれなくても魂だけは同じである、とかそんなもん日常の世界でなっかなかあるこっちゃないな、と。
あ、ここでは「男女の愛」ってものに限らせて語らせて頂きます。親子の愛、万人への愛、なんて話になると収集がつかないほど広がっていきそうですので・・・・(^^ゞ

え~~。気軽に「愛してる!」なんて言う人の中には愛なんてものには縁が無く、実は「自分だけが大事」なんて自己中だったりすることもしばしば・・・。「愛」という言葉に酔っているだけ、なんてこともあったりする訳で。

以前彼氏がおりまして、よくある話で別の彼女が出来ましてね、あっさりとフラれるに至った訳ですが、そこからがちょっと変わった展開となりまして・・・・。その彼女に誘われて飲みに行くハメとなりました(^^;)
今だったらそっこ~お断り、という所なのですが、大体フラれた直後、なんてのはショックも相当でかく、意気消沈も甚だしい、気力なんてものは消え失せております。あんときゃ自分だって彼氏のことを「愛してる」なんて思ったりしていた訳ですよ。

んで、その飲み屋の席で、彼女からいろんな演説を聞きました。
「私たちは出会うために生まれてきたのよ。会った瞬間にそのことがわかったの。魂のかけら同士だってことがね。一つの魂になるために生まれてきたかけら同士だったの。あなたとのことはプロセスだったのね。そのプロセスを経て、私に出会った。大切なプロセスだったとは思うの。でもね、あなたはあの人の魂のかけらじゃない。本当のかけらは私が持ってるの。」
要するに“勝利宣言”ってやつです(^^;)
んでもって高らかにのたまわれました。「あなたには出会うべき人が別にいるはず。それなのにそんなに落ち込んでいるのはおかしいと思うよ。それはただの執着じゃない?良かったらいいカウンセラー紹介してあげる。どう?」
そこで私はどうしたか。
「・・・・・・・・・お願いします。」と頭を下げました(爆)←もうどうかしてた(^^;)

んで、「旅行にでも行ったら?失恋の痛みなんてすぐ消えるよ。だってただの“恋”でしょ?私とあの人はもう“愛”なのね。ん~~・・・最初は“愛”とも呼べない高い魂の世界にいたんだけど、やっと“愛”のレベルまで降りて来た、って言ったらいいのかな?早く元気になってあなたの出会うべき人を探してね。」とおおいに励まされ、帰って来た、という思い出があります。(ろくな思い出じゃないな・・・・。)
ただですね、その時うっすらと感じていたことがあります。
「・・・・・・あんたのも愛とか呼べないんじゃないの?それって陶酔、ってヤツなんじゃないの?”愛”って言葉に酔ってるだけなんじゃないの?」と。

あれから考えておりましたよ(^^;)「愛って何さ?愛するってど~ゆ~ことさ?」って。私の彼氏に対する気持ちだって、愛なんて呼べるもんじゃなかったことは確かです。
だってお互いに傷つけ合っても平気でしたもん。相手を傷つけることなんか何とも思いませんでしたもん。やってることと言えば、「自分のため」であり、「自分の思い通りの恋愛道」を進むために相手をコントロールする、なんてものでしたもん。

男女の愛って難しいもんですね。

あんときゃあまりに落ち込んでいる私を励まそうと、いろんな人が助けてくれました。友人は私のために怒り、別の友人は一晩中付語りにつき合ってくれ、また別の友人は黙ってそばにいてくれました。またある友人は、「あいつがあなたにどんなことをして来たか、それは俺もよく知ってる。だから、何があっても、誰が何と言っても、俺と俺のかみさんはあなたの味方でいるよ。だから死んだりしないで欲しい。あなたが死んだら俺のかみさんはあなたを救えなかったことで一生悲しむだろうから。」という言葉をくれました。
一見自分のことを考えているようですが・・・・・自殺もしかねない状況の私を救いたい、という気持ちに溢れた言葉でした。この時に“愛”ってやつを感じたことも確かです。男女の愛とは違いますが・・・・。私のそばにいてくれる友人たちの愛をしっかりと感じました。

そうですね。この「愛されている」という感覚、これはとても大切だな、と思うのです。だって自分を大切に出来るじゃないですか。そして、そんな力を与えてくれる人に対して「自分も力になってあげたい。」という気持ちも生まれて来るじゃありませんか。私はあれ以来「あの時分けてもらった愛情を、その人たちだけじゃない、他の人たちにも分けられるような生き方をしたいな。」などと大それた考えを持つに至りました。(←なかなか実行出来てない^^;)

んで、今のだんなさんと暮らしている訳ですが・・・。(別に魂のかけら、なんて感覚はさっぱりありませんが。)
うちのおっさんにはいつも笑っていて欲しいんですね。そして私が笑わせることが出来る、ということにも気が付きました。
うちのおっさんが笑っていて、そして幸せそうにしていると私も何だか幸せ♪そう思ったりしております。そこからまた新しい力みたいなもんが湧いて来たりします。

結論。「愛し、愛されたい。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・欲張り??