よく拝読するblogで
宗教の話がありました
北野武さんが原作の映画化で
北野武さんも俳優として出演しています
エセ宗教家と信者と
内部抗争
と云うよくある話です
先日
私の「宗教観」について
ボウズ(高校1年生の息子)と
話をしたのを思い出しました
私の持つ「宗教」のイメージは
ひとつは
カール・マルクスが
「ヘーゲル法哲学批判序説」で述べた
”宗教はアヘン(鎮痛剤)である”
と云う言葉に集約されます
人生は
理不尽で身勝手で
全く思いの通りに行かず
1割の楽しいことと9割の苦しみだと思います
その中で
耐えられない悲しみを慰め
理不尽を忍耐するために
宗教はあるのだと云う考えです
それを為政者たちに悪用され
政治に対する不満を抑えるため
また
善い行いをすれば天国へ行けると
未来に光を指し示すことで
自暴自棄になって世を乱すことさせず
規律正しい社会を構成するために
利用されているのが現代社会だと思います
更に
もう一歩進めて
自分の欲望を正当化するために
「宗教」を利用する輩が居ます
「聖なる戦い」と言って
戦地に人を送り
”聖なる戦いで死んだ人は天国へ行ける”と
民衆を謀る(たばかる)のです
そして
その集約力と誘導力の強さから
「宗教」は「権力(欲望)」と
容易に結びつき易いことは
歴史が示すとおりです
為政者と宗教の権力争いで
面白かったのは
惣領冬実の漫画「チェーザレ」で
「カノッサの屈辱」について
説明されていたシーンです
税金を集める教会の司教を誰が任命するか
皇帝と教皇が争う中
教皇は皇帝を破門します
すると皇帝は見窄らしい身なりで
謝罪をしたのです
宗教として教皇は
”許しを乞うものに対して許さなければならない”
ことから皇帝を許します(破門を取り消します)
つまり
何度破門しても
その都度許しを乞えば取り消される為
「破門」と云う唯一の武器を無力化された教会は
この事実を後世に伝え
「皇帝は教皇より下である」と教皇権の勝利に
すり替えたのです
肉を切らせて骨を断つ
みたいな権力闘争です
話がズレました
今回
こんな話をしたのは
チャーリー・カーク氏の
殺害事件がきっかけでした
カーク氏は
アメリカ合衆国で最大レベルの影響力がある
「福音派」のひとりで
私の理解では
”聖書の言葉をそのまま信じる”派閥と云う
印象です
ここに
私は疑問を抱きました
「宗教」の
もうひとつの役割として
「生活ルール」の基準・規範があると思います
ここからは
根拠のない私の憶測と偏見なのですが
「宗教」の役割には
各種ルールを決めること
と思っています
そのルールには
その当時の社会情勢が深く関わっています
イスラム教で
豚を食べることが禁止されているのは
豚肉には寄生虫や菌がいて
今でも”豚肉はよく焼け”と言われるように
豚肉を食べて亡くなる人が多かったからでは?
イスラム教では
1夫多妻が認められているのは
戦争で男が戦死して数が減ったこと
当時女性がひとりで生活費を得るのは困難だったこと
などの理由で
裕福な男性が女性を養う仕組みをつくったのでは?
なお
1夫多妻のときには
偏りなく平等に愛することが条件とのことです
アルコールが禁止なのも
アルコールを飲んでトラブルになったことが
原因ではないでしょうか?
キリスト教の禁止項目が
あまり出て来ないので
イスラム教を狙い撃ちしてるみたいに
なりましたが他意はありません
なお
キリスト教で同性愛が禁止とよく聞きますが
キリストが同性愛を禁止した話は聞きません
十戒の「姦淫」に該当すると云うことですが
有名な「罪なき者は石を持て」の話も
女が姦淫の罪で連れて来られた話です
閑話休題
つまり
その当時の社会状況によって
ルール定められたもので
知識がない人にも理解しやすく
神のルールですと伝えたと推測しています
何せ
教会のステンドグラスは
文字が読めない人に説明するためのもので
当時の世の中に
理屈で理解する人数は限られていて
「神がこう決めた」
と説明する方が受け入れ易かったと
推測します
その仮定から話すと
「福音派」とか「原理主義」は
当時のその地域の社会情勢のルールを
今に持って来ている訳で
”ところ変われば”とか”時代が違う”って話を
置いて来ていると思うのです
勿論
「温故知新」ですから
昔を蔑ろにするつもりはありませんが
古い風習に囚われることも無いと思うのです
今更
スマホが無い生活には戻れませんし
自動車がない物流も考えられません
ましてや
キリスト教の新約聖書については
3分の1または約半分が
パウロによって書かれていると
言われます
「三位一体」を
「父と子と精霊」と定着させたのも
パウロだと聞いたことがありますし
今のキリスト教は
結構多くの主要な教義が
パウロが作ったイメージです
でも
パウロはイエスの死後に改宗したので
イエスに会っていないし
直接話をした訳ではないんですよね
「福音派」の人と
ちゃんと話したことが無いので
誤解があるかも知れませんが
最近
本を読む時間がめっきり減ったので
何か聞く機会があると良いと思います
亡くなったカークさんは
生前の映像で意見が違う人に対して
「どうしてそう思うんだ。
僕は君たちを差別したり非難したいんじゃない。
意見を交わしたいんだ。」
と語っている姿があり
私は英語ができないんですが
話が聞けたら面白かろうと感じました
「宗教」にしろ「思想」にしろ
意見が違う人を攻撃するのは
誤りであると思います
カーク氏を殺害した犯人もそうですが
反対意見を弾圧するトランプ氏も同様です
「宗教」は
特に「唯一神」の宗教は
エリア拡大を図る傾向があり
他宗教の神を「悪魔」として来た歴史もあります
自分の価値観を押し付け
支配しようとする人たちが居ます
勿論
旅行などで他の人の住む地域へ行く際は
その地域に迷惑をかけない範囲に
自粛する必要があり
地域の人は多少のことは許す
やさしさが必要だと思います
ただ
石碑に落書きをするとか
奈良の鹿を蹴り飛ばすとか
宗教や国籍を問わず
人として終わりですね
前者は器物破損
後者は動物愛護法違反で
ちゃんと捕まえて罰金なり取れば良いのに
残念ながら
世の中には「宗教」を理由・根拠に
相手を攻撃する人が居ます
当初に書いた
私が思う
本来の宗教の目的を考えると
「目的」と「手段」が
入れ替わっていると思います
いい加減
「宗教」に振り回される人が
減ったら良いと思います