日曜の早朝。まだ少しひんやりとした空気の中、いつものように軽くジョギングで汗を流していた時のことだ。
すれ違いざまに、年配の女性から「社長、おはようございます」と声をかけられた。
あ!見覚えのあるお顔だ。
丸信でかつて働いてくださっていた、OGの大先輩のTさんである。
ご挨拶をすると、彼女はとても嬉しそうな笑顔でこう仰った。
「今度の演劇、とっても楽しみにしてますからね」
その言葉を聞いて、私は朝から温かい気持ちになった。今回は、彼女が楽しみにしているこの「演劇」という独自の取り組みと、そこから私が深く学んだ「伝統報恩」というテーマについてブログに書き留めておきたい。
丸信の歴史を「追体験する」新入社員の演劇研修
4年前から、新入社員研修の一環として「演劇」を取り入れている。
入社して間もない新入社員たちが、丸信の過去の歴史やターニングポイントとなった出来事を取材し、演出、大道具の準備、そしてもちろん演技に至るまでを自分たちで創り上げ、一つの劇として舞台で上演するというものだ。
広報のMさんが、かつて劇団を主宰しておられたのに目をつけて演技指導をお願いできたのが大きい。
この研修の狙いは、単に会社の歴史を知識として「知る」ことではない。先人たちがどのような壁にぶつかり、どのような想いでそれを乗り越えてきたのかを、自らの身体と感情を使って「追体験(生きる)」してもらうことにある。また、一つの舞台を全員で創り上げるという強烈な共同作業を通じて、同期の絆や一致団結する力を養うという大きな目的もある。
毎年行われる発表会には、幹部社員や新入社員の上司はもちろん、先ほどお会いしたようなOB・OGの皆さんを多数ご招待している。丸信の歴史をリアルタイムで生きてきた先輩方に、後輩たちの熱演を観ていただくのだ。さらに今年は、新入社員のご父兄の皆様にも初めてご参加いただいた。
演劇後の新入社員やOB・OGの先輩方との宴席も楽しみの一つだ。
正直なところ、配属されたばかりの新入社員たちに「演劇をやります」と伝えると、最初はほぼ全員が戸惑い、抵抗感を示す。「なぜ印刷会社に入って演劇なんか…」と思うのも無理はない。しかし、いざ2ヶ月半の稽古を経て本番を終えると、彼らの表情は一変する。苦労を共にした同期と抱き合い、全員が感動に包まれる。それほどまでに、本気で歴史や演劇と向き合う経験は彼らの心を揺さぶる。
今年のテーマは、丸信の礎を築いたレジェンド
そして今年の演劇のテーマは、今年惜しまれつつこの世を去られた、小林元取締役の物語だった。
小林元取締役(小林顧問)は、現在の当社の主力事業である「シール印刷事業」において、特に営業面で多大なる貢献をされた、まさに丸信のレジェンドとも呼ぶべき存在だ。
実は昨年までの演劇発表会には、小林顧問ご本人も元気な姿でご参加くださり、新入社員たちの劇を笑顔で見守ってくれていた。それだけに、今年の劇には特別な想いがこもっていた。会場の最前列には、小林顧問の奥様とお嬢様にもご同席いただいた。
舞台は、昭和53年(1978年)頃の丸信へと遡る。
当時の丸信は、祖父の代からの木箱製造から転換し、食品向けの包装資材の卸売事業へと進出していた。しかし、卸売という性質上、自社の商品で独自の差別化を図ることが非常に難しかった。加えて、近隣には強力な営業力を持つ競合他社がひしめき合っており、厳しい価格競争にさらされていた。
そんな中、私の父であり先代社長は大きな悩みを抱えていた。父は決して口が達者な営業マンタイプではなかった。「営業力で勝負するのではなく、やはり『独自のモノづくり』で他社と差別化を図りたい」。そう強く願っていたのだ。
素人集団の無謀な挑戦
そんなある日、懇意にしていただいていたお客様から、運命を変える一つの「ヒント」を頂いた。
「これからのスーパーマーケットは、昔ながらの対面販売から、お客様が自分で商品を選んでレジに並ぶ『セルフサービス方式』に変わっていく。そうなれば、店員に代わって商品の特長や魅力を無言でアピールしてくれる『シール』が絶対に必要になる時代が来るよ」
この言葉に、先代は光明を見出した。「これからはシール印刷の時代だ」。
しかし、当時の丸信には印刷の技術も機械も、ノウハウを持つ職人も一切いなかった。まさに「全くの素人」からの無謀とも言えるスタートだった。
劇中では、この黎明期の凄まじい苦闘が鮮やかに描かれた。
素人が手探りで始めた印刷である。最初は「品質も悪い、価格も高い、納期も遅い」の三重苦だった。お客様から厳しいお叱りを受け、返品の山を築いたことも一度や二度ではなかったという。
しかし、小林顧問をはじめとする当時の社員たちは決して諦めなかった。営業(小林顧問)と製造(現場)が時に激しくぶつかり合いながらも、「製販一体」となって必死に品質改善に取り組んだ。一つひとつのお客様の要望に泥臭く食らいつき、少しずつ、本当に少しずつ信頼を獲得し、お客様を増やしていった。
彼らはただがむしゃらに働くだけでなく、知恵も絞った。
「時間当たりの加工賃」に着目して生産性の向上を図り、大手の仕入先メーカーに教えを乞うて全社的な改善活動に取り組んだようだ。さらには、単にシールを印刷するだけでなく、専属のデザイナーを雇い入れ「デザイン力で商品の価値を上げる」という、現在の丸信の強みである付加価値提案の原型を作り上げた。
素人集団の血の滲むような努力と工夫の連続。それが徐々に軌道に乗り、今の丸信の盤石な屋台骨へと成長していくプロセスが、新入社員たちの熱気あふれる演技によってステージ上に蘇ったのだ。
寡黙なレジェンドの内に秘めた「丸信愛」
劇が終わり、会場が割れんばかりの拍手に包まれた後、小林顧問の奥様がマイクを握られ、静かにご挨拶をされた。
「主人は、自宅では本当に寡黙な人で、仕事の苦労話や会社のことなどを家で多くを語ることはほとんどありませんでした。ですから、今日皆さんの劇を拝見して、『ああ、主人は会社でこんなにも熱い想いで、こんなにも大変な苦労をして働いていたんだな』と初めて知ることができました。ただ一つ言えるのは、言葉にはしなくとも、主人の『丸信愛』は本当に凄いものがあったということです。今日、こうして主人の生きた証を若い方々が演じてくださったこと、本当に感謝申し上げます」
奥様の温かく、そして少し震えるそのお言葉を聞きながら、私はうかつにも涙が溢れて止まらなくなってしまった。
今の丸信の恵まれた環境、例えば最新鋭の印刷機、快適なオフィス、充実したシステム、そして多くのお客様からの厚い信頼。これらは決して、今の私たちが自分たちの実力だけで手に入れたものではない。
品質が悪くても見捨てずに育ててくださったお客様がいて、夜を徹して機械と格闘したオペレーターがいて、そして小林顧問のように、靴底をすり減らして丸信のシールを売り歩いてくれた営業マンがいた。彼らの流した汗と涙、そして強烈な「丸信愛」の上に、私たちの今があるのだと、劇を通じて痛烈に突きつけられたからだ。
「伝統報恩」という企業の永続条件
丸信が大切にしている「道経一体」の教えの源流であるモラロジー(道徳科学)や、古くからの仏教の教えにおいて、非常に重要な概念として「伝統報恩(でんとうほうおん)」という言葉がある。
これは、私たちが今享受している平和や繁栄、あるいは会社の存続といったものは、決して自分一人の力によるものではなく、親や祖先、そして数え切れない先人たちが長年にわたって積み重ねてきた「恩恵(徳の遺産)」によるものであると深く自覚し、その恩に感謝して報いる生き方をせよ、という教えだ。
仏教でも「報恩感謝」という言葉があるように、受けた恩を知り(知恩)、恩を感じ(感恩)、そして恩に報いる(報恩)ことこそが、人間としての正しい道であると説かれている。
翻って、現在の自分はどうだろうか。
40歳で社長を引き継ぎ、ありがたいことに連続増収の記録を伸ばし続けている。いくつかの賞を頂くなど少しばかり世間の評価をいただき、まるで自分が優秀な経営者であるかのように錯覚してしまう瞬間がないとは言えない。
しかし、冷静に歴史を振り返れば、私がやってきたことなど、先人たちが命懸けで築き上げた強固な土台の上で、少しだけ時代や時流に合わせて事業のマイナーチェンジを行ったに過ぎないのだ。
来期、丸信は記念すべき第60期を迎える。
しかし、私は創業からの最初の30期、すなわち先代や小林顧問たちが泥まみれになって戦い抜いた「最も過酷で大変だった時代」を、肌感覚としては知らない世代である。
企業の永続を決めるのは、最新のビジネスモデルでも、画期的なITシステムでもない。
今を生きる経営者や社員が、自分たちの足元にある「伝統」の重みを知り、目に見えない先人たちの労苦に対して心からの「感謝」を持ち、その恩に報いようとする「報恩」の精神を持てるかどうか。それに尽きるのではないだろうか。
恩に報いるための最良の方法は、先人たちが残してくれた資産を食いつぶすことではなく、それに自分たちの世代の新たな価値を上乗せし、次の世代へとより良い形で引き継いでいく「恩送り」をすることだ。
日曜の朝、ジョギング中にOGの先輩にかけていただいた温かい言葉。そして、新入社員たちが演じきった丸信の歴史。それらはすべて、私に「決して驕るな」「先人の恩を忘れるな」という強烈なメッセージとして響いた。
まだまだ丸信は進化しなければならない。
小林顧問をはじめとする先人たちが、お浄土から「今の丸信が一番輝いているな。俺たちの苦労は無駄じゃなかったな」と笑顔で頷いてくれるような会社を創り上げること。それが、今を預かる経営者としての私の「報恩」である。
朝のオフィスにて