昨日は家内の48回目の誕生日。
仏壇横の遺影の前に生前大好きだったパンと蜂蜜、コーヒーをお供えした。
家内といえば、思い出すのはなんといっても手料理。
出会った頃から手早さや腕前は抜群だった。
まさに胃袋を盗られて結婚したのだと思う。
短時間でかなりのレベルの料理が手際よくテーブルに並んだものだ。
しかも最初の3年くらいで私の好みを完璧に把握してくれた。
だから毎日がご馳走になる。苦手なもの嫌いなものは基本でない。
こうなると、どこで食事するより、家で食べる方がよいとなる。
私が会社を出る際に「帰るコール」をすると、お風呂を沸かし、料理をスタートする。
家に着くと、風呂に入りさっぱりして、晩酌と共に家内の手料理がでてくる。
毎日必ず3つはでた。どれも美味しい。つい飲み過ぎる。
結婚から3年で7、8キロ。5年目には10キロ肥った。
典型的な幸せ肥り。
私の見た目は別として、とても幸せだった。
私の実家は食に関しては驚くほど質素で、子供の頃から食事といえばむしろ苦痛であった。
ご飯と味噌汁と秋刀魚一匹。
ドカベンの山田太郎君の家の食事並みの質素さ。
苦手なものが出ても残すことは許されない。
食事を楽しいと思った記憶がない。
だから、苦痛。子供の頃は極端に痩せていた。
そんな私が家内と出会い、食事の楽しさを教えてもらった。
ちょっとした料理だけじゃない。鍋だけでも沢山のバリエーションがあった。
カレーも市販のルーを使わなくても専門店のような旨さ。
パエリア、チーズホンデュ、手巻き寿司等々飽きることがない。
和洋中伊、なんでも美味かった。
なかでも私が特に好きだったのが、家内の地元熊本の郷土料理
「太平燕」(たいぴーえん)
これが絶妙な旨さ。エビやウズラの卵、キクラゲ、豚肉などが入ったスープに
春雨を入れて食べる。家内が熊本の病院に入院した際に熊本の食堂で食べたが、
家内の太平燕が断然上。
しかし、もうどの料理も食べられない。
そして誰かと比べてはいけない。
家内は特別だったのだ。
合掌。