大学一年の歓迎コンパ。自然とできたグループは地方出身者が多かったが、彼は杉並区の出身だった。
勉強はあまり好きじゃないみたい。行きたかった情報学科は落ちたので仕方なく物理学科に入学したと。受験勉強もしてない。なのに現役入学。ホントかよ。こちとら一浪で補欠合格だぞ>_<
家賃月1万円の共同風呂、共同トイレのオンボロアパートに住んでるくせに、80万でMacを買ってた。
授業には出てるがノートはとらない。 よく居眠りもしてる。当時の物理学科の留年率は4割。ところが試験シーズンになっても、あんまり慌ててない。というより、出遅れてる。過去問も集めてない。みんなが図書館で過去問の答え合わせをしてても加わらず、今さら教科書読んでる。
一人脱落だな
誰もがそう思った。しかし、留年者が多数出るなか、彼はきっちり進級してた。もちろん好成績ではない。しかし過去問無しであの試験をクリアできるのか?
なんで?
「教科書読んで基本抑えたら、後はその応用でなんとかなるよ」
えっ!なにそれ? 衝撃。
コイツには絶対勝てない
そう思った。理系からドロップアウトした理由の一つは彼の存在かもしれない。要領の良い私の方が成績は上。上位10名に与えられる大学院へ無試験進学の権利も私は得た。しかし、認めたくないが、明らかに頭の出来が違う。4年生になり研究室で師事した東大名誉教授だった芳田圭先生は別格としても、同世代で今まで身近に会ったどんな高学歴の人にも感じたことがない。
悔しいけど次元が違う。
私は保険会社に就職。勉強嫌いの太郎ちゃんは筆記試験のない地方の国立大学院を探して入学。念願の情報系。
そして2年後。
彼はなんと首席で卒業。卒業論文は全国の大学教授や助教授を押しのけ学会で賞を獲ったと。人生で一番勉強したらしい。
そして当時は理系就職人気No.1のSONYに入社。
やっぱり、太郎ちゃんは天才だ。
しかも、ナマケモノから脱却したらもう手がつけられない。どんな凄い人生を歩んで行くんだろう?
そう思った。
しかし、
わずか一年後、休職したと聞かされる。
メンタルの不調らしい。確かにコミュニケーションはあまり得意でなかった。
そのまま、復帰できず、退職を余儀なくされる。
それから、メンタルだけでなく、身体中に堪えられない原因不明の痛みが走る難病を併発。
久留米での私の披露宴にはとても来れないからと、ペアのコーヒーカップを贈ってくれた。
それからは年賀状と電話だけの関係。
東京に出張した際、自宅を訪ねたいと言うと
とても平木に見せられる状態ではないと。
いつも「体調良くなったら飲もう」で電話を切る。
「いつか俺も結婚したいから、披露宴には来てスピーチしてくれよ」「必ず行く」
そんな関係を20年以上。
先日およそ半年ぶりに太郎ちゃんから電話、
と思った、、
「違うんです。私は太郎の父です」
声が似てる。
そして、すべてを知った。
急性心筋梗塞。
半年前に亡くなったと。
遺品を整理してたら、私からの毎年の年賀状を大事に保管してあるのを見つけた。
誰にも知らせず、家族だけで葬儀は済ませたが、私にだけは知らせるべきと判断したと。
「ただ太郎を偲んでもらえば十分です」
お父さんと暫く泣きながら話す。
「仕事中心だったので太郎のことよく知らないんです」
「お父さん、確か東大出られて、製鉄会社の役員でしたよね、太郎君、自慢してましたよ」
「そうなんですか? 太郎が?」
等々。
受話器を置いた。
辛かったね、寂しかったね。近くにいてあげれなくてゴメンね。なんにもしてあげれなくてゴメンなさい。
太郎ちゃん
家永太郎という天才と友達だったことを誇りに思う。
そして絶対忘れない。