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PACK RATのブログ

こちらは退職したあるシニアのブログサイトです。はるか昔の想い出話と無責任なひとり言を書き綴っています。

今日のクレア

 

日中はあいかわらず暑いが、朝はめっきり涼しくなった今日この頃、散歩もずいぶん楽になりました。その結果、毎朝これまでより少し長めの散歩に出かけています。

 

  

(左)花壇の前のクレア

(右)公園のベンチでお座りのクレア

 

 

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世界のノートルダム聖堂

 

ノートルダム(Notre-Dame, Our Lady)という名を冠した聖母マリアを拝する大聖堂、バシリカ聖堂、および教会は、フランス国内はもちろんのこと、世界各地のフランス語圏の都市に多く存在する。

 

最も有名なノートルダム大聖堂はパリにあるCathedrale Notre-Dame de Paris(1225)であるが、フランス国内には他にも、シャルトル(1220)、ランス(1475)、アミアン(1288)、ルーアン(1544)、ストラスブール(1439)、ドン<アヴィニョン>、およびル・ビュイに各ノートルダム大聖堂がある。

 

加えて、ベルギーにはアントワープ、トゥルネーおよびブルージュに、またルクセンブルクとカナダのケベックにもノートルダム大聖堂がある。

 

さらに司教座に準ずるバシリカ聖堂としては、フランスのリヨン、レピーヌ、ルルド、マルセイユ、およびカナダのモントリオールの各ノートルダム・バシリカ聖堂が有名である。

 

一般の教会や、かつてフランス領であった国も考慮すれば、ノートルダムの名がつく教会堂はさらに多いだろう。

 

ここでは、上記のうち、マルセイユ、リヨン、およびモントリオールのノートルダム・バシリカ聖堂に立ち寄った際の記憶を辿ってみることにした。

 

 

1.ノートルダム・ド・ラ・ギャルド・バシリカ聖堂(マルセイユ)

 

先日フランスの人気俳優、ジャン・ポール・ベルモンド氏が88歳でお亡くなりになった。この俳優の代表作「勝手にしやがれ」の冒頭、マルセイユでミシェルが自動車泥棒を働らくシーンがある。このとき舞台となる旧港の背景にほんの僅かにこの聖堂が映っていた。

 

マルセイユは歴史的にはたいそう古い港町で、日本の幕末・明治維新の遣欧使節の一行はヨーロッパへの第一歩をこの地に印した。

 

近年では治安の悪い街として知られ、「マルセイユの罠」といったクレジットカード狙いの犯罪が旅行者を震撼させていた。また、2017年10月にはマルセイユ・サン・シャルル駅の有名な大階段でISによるテロが発生した。

 

  

マルセイユのサン・シャルル駅前の有名な大階段。2017年10月1日、ここで起こったISによるテロ直後に周辺を警戒する現地ポリス(当時の報道写真より)。

 

  

2015年6月2日のマルセイユ・サン・シャルル駅前の大階段。

 

この大階段の上から眺めたノートルダム・ド・ラ・ギャルド・バシリカ聖堂

 

駅の南西、石灰岩からなる標高154 mの小高い丘の上に立つこのバシリカ聖堂はマルセイユの町の至るところから眺めることができる。

 

旧港(Vieux Port)から眺めたノートルダム・ド・ラ・ギャルド・バシリカ聖堂

 

  

(左)バシリカ聖堂前の駐車場からの眺め

(右)鐘楼の上に建つ幼な子イエスを抱いた黄金のマリア像

 

このバシリカ聖堂は19世紀の中ごろローマ・ビザンチン様式で現在の姿に建て替えられた。

 

 

  

基材には赤と白の2種類の大理石が交互に使用され、壁面には金箔が施され、聖母を拝するモザイク画が描かれている。全体に異国情緒あふれる空間が醸し出されている。

 

このバシリカ聖堂前のテラスからの旧港方面の眺めも素晴らしい。

 

中央の小島はアレクサンドル・デュマの小説「モンテ・クリスト伯」、あるいは「巌窟王」の舞台となったイフ島

 

旧港入口方面の眺め

 

中央付近にサント・マリー・マジョール大聖堂が見える。

 

 

2.ノートルダム・ド・フルヴィエール・バシリカ聖堂(リヨン)

 

フランスの南東部、ローヌ川とソーヌ川が合流する地点付近に位置するリヨンは古くから絹織物の産地として知られている。またグルメの街としても人気があり、最近お亡くなりになったが、ポール・ボキューズの名店があることでも名高い。

 

このリオンのフルヴィエールの丘に建つのがノートルダム・ド・フルヴィエール・バシリカ聖堂である。フルヴィエールの丘へはケーブルカーでアクセスできる。

 

  

(左)サン•ジャン広場から見たノートルダム・ド・フルヴィエール・バシリカ聖堂

(右)ソーヌ川遊覧船から見たノートルダム・ド・フルヴィエール・バシリカ聖堂。手前はサン・ジャン大聖堂。

いずれの写真でも見にくいが左端の聖母礼拝堂の塔頂には黄金のマリア像が飾られている。

 

 

中央にそびえる、フライング・ドラゴンを退治する大天使ミカエルの像

 

ノートルダム・ド・フルヴィエール・バシリカ聖堂もロマネスク・ビザンチン様式で設計され、19世紀終盤に完成した。基材としては白や青の大理石、ピンクの花崗岩

などが用いられ、壁面にはさまざまな歴史上の出来事を描いたモザイク画が飾られている。

 

主祭壇には幼な子イエスを抱く聖母マリアの彫像が設置され、天井のモザイク画にも同様な聖母が描かれている。

 

  

(左)オルレアンを解放するジャンヌ・ダルクのモザイク画

(右)エフェソス公会議のモザイク画

 

このバシリカ聖堂前のテラスから東に広がる市街地方面の眺めも素晴らしい。

 

テラスから南東方向の眺め:右手中央は、ルイ14世の騎馬像が立ち、「星の王子さま」の小説で有名なサン=テグジュペリの像が南西の角にあるベルクール広場。

 

 

3.ノートルダム・ド・モントリオール・バシリカ聖堂(モントリオール)

 

カナダのモントリオール(モンレアル)はパリに次ぐ世界で2番目に大きなフランス語圏の都市である。この街の始まりは17世紀の中ごろであるから、ヨーロッパの都市に比べるとその歴史は著しく浅い。しかし、モントリオールの旧市街には、上記2つのフランスのバシリカ聖堂よりも少し早く、19世紀の初めごろに建てられたネオ・ゴシック様式のノートルダム・ド・バシリカ聖堂がある。

 

このノートルダム・ド・モントリオール・バシリカ聖堂は「世界で最も美しい教会」のひとつと言われ、モントリオール観光のマストになっている。

 

旧市街に建つノートルダム・ド・モントリオール・バシリカ聖堂の夜のファサード

 

ノートルダム・ド・モントリオール・バシリカ聖堂の身廊から内陣を眺める

 

ライトブルーの照明を背景に、黄金色に輝く豪華な祭壇が浮かび上がっている。中央にキリストの磔刑像が置かれ、その左右に聖母マリア、マクダラのマリア、さらに両側に聖ヨハネをはじめとする聖人たちが配置されている。ステンドグラスから差し込む光がブルーの明暗にグラデーションを与え、聖堂内に幻想的な空間を作り出している。

 

ノートルダム・ド・モントリオール・バシリカ聖堂の内陣

 

ノートルダム・ド・モントリオール・バシリカ聖堂の祭壇

 

ノートルダム・ド・モントリオール・バシリカ聖堂のパイプオルガン

 

 

 

4.カテドラル(大聖堂)との比較、ならびに結びの言葉

 

以上、マルセイユ、リオン、モントリオールの3都市各々で訪れたノートルダム・ド・バシリカ聖堂についてまとめた。

 

いずれのバシリカ聖堂も成り立ちの歴史は古いが、我々が現在見る姿は19世紀に確立されている。フランスの二つの聖堂は伝統的なゴシック様式ではなく、ともにロマネスク・ビザンチン様式で建てられていることは興味深い。カラフルな大理石が基材として使用され、壁面には美しいフレスコ画が描かれ、重厚荘厳な雰囲気というより、絢爛豪華なイメージを与えている。モントリオールの聖堂は外観はゴシックだが、中に入ると劇場かファンタジーの世界にいるような気分になる。

 

ところで、これら3都市には、教会堂としての階位が一段高く、司教座が置かれた大聖堂(カテドラル)がある。それぞれ、

 

1.サント・マリー・マジョール大聖堂(マルセイユ)

 

2.サン・ジャン大聖堂(リヨン)

 

3.世界の女王マリア大聖堂(モントリオール)

 

である。

 

  

サント・マリー・マジョール大聖堂(マルセイユ)の外観と内観

 

  

サン・ジャン大聖堂(リヨン)の外観と内観

 

  

世界の女王マリア大聖堂(モントリオール)の外観と内観

 

 

いずれの大聖堂も、同じ都市にあるバシリカ聖堂よりもスケールは大きそうに見える。しかし、内観はむしろ素朴であって荘厳な雰囲気に包まれている。

 

私のような一介の日本人ツーリスト、しかも大して信仰心もない仏教徒にとっては絢爛豪華な西洋の建築物と内部装飾には強いインパクトを受ける。しかし考えてみれば、教会堂はキリスト教徒、この場合はカトリック教徒の祈りの場である。ローマ教皇から見ると司教座を置くに相応しい大聖堂の要件があるのだろうが、我々が訪れて強い感銘を受ける教会堂がそれと一致しないのは至極当然のことかも知れない。