PACK RATのブログ

PACK RATのブログ

こちらは退職したあるシニアのブログサイトです。はるか昔の想い出話と無責任なひとり言を書き綴っています。

前2編のブログでは、約半世紀前の思い出をたどる旅をテーマにしました。そんな時、ハードディスクの中の古いイメージファイルをスクロールすることになります。昔はフィルムカメラでしたから、これらのファイルは、当然ネガフィルムをスキャナーでデジタル化したものです。画質は低下していますが、ひとつ一つ見ていくと、それまであまり気にも留めなかった写真が、実はこの半世紀の時の流れの中でささやかな意味を持っていたことに気づくことがあります。しかもありがたいことに、現代はAIの時代。画像の鮮明化や画像解析を依頼すれば、問題の写真を見て沸いた疑問にある程度まで答えてもらえます。

 

時は1981年5月2日(土)、場所はワシントンDCです。

 

1.ホワイトハウス(ラファイエット公園側)前

 

 

この2枚の写真はラファイエット公園側のホワイトハウスを背景に撮った何の変哲もない記念写真です。私と妻が生後10ヶ月の娘を抱いて交互に撮ったものです。気になったのは、私たちの右手、つまり写真の左側に写り込んでいる2名の人たちです。何らかの抗議活動をしているようですが、当時はそのような人たちが大勢いたのでその時も、その後写真を見返してもほとんど気にも留めませんでした。しかし今回、今更ながら、この抗議活動の目的は一体何だったんだろうと興味が湧きました。。

 

そこでAIに画像解析を頼んだところ、プラカードの内容は以下のようなものでした。

 

シカゴ在住の Stanca Negreanu さん(女性の方)が、ブカレストに残された以下の夫や家族の出国・解放を求めてハンガーストライキを行っている。

 Octav Negreanu(夫)

 Raluca Negreanu(娘)

 Mihail Negreanu(息子)

 Oana Negreanu(息子の妻)

 Ana Maria Negreanu(姪)

 Constanța Andrieș(義母)

 

シカゴ在住のG. Moraruさん(となりの男性)は、シゲトゥ・マルマツィエイに残された妻と二人の子供たちのためにハンガーストライキ中。

 Maria Moraru (妻)

 ?? Moraru (娘)

 ?? Moraru (息子)

 

下の方の横断幕には、
 
ルーマニア共産党大統領チャウシェスクはスターリン主義者であり人権を侵害している!
 
結局、写真に写り込んだルーマニア出身の男性と女性本人たちは、何らかの理由、手段で西側に脱出したものの、故郷に取り残された家族たちは国内に軟禁状態となったため、彼らの出国を嘆願する抗議活動だったようです。
 
よく知られている通り、8年後の1989年12月にチャウシェスク政権は崩壊し、大統領夫妻は処刑されます。
 
問題の写真に写り込んだ二人が、政権崩壊前に家族と再会できたのか、あるいは崩壊後まで待たねばならなかったのか、そこまではAIにもわからないようでした。
 
 
2.連邦議会議事堂のロタンダ
 
連邦議会議事堂を背景に1981年5月2日に撮られた写真。ロタンダは議事堂ドーム直下の空間。
 
現在はセキュリティが厳しく、内部にはガイド付きツアーに参加しないと入れないと思います。しかし、1981年当時は個人の内部見学は自由でストローラーも使用可でした。AIによれば、写真左は国立彫像ホール、右はロタンダの天井に描かれたフレスコ画「ワシントンの神格化」というのだそうです。なお、上掲の3枚の写真はいずれもAIによって画質が改善されています。
 
この写真を久しぶりに見て、「こんなところにも行ったなあ!、あっ、そうだ、ここはダン・ブラウンが2010年に出版した小説「ロスト・シンボル」のなかの冒頭の舞台だ!」と思いました。ラングドン教授がこのロタンダ直下のフロア上に切断された右手を発見します。ここからストーリーがジェットコースターのように展開していくのです。当時は、約30年後にこんな神聖なところに切断された右手が置かれることになるなんて、想像だにしませんでした
 
 
 
DANBROWNDANBROWNDANBROWNDANBROWNDANBROWNDANBROWNDANBROWN
 
アペンディックス/おまけ:プラハのペトシーン塔とフニクラ
 
 
ダン・ブラウンつながりで、昨年2025年9月に発行された最新作「シークレット・オブ・シークレッツ」。舞台は百塔の都、プラハ。ラングドン教授のたった一昼夜の大冒険が上下2巻に記されています。プラハのよく知られた多くの観光名所が小説の舞台として登場しますが、上巻の47節から57節あたりではペトシーン・タワーが舞台になります。
 
中央のラセン階段を駆け降りたラングドンは、下で待ち受けるパヴェル警部補の銃火から逃れるために、途中から手すりを乗り越えて下方のチケット売り場の屋根に飛び移ります。さらに屋根を這いずって雨どいまで移動し、そこから地面に飛び降ります。(この画像はチェコのペトシーン展望台のウェッブサイトのものです。)
 
「ペトシーン塔に来い。」という謎のメッセージを受け取ったラングドンは、エレベーターで塔の展望台まで上がります。しかしここで、チェコの国家情報機関のパヴェル警部補が現れ、ラングドンを追跡します。ラングドンは階段を駆け下り、建物の屋根を経て地面に着地し、さらに鏡の迷路に逃げ込みます。パヴェルは執拗に追いかけますが、ラングドンは鏡の迷路のカオスの中でその追跡を振り切り、山頂駅からフニクラに乗って、何とかピンチを切り抜けます。上図はラングドン教授の逃走ルートです。
 
我々は、2004年8月22日(日)、フニクラの中間駅Nebozízek(ネボジーゼク)のすぐそばのレストランのテラスでプラハの街並みを眺めていました(地図中、右下のNebozizek Restaurant and Hotelの前)。
 
さらに、6年後の2010年9月1日(水)、ペトシーン塔にエレベーターで上がり、プラハの街並みの美しさを堪能しながら、ラングドン同様、階段で降りました。この時、階段を飛び越えて案内所の屋根に飛び移り、地面に飛び降りるような荒っぽいことはしませんでした。そして、鏡の迷路でひと暴れすることもなく、しかしラングドン同様、フニクラで平穏に下山しました。
 
2010年の我々が歩いたルートを、15年後、ラングドン教授がパヴェル警部補に追いかけられながらも脱兎のごとく駆け抜けることになるとは、その時は夢にも思いませんでした😆
 
このペトシーン塔展望台からは、ラングドンのように階段を転がり落ちるように駆け降りるのではなく、プラハ城やブルダバ川にかかるカレル橋、さらに対岸の旧市街の街並みの美しさを堪能しながらゆっくりゆっくり降りるのが大正解ですよ😍👍😀🤩☺️
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脚注:ペトシーンフニクラは3駅で、山頂駅がPetřín(ペトシーン)、中間駅がNebozízek(ネボジーゼク)、山麓駅がÚjezd(ウーイェスト)です。
本の感想:「ロスト・シンボル」の冒頭に出てくる切断された右腕はフリーメイソンの最高位ピーター・ソロモンのもので、その妹のキャサリン・ソロモンは「シークレット・オブ・シクレッツ」にも準主役で登場します。彼女の「命には質量がある」や「意識は脳外にある」といった学説はあり得ないのですが、あり得るかもしれないと思わせるダン・ブラウンの文章力とバイオサイエンス(最新刊では人工神経の培養)や考古学などに関する博学多才ぶりには関心させられます。また越前敏弥氏の邦訳も素晴らしいです。