コロナ禍の旅行規制も緩和された2023年6月、6年ぶりにコネチカット州の州都ハートフォードを訪れました。この時は妻も同行しました。妻にとっては32年ぶりの再訪でした。
宿泊したホテルの窓からは、ブッシュネル公園の小高い丘にたつコネチカット州議事堂が正面に見えます。ホテルを午前9時ごろ出発し、アシラムストリートを東に向かって街歩きを始めました。
ダウンタウン方面に10分ほど歩いたところで妻が言うには、「ずいぶん人通りが減ったわね、昔はこの辺は人でごった返していたのにね〜」。この辺というのは、チャーチストリートとアシラムストリートがメインストリートと交差するあたりです。確かに、ハートフォードはもともと全米有数の保険業の中心地と言われ、我々がいた1980年初頭は、ダウンタウンにはオフィスワーカーや買い物客が集まっていた時代です。
しかし、1993年にメインストリート960にあった大型デパートG.Foxが閉店し、オフィスの郊外移転、都心居住人口の減少などが重なって、次第に閑散とした街に変貌してしまったのでしょう。
しかし、それでも私たちにとっては今もなお懐かしい思い出が残る街なのです。ここではその時撮った写真をいくらか紹介させていただきます。
プラットストリートからメインストリートに出たところからの左右の眺め、左に昔G.Foxがあった白いビル(左の写真)、右にSage-Allenがあった茶色の建物が見えます(右の写真)。現在、前者は専門学校の校舎、後者はアパートとして使われているようです。
旧G.Foxの入口を少し入ると、アールデコ風の内観が往時を忍ばせます(左の写真)。旧Sage-Allen前の通りにはSage-Allen Clockが復元されています(右の写真)。いずれも懐かしい光景です。
2ブロックほど南へ歩くと、旧州議事堂があります。右の写真は議事堂広場に建つThomas Hookerの像。この方はハートフォードの創設者と言われ、「統治者の権力は民意に基づくべきである」という思想はのちの合衆国憲法に大きな影響を与えたとされています。このことが、コネチカット州が「The Constitution State」と呼ばれる所以だそうです。
ここからリバーフロントへ向かいます。その途中、陸橋からの西方向の眺めです。本当に人通りが少ないです。
リバーフロントに建つこの像は2006年に設置されたようで、昔はありませんでした。タイトルは「Lincoln Meets Stowe」。1862年、ワシントンDCで、エイブラハム・リンカーンがハートフォードの住人で、「アンクル・トムの小屋」の著者として知られるハリエット・ビーチャー・ストウ夫人と面会した時の様子を表現しているようです。その時リンカーンは、「あなたのような小柄なご婦人がこのような大きな戦争を招いたのですね」と述べたといいます。
ここからメインストリートに戻ってさらに南に歩きます。1970年代の建造物、ワン・フィナンシャル・プラザ、通称ゴールド・ビルディングの金色のガラス壁面に旧州議事堂のキューポラが美しく映り込んでいます。
UCONNの分校があるあたりでランチタイムとしました。私はポー・ボーイ・シュリンプとスープのコンボ、妻はバハ・フィッシュ・タコ、締めて$26.99。感想は敢えて控えます😆
午後からは、コネチカット歴史博物館に向かいます。この施設はキャピトルアベニューにあります。ごく近くにブッシュネルセンターがあり、ここは演劇やコンサートの会場となっています。この日は、「To Kill a Mockingbird」の上演があるようでした。日本では、映画「アラバマ物語」として知られ、グレゴリー・ペックの好演で有名です。かなり心が揺れたのですが、妻が絶対寝てしまうというので観劇を諦めました。右の写真2枚は当時のプロモーション画像を借用したものです。
コネチカット歴史博物館には、コネチカット州の政治、軍事、産業に関わる歴史的な品目が展示されています。ひときわ目を引くのは、銃器類の展示でした。というのも、コルトSAAの開発者サミュエル・コルトがハートフォード出身で、コネチカット州に工場を建てたり、ウィンチェスターライフルで知られるオリバー・ウィンチェスターがニューヘイブンに会社を設立したりと、拳銃や小銃の歴史にコネチカットが深く関わっていることを示していました。
キャピトルアベニューを挟んで歴史博物館の向い側に州議事堂が建っています。私はこの時初めて、コネチカット州議事堂の実務的な正面入り口はこちら側であることを知りました。いつも見慣れたブッシュネル公園側は象徴的な正面だったのです。この議事堂の横を通り抜けてブッシュネル公園に戻りました。
私にとっては見慣れたコーニングの泉です。ここで説明文を読んで新たな発見がありました。噴水の上に乗っかっているのはHart(ハート、雄鹿)で、Hartford(ハートフォード、鹿が渡る浅瀬)を象徴しているそうです。また周りの彫像は、この周辺の先住民族Saukiogを表現しているとのことです。
もう一つ、私はこのモニュメントはコーニング・グラス・ワークス社の寄贈によるものと思い込んでいました。しかし説明文によれば、ハートフォードの実業家JB.コーニングの業績を讃えて、その息子が19世紀末に寄贈したものであることがわかりました。
コーニングの泉とその向こうに金色のドームをいただくブッシュネル公園の風景は40年以上前とちっとも変わっていませんでした。ダウンタウンの静寂は街の衰退を意味するものではないこともわかりました。妻ともうすぐ1歳になる娘の3人で、このブッシュネル公園の芝生の上に寝っ転がった昼下がりの幸せなひと時を懐かしく思い出しました。



















