以下は、米国統一教会員に送られたメールです。
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前回のメールで、今起きている事の根本的原因には、メシアの神格化と崇拝という、原理に根本的に反する信仰があった事を取り上げました。では、本来、私たちはどのような信仰を持つべきだったのでしょうか?
ハワード・セルフ氏の2022年の手紙を再度送付いたしますが、その手紙の中でも、最初の部分は、メシアを神格化する信仰を教えた、統一教会のリーダー達の問題について語っています。
その後、「これと同様に統一教会の指導者たちは、祝福について理解する上で多くの食口を混乱させました」という文章から始まる部分に、私たちはどのような信仰を持つべきだったのかが短く書かれています。その部分だけを下記に掲載し、全文は添付文と致します。
前回のメールで、統一教会では、文鮮明師が批判した、既成キリスト教会の信仰に似た信仰が教えられた事を書きました。それは「メシアを信じて祝福を受ける」事が信仰の目的地であるかのような教育でした。二世に対しても、純潔を守って祝福を受ければゴールに到達したかのように考えられました。ここには、根本的な間違いがありました。なぜなら、祝福とは堕落からゼロ地点に戻って再出発する事であり、再出発の後で人間の責任分担を理解し成就する事の大切さが見失われたからです。
では、人間の責任分担とは何か、という事になります。
「御父母様をメシアと信じ続ける事」でしょうか?「教会のリーダーに従い、教会から離れない事」でしょうか?もしそうなら、それはカトリックの信仰にも似ていて、前回書いた、根本的矛盾に至ります。
では人間の責任分担とは、「取って食べてはならない」という戒めを守り純潔を守る事でしょうか?それは確かに責任分担の中に入りますが、それだけで終わりでしょうか?アダムとエバには、「取って食べてはならない」だけではなく、三大祝福を「せよ」という命令として神様は与えました。三大祝福を成就するのは、責任分担ではないのでしょうか?「取って食べてはならない」と、三大祝福はいかなる関係にあるのでしょうか?創造原理的責任分担とは何でしょうか?
上記のような例は、人間の責任分担に関する混乱の例ですが、さらには忘れられたり、無視されたりした人間の責任分担があります。それは真の家庭と祝福家庭の関係における責任分担と、祝福家庭と世界の人々との関係における責任分担です。そこには、アベル・カインの復帰原理的責任分担があります。そこにもハワード・セルフ氏は触れています。
韓国での統一教会の惨状と韓総裁の状況は、韓国のみならず、日本でも報道されるようになりました。文鮮明師は、教会時代の終焉宣言を通して、統一教会を終わらせようとしました。それをリーダー達は拒みましたが、今は強制的に終焉させられようとしています。そのように天が働いている根本的理由を、それぞれが内省するべき時ではないでしょうか?
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ハワード・セルフ氏の公開書信より
これと同様に統一教会の指導者たちは、祝福について理解する上で多くの食口を混乱させました。
祝福結婚が万民のための入り口だという事実は、真のお父様の御言と、見せてくださった事例を見ればはっきり分かります。世の中のいかなる夫婦も、宗教、国籍、人種を問わず、祝福を通して、拡大された真の家庭の一員となることができます。祝福は終わりではなく始まりです。祝福を通じて夫婦は神を中心として自分の家庭を築き始めます。祝福を通して夫婦は三大祝福を成し、結局は自分自身の真の家庭を創造するという5%の責任を持つようになります。「神中心」になるということは、夫婦が神の摂理に対する個人的な責任と主人意識を持って、神がなさる事に共に参加し、神のすべての子女を復帰するということを意味します。
しかし多くの祝福中心家庭は、祝福が一種の「天国へ行くチケット」だという誤った信仰を持つようになりました。次のような間違った考えです。「私は祝福を受けたのだから、私の子どもたちはすでに祝福子女だ。彼らが純潔を維持し自ら祝福を受ければ、私の仕事は終わる。祝福を受けた後に子供たちが純潔な結婚生活を維持しさえすれば、彼らは望む通りの人生を追い求めることができる。私たちの家族はみんな天国に行くだろう。もう私は年を取ったから、引退して孫たちと楽しい時間を過ごすことができる」。このような考え方は事実上、どの世代であれ「すべての」祝福家庭は主人意識を持って、神と神の摂理のために自分の心情とエネルギーのすべてを、精誠を尽くして捧げなければならないという責任を無視することです。生きておられる神は、ご自身の失われた「すべての」子女たちを救済するために懸命に働かれており、それが成し遂げられるまで決して安息されることがありません。ですから神は復帰歴史を完成するのに祝福中心家庭が神と一緒に参加することを期待しておられます。神にとってこれは、数百万の神の子女たちが祝福の恩恵も受けることができず、日々霊界の来世へと旅立っている、生と死が交差する闘争のようなものです。天のお父様と兄弟姉妹がそのように深刻な苦境に立たされているのに、誠実な祝福家庭であればどうやって安らかに座って休むことができるでしょうか。
歴史は最初のアダム家庭の失敗から始まったので、神が最初から堕落した人類を通じて役事された主な目的は、新しいアダム、すなわち原罪のないアダム的人物を立てることで、その本来の家庭を復帰するための基盤を確保することでした。そのようなメシヤ的人物の主な責任は、神を中心とした家庭と血統、すなわち「真の家庭」を創造し、その特別な家庭と血統を通じてサタンの主権に挑戦し、人類全体を復帰することでした。摂理的観点から見ると、真のお父様が真の家庭を立てられたことが、その方の最も重要な業績でした。したがって、真の家庭は統一運動において最も重要であり、最も核心となる基盤です。それは、とある団体や教会などではありません。神の摂理はいつも万民救済に関することでした。神の摂理は「選ばれた人々」または一つの国家や宗教を救うことではありませんでした。決してたった一つの教会だけを救うことではないのは当然のことです。
実際、真のお父様は教会も宗教も作りたくありませんでした。代わりにお父様は、すべての信仰者たちが「宗教的な枠組み」から抜け出し、神から新たな理解を授けられ、祝福結婚に参加することを促されました。統一運動は常に摂理的・霊的運動であったということが正しい理解でした。統一運動は決して高度に制度化された宗教ではなく、教会ではなおさらありませんでした。真のお父様は、神を中心とした家庭を通じて人類文明の変革の扉を開くために努力されました。制度化された教会は他の教会や信仰との競争を呼び起こすだけで、そのような目標を達成する手段にはなりません。世界基督教統一神霊協会は、40年間の荒野路程により余儀なく必要とされ、本然の使命を迂回したものでした。そのような路程が1994年に成功に終わると、真のお父様は「教会時代」の終焉を宣言し、統一運動の方向を国際平和機構の設立と祝福の普遍化へと転換されました。(世界基督教統一神霊協会も、実は教会ではなく、世界の多くのキリスト教教派を一つに集めることを目的とする「協会」だったことを理解することが重要です)
統一運動の指導者たちは、教会時代を終息させ、平和世界の建設に集中するという真のお父様の指示と一つになっていませんでした。その代わり彼らは、制度化された教会の現状を維持するために尽力しました。なぜでしょうか。教権指導者たちが自己中心的な動機で行動したからであると考えられます。統一運動の指導者たちは、教会指導者として自らの地位から与えられる特権を享受しました。多くの公職者が、真のお父様の指示によって次の段階の神の摂理と一つになろうとするよりも、自分の小さな「領地」を開拓することに、より熱中していたようです。彼らの多くは、メンバーたちが自分に絶対的に従うべきだと主張しながらも、彼ら自身は中心人物と一つにはなっていませんでした。教会指導者たちは、真のお父様が後継者に任命された文顯進博士に大きな不満を持っていました。なぜなら文顯進博士は真のお父様が設定された新しい方向の意味を理解しており、単に制度化された教会を維持するのではなく、広範囲な霊的平和構築の使命を果たすように統一運動を導くために行動したからです。
このような最も特別な家庭、つまり数千年間神の復帰摂理の文字通りの実となる真の家庭から、神は文鮮明牧師の後継者を育てて準備してきたと考えるのが論理的ではないでしょうか。その後まもなく、文総裁が自分の息子の顯進様は自分の後継者であり、第4アダムの立場にあることを上級のリーダーたちに明らかにされた時、この息子と彼の生涯を知っていた人々は驚きませんでした。