名曲喫茶の思い出 | Pacific231のブログ -under construction-

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O, Mensch! Gib Acht! Was spricht die tiefe Mitternacht?

東京での学生時代。最後の1年間だけ中野に住んでいた。
中野駅北口、サンモールの横の路地に名曲喫茶「クラシック」があった。サービスのメインは音楽、というとおり、コーヒー1杯で何時間でも粘れる店だった。

もう何年も前に亡くなられたが、私が通っていた当時は店主の美作七朗さんがお元気だった。
ご高齢にもかかわらずよく店内でお見かけした。
どことなくジョン・バルビローリに似た穏やかな風貌の美作さんは、画家でもあった。店内には美作さんの作品が所狭しと掲げられていた。

中野クラシック

入り口で飲み物を注文し、といってもコーヒーと紅茶とジュースの3種類ぐらいしかなかったが(笑)、リクエストのある客はレジ横の黒板にチョークで書く。そして自分のリクエスト曲がかかるまでゆっくり待つのである。たしか1階が鑑賞席、2階が談話席という具合になっていたと記憶している。私は専ら1階席の客であった。(私のお気に入りの席の近くには、なぜかインドのシヴァ神の彫刻もあった)

あるとき私は、フランクのヴァイオリン・ソナタをリクエストして席に着いた。コーヒーをゆっくり時間をかけて啜りながら、リクエスト曲の順番を待つ。
曲が始まった。するとそれまで何となくざわついていた店内が、次第に静かになっていくのに気づいた。やはりみんな、クラシック音楽が好きでこの店に来ているのだ。
曲が終わると盛大な拍手が響いたが、それはレコードの拍手だった。ライヴ盤だったのである。

フランクvnソナタ/オイストラフ&リヒテル
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
ダヴィド・オイストラフ(vn)/スヴャトスラフ・リヒテル(p)


68年、モスクワ音楽院大ホールでのライヴ録音。凄い演奏だった。それまでフランチェスカッティのモノラル盤を聴いていたが、愛聴盤はこれに取って代わった。
いわゆる「フランス的」な演奏ではないし、この曲にしては構えが大きすぎる気もする。しかしそんなことは問題ではなかった。凄いとしか表現しようがない。名演というより凄演である。

*          *          *

美作さんの音楽観、というか演奏の嗜好にも共感するところがあった。『レコード芸術』誌のインタビュー記事で、「フルトヴェングラーは好きじゃありませんね。ワルターのほうがいい。好きなのはピエール・モントゥーです」と語っていたのを読んだことがある。
氏には失礼だが、今、2ちゃんねる風に言えば「お前は俺か!www」という感じである。

東京を離れて十何年か過ぎたころ、上京した際に再び中野を訪れてみた。店はあったが、美作さんの姿はすでになかった。

いま、中野クラシックは取り壊されて、もう見ることは叶わない。しかし、当時の貴重な調度や作品をそのまま引き継ぐ形で、高円寺ルネッサンスとして復活しているという。それも当時の従業員たちの手で、あの黄色い看板の印象もそのままに……。

高円寺ルネッサンス

もともと高円寺に「ルネッサンス」として開店し、戦災で店を焼かれて中野に引っ越ししたのが「クラシック」であったらしい。いま、ようやく生誕の地に戻っていることになる。
いつか必ず訪ねてみるつもりだ。あのころの思い出と再会するために。