旅に出たいとき④ | りうりー的房間

りうりー的房間

個人的、記録的、日記的、な。

雨に湿った臭いに満ちたビルの中をさまよい、
入口に戻ったとき、
守衛さんはまだそこにいた。
同じく湿った臭いのたばこをくゆらせながら、
気の毒そうに私を見た。


謝謝。

となんとか発すると、
「辛苦了。」
と私の背中に声をかけた。


お疲れさま、とも厄介だったね、とも大変だね、とも相応しい訳がみつからない。


私は長く待たせていたタクシーに戻った。

違ったみたい。
いなかった、と運転手に告げた。
待たせた分の支払いをして、雨の中を歩いた。
近隣に聞き込みをするも空振りで、
私は、霧のように降り続ける雨で全身を濡らしていた。
寒くて震えながら。


無数の橋と運河で縫われた刺繍のような町だった。
いくつもの小さな橋を渡り、
いくつもの手こぎ船を眺め、
野菜を洗った水を運河に捨てる脇をすり抜け、
紹興酒と臭豆腐と汚水の匂いが満ちた路地に迷い、
ひどくがっかりしながらホテルに着いた。


ホテルで名刺に書かれた電話番号にかけるも、
応答はなく、
電話帳で探すも、
会社も彼の名もなかった。


忽然と姿を消した私の恩人たち。
いやそもそもこの紹興の町にいたのかも確認できないのだから、姿を消したというのでもないのかもしれない。


私が彼らから受けた親切自体が夢のような気がしてきた。


魯迅ゆかりの地も訪ねず、
名物料理も口にせず、
翌朝私は紹興の町を離れた。

後日、再び手紙を送った。
あの日訪ねていったこと、会えなかったこと、
口にしていない臭豆腐は美味しかった、と書いた。


返事は来なかった。