たべものの記憶 | りうりー的房間

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個人的、記録的、日記的、な。




人参しりしりと、ジャガイモのソテー。
後ろには熟成を待つバナナ。


キッチンには常にたべものがある。
当たり前だけど。
私の記憶のほとんどが、たべものと共にある。
これも当たり前か。


風月堂のゴーフルをママは私の好物だと勘違いしているけど、そうではない。
子供の頃、頂きもので到来するゴーフルの缶が好きだった。
ママはそれを洗って、卵と牛乳でプリンを作ってくれた。
それはそれは大きな。


味噌汁を私は飲まない。
殿の食事には毎回具に悩みながら作るけれど、
一度も味見もしたことがない。
多分、それは、子供の頃夕食時に何が原因か激昂したパパがテーブルをひっくり返し、
熱々の味噌汁が幼い弟くんの胸にかかり、
火傷を負ったせいだと思う。
多分。
泣き叫ぶ弟くんと、味噌汁の匂い。
大人になった弟くんの胸に、痕は残っていないはずだけど。
ワセリンを塗ってセロハン紙みたいなものをあてていたのを覚えている。


切り干し芋と天津甘栗。
父方の祖父母宅に行くと、冬にはいつも炬燵の上にあった。
今よりずっと固くて真っ白に粉をふいた切り干し芋。
町に唯一のスーパーの入り口に、
屋台風情で大きな釜で焼いていた甘栗。
買い物を終えると祖母は必ず買って帰る。
スーパーは今は駅前駐車場になり、
甘栗をあんな風に売るのは横浜中華街でしか見ない。
祖父母の家の炬燵にはピンク地に白の水玉模様のビニール製の安っぽい上掛けが掛かっていて、
滑り落ちた甘栗の皮とのコントラストが鮮やかだった。


毎日あっちの店、こっちの店とおしゃれなランチを食べ歩く余裕のない大学生だった私の定番メニューは、
大学構内の生協で買う、ヤマザキのアップルパイと練り梅の手巻き寿司。
空き教室で飽きもせずそればかり食べながら、
ラルフローレンのミニボストンバッグを買うか買わないか悩んでいた。
買わなかった。
渋カジも終わるね、なんて言いながら。


いつもいつも、食べることから解放されたいと思いながら、
動物としての私は食べることから逃れられない。
どうせ食べるなら美味しいものを、と言いながら、キッチンに買い置きの切り干し芋なんかつまんで満足してしまう。


いっそ仕事になれば、食べること自体に飽きるのだろうか。

と、殿の帰宅に合わせて火をつけた鍋に味噌を溶く私。