これ、結構悩むなあ
本日のお題:もし一度だけ魔法が使えるとしたらどうする?
50歳をとっくに過ぎたいいおっさんが魔法がどうのこうのと言ったところで全く似合わないことは否定しようがありませんが…
まあたまにはこんな妄想をしてみるのも悪いことではないかと。
で、もし魔法が使えるならしたいことや得たい能力はいろいろありますが…
その中から一つだけを選ぶとなると結構悩みます。
自分が使える魔法がどの程度のパワーのあるものなのかや、魔法を使ったことでどんな影響が出るのかがわからない中で一度きりのチャンスで魔法を使うのはかなり「賭け」の要素が大きい気がします。
何しろ、一度きりしか魔法が使えないのでは自分に備わった魔法の能力の「小手調べ」もできませんから。
そういう中でどんな魔法を使うか…
人の心が読めるようになりたいとか、未来が見えるようになりたいとか、そんなことはあまり思わないので、しいてあげるなら過去のいろいろな年代の自分を今のこの時代に呼び寄せて会話できるようにしたり、自分の理想とする性格や能力、容姿を備えたもう一人の自分のクローンを作り出して日々一緒に生活するとか、ですかね。
あと、自分自身に対して魔法が使えるのであればやはりもう一度目が見えるようにする、ですね。
視覚障害者であるがゆえに感じる不便さやもやもや、目が見えていたらこれができたのにという悔しさを味わうたびにもう一度目が見えるようになれたらと思うことはよくあります。
ただ、視覚障害者になってはや12年ともなるとある意味目が見えていないことに慣れてしまっている自分もいるわけで、再び目が見えるようになることは喜ばしい半面「見える」生活にうまく対応していけるのかという不安もあります。
また視覚障害者になったからこそつながることができた人や知ることのできた知識、変えることのできた意識など、視覚障害者になったことでのプラスの側面も少なくはないので、再び目が見えるようになったことでそれらを手放したり縁が薄くなってしまうのももったいないし…
そういうことを考えると、たった一回魔法を使えるときにしたいことを考えるのって結構な悩みどころだと思うし、だからこそ眠れない時などにそれを考えながら時間をつぶすのもたまにはいいのかもしれませんね。
「ニューレッドアロー」もただでは終わらない?
来年春を目途に新たなライナー列車「トキイロ」に衣替えすることで1993年の運転開始以来30年以上にわたる歴史に幕を下ろす予定の西武新宿線特急「小江戸」。
そしてこの列車の運転開始とともにデビューし、池袋線特急からの撤退後も「小江戸」では引き続き活躍を続けてきた西武10000系「ニューレッドアロー」も「小江戸」のライナー列車化とともに西武線上での活躍に終止符を打つ…と思われていましたが、何と現在残っている10000系のうち1編成がリニューアルの上観光特急として生まれ変わることになりました。
これは昨日(4月21日)に西武鉄道が発表したもので、10000系1編成を新宿線西武新宿ー本川越間などを運転する観光特急として改装し2028年度から運転するというものです。
この観光特急に改造されるのは、現存している10000系の中でも唯一制御装置がVVVF制御となっている最終編成の10112編成で、改造後も7両編成は運用されるようです。
この新たな観光特急の車内は、一般座席に加え、半個室やソファ席も備えた「特別感のある客室空間」とするほか、バーカウンターを新設し、軽食・ドリンクの提供も行うようです。半個室やソファー席のような座席は西武の特急ではもちろん初となりますし、車内での対面での飲食物の販売も(販売形態は少し異なるものの)初代特急車5000系時代の池袋線での車内販売が終了して以来30年あまりぶりの復活ということになります。
この観光特急のデザインを手掛けるのは、アニメ「機動戦士ガンダム」などのメカニックデザインで世界的に知られる大河原 邦男氏が監修するとのこと。同氏の起用理由について西武鉄道は「洗練された機能美の中に『温かみ』や『親しみやすさ』を感じさせる大河原氏のデザインが、連続立体交差事業等によって進化し続ける新宿線の新たなシンボルにふさわしい」と考えたと説明していますが、アニメ界隈ではおそらく超有名な方なのであろう同氏を起用するあたりは、アニメとは何かと深い縁のある西武らしいチョイスともいえるでしょう。
私はガンダムなどロボットアニメの世界には全く詳しくないので、失礼ながら大河原氏が過去にどのようなもののデザインを手掛けてきたのか全く知りませんが、列車が変形してロボットになるというデザインは手掛けた経験があるという大河原氏も、まさか本物の電車のデザインを手掛けることになろうとは想像もしていなかったでしょうね。
この観光特急の運転区間は西武新宿ー本川越間などを予定しているとのこと。西武新宿ー本川越間は現行の特急「小江戸」で約45分の距離で、いくら観光特化型の列車とするにしても半個室やソファー席、バーカウンターはこの程度の乗車時間の列車にはオーバースペックに思えますが、注目したいのは運転区間が西武新宿ー本川越間「など」となっている点です。
つまりこの列車は川越への観光利用にスポットを当てた列車というよりも、時期によって川越方面へも飯能・秩父方面へも運用できる柔軟性を持たせた列車になるということなのではないかと思います。
確かに単純に新宿線全線を走るだけなら現行の「小江戸」同様一般席だけで十分かもしれませんが、西武新宿・本川越・池袋から西武秩父までの間の運転であれば所要時間も1時間20分前後あるので、半個室やバーカウンターなどの設備の存在価値も出てくるでしょうし、001系「Laview(ラビュー)」とは一味違うプレミアム感のある秩父観光への足の選択肢と位置づけることもできるでしょう。
西武鉄道は、この観光特急の車両名称やサービス、ダイヤ等の詳細については決定次第改めて発表するとしています。
果たして「ニューレッドアロー」が大河原氏のデザインによってどのように生まれ変わるのか、そして西武新宿ー本川越間だけでなく飯能・秩父方面への運転も行われることになるのかどうか、地元民としては興味あるところです。
2028年に運転開始したらぜひ乗りに行きたいところですが、やっぱり特急券がプラチナチケット化して購入しずらい、ということになってしまうんでしょうか。
西鉄電車乗り鉄の思い出 「宮地岳線」時代末期の貝塚線編
九州福岡県の大手私鉄西鉄(西日本鉄道)の乗り鉄の思い出、今回でひとまず最終回です。
西鉄の鉄道路線には、本線格である天神大牟田線のほか、同線から分岐する大宰府線・甘木線、そしてこれら3路線とは線路がつながっていない貝塚線という3つの支線があります。
このうち貝塚線は、福岡市東部の貝塚駅と西鉄新宮駅を結ぶ11.0㎞の路線で、ほぼ全線でJR鹿児島本線と並行しています。博多や天神といった福岡市内の中心部には乗り入れていませんが、貝塚駅で福岡市営地下鉄箱崎線に乗り換えたり並行する鹿児島本線に乗り換えることで都心部へアクセスすることができます。
この貝塚線、2007年4月1日までは現在の終点である西鉄新宮駅から9.9㎞先の津屋崎駅まで線路が延び、路線名も「宮地岳線」と称していました。
そして私はこの「宮地岳線」時代の末期である2006年9月に同線に全区間乗車しました。
2006年9月21日、午前中にJR香椎線に乗った後、JR香椎駅の近くで早めの昼食を済ませ、12時少し前にこれもJR香椎駅のすぐそばの宮地岳線西鉄香椎駅へ向かいました。
西鉄香椎駅を含む西鉄千早ー西鉄香椎間はこの年5月に一部経路変更を伴う高架化工事が完成したばかりで、西鉄香椎駅も駅舎・ホームともまだ新しくきれいな状態。この乗り鉄の時点では西鉄新宮ー津屋崎間が廃止されることは知っていましたが、このきれいな駅を見ているとこれが路線の約半分の区間が廃止されようとしている路線の駅なのかと信じられなかったのを思い出します。
高架線上のホームに上がるとやがてやってきた津屋崎行電車は当時宮地岳線で活躍していた313形電車。西鉄313形は1952年に製造された車両で、全面形状はその頃の流行だったいわゆる「湘南顔」でした。当時すでに製造から50年を超える車齢になっていましたが、2000形と同じ黄色地に赤帯の塗装も非常にきれいで冷房改造もされるなどまだまだ現役といった感じでした。
乗車してみると2両編成の車内は座席が6割くらい埋まる程度の乗車率。平日の昼頃でこのくらいの利用があることも、一部区間の廃止が近づいている路線であることを感じさせないものでした。
西鉄香椎駅を発車した電車は住宅地が広がる中を津屋崎駅へ向かいました。宮地岳線(貝塚線)はほぼ全線にわたり博多湾の海岸近くを走っているものの、車窓から海沿いであることを感じる風景というのはあまりなかったように記憶しています。西鉄新宮駅からの廃止予定区間に入っても乗客が極端に減ることはなく、だいたい3割くらいの乗車率をキープしながら終点の津屋崎駅に到着しました。
津屋崎駅は1面2線の島式ホームが構内踏切で駅舎と結ばれているのどかな雰囲気の終着駅でした。幸い当時の宮地岳線も列車の運転間隔は日中でも12~15分間隔と短かったので、駅前を少しぶらついてから折り返し貝塚駅まで向かうことにしました。
津屋崎駅から乗車した貝塚行は、在来の車両を置き換えるために天神大牟田線から転入してきていた600形でした。乗車した電車も乗車率はそれほど悪くなく、こんなところも一部区間の廃止が近づいている路線のイメージとはかけ離れた感じを受けました。
西鉄香椎駅から終点の貝塚駅にかけてはJR鹿児島本線との並走区間となり、鹿児島線を走る813系の快速?や883系の「ソニック」の姿を600形の車窓から眺めることができました。
そして津屋崎駅から40分ほどで終着の貝塚駅に到着。宮地岳線の乗り鉄が終わりました。
先ほども書いたように宮地岳線は私の乗り鉄から半年後の2007年4月1日に西鉄新宮ー津屋崎間が廃止され、路線名も「貝塚線」となって現在に至っています。最近はこれまで貝塚線で活躍してきた600形がこれも天神大牟田線から転入してきた7050形電車に置き換えられつつあり、さらに貝塚駅では福岡市営地下鉄箱崎線と線路をつなぎ相互直通を行う構想も持ち上がっているようで、今後の展開が注目されます。
過去3回ほど乗り鉄した西鉄も2006年以来ずっとご無沙汰している状態です。この20年で車両の更新も結構進んでいるようで、かつて私が載ったころとはいろいろな面で大きく変化しているものと思われます。
九州への鉄道旅自体すっかりご無沙汰になってしまっていますが、西鉄にもいつかチャンスを見つけてまた乗りに行きたいものです。