原子価結合法とLCAO-分子軌道法(7) | 化学の電子状態のブログ

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前回に続き、水素分子の基底状態の電子軌道の波動関数を求めます。今回は、シンプルLCAO-MO法を使います。ハミルトニアンおよび波動方程式は前回のVB法と同じものを使います。しかし波動関数Ψの初期設定は、VB法とは異なります。積分値は、ここでも8PRO積分表を引用します。こうすると、三角関数、指数関数、および対数関数が全く出てきません。


●シンプルLCAO-MO法

LCAO-MO法では、少し難解な手順で解いていきます。

 

(1)原子軌道χ

最初に、電子1または電子2と区別しない、ある電子1個が入る原子軌道χを、各原子上に1個づつおきます。原子A上の原子軌道をχAと記し、原子B上の原子軌道をχBというふうに記していきます。
ここで原子軌道χの中身を見てみます。

個々の原子軌道χは、水素原子の類似の関数123、・・・、123、・・・数個を線型結合または非線型結合で、次のようにおきます。
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同核2原子分子のχAとχBを比べます。

水素分子H2のような同核の場合は、それぞれの原子上の原子軌道χAとχBは当然同じだと考えます。ゆえにχA=χBです。線型結合でおく場合を例とすると次のようになります。
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χAの最もシンプルなケース

さらに、χAの最もシンプルなケースとして、関数に水素原子の1s軌道を使い、係数を1とします。これが今回採用したχAであり、これで今回の原子軌道の初期設定は完了です。
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ここで1つの誤解

ここで1つの誤解が生じていると思います。χA=χBなので、χA+χB=2χA=2χBとなる。ところが違います。ここまでの表現の仕方が悪かったのですが、χA=χBは、χAとχBの両方とも同じテンプレートの関数を使うと言うことを意味しています。テンプレートの関数が次のものです。
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実際に使う場合は

実際にχAとχBとして使うときは、テンプレートの関数の変数rを、それぞれ変数rAと変数rBに置き換えて使います。ここで変数rAと変数rBは、ある電子1個とそれぞれ核Aと核Bとの距離rAとrBです。
実際に使う場合χAとχBは次のようになります。

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座標上では

誤解が生じたので、座標の図解も示してみます。水素原子は極座標を使いましたが、水素分子は双曲線関数同焦点楕円球座標(hyperbolic Elliptic Spheroidal Coordinates)を使います。次の座標の図より、変数rAと変数rBは異なる変数であることがわかります。図中のrABは、核Aと核Bの距離です。
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(2)1電子分子軌道ψ

次に、分子全体を考え、ある電子1個が入る分子軌道を1電子分子軌道ψとします。この1電子分子軌道ψは原子軌道の線形結合で表わします。非線型結合はありません。同核も異核も同じです。次のようになります。

この1電子分子軌道ψを次の波動方程式に代入して解きます。
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同核の2原子分子の場合はχA=χBさらにCA=±CBより、永年方程式を解くと1電子分子軌道ψは次の2種類になります。
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ψの方は、低いエネルギー状態の1電子分子軌道であり結合性軌道と呼ばれます。通常はこの結合性軌道に電子2個が互いにスピンを逆方向にして入って、基底状態(または安定状態)の水素分子の結合が成立します。これについては次の(3)で述べます。

ψの方は、高いエネルギー状態の1電子分子軌道であり反結合性軌道と呼ばれます。通常こちらには電子は入っていません。仮に、この高いエネルギー状態の反結合性軌道Ψに電子が1個入った状態になると、反結合性の影響で結合が弱くなり水素分子は、活性状態または不安定状態になります。

シンプルLCAO-MO法とは、

このように、各原子に原子軌道をおき、その線型結合をとる方法をLCAO-MO法といいます。なぜシンプルかというと少し話が長くなります。π電子だけを扱うHückel法および拡張Hückel法というMO法があります。これも同じLCAO-MO法を使います。つまり解法から言うと、π電子近似Hückel-LCAO-MO法および拡張Hückel-LCAO-MO法という名前になるわけです。しかし通常はそれぞれ、シンプルLCAO-MO法、Hückel法および拡張Hückel法と短く呼び分けています。

 

(3)反対称化全波動関数Ψ

これまで電子1および電子2と電子は指定せず、ある電子1個の1電子分子軌道を求めてきました。
ここでは、分子全体を考えるのは同じですが、さらに分子の全電子を一括で表わす全波動関数をおきます。このとき電子1と電子2も指定します。まず(3-1)で電子スピンを考慮しない全波動関数を組み上げます。そして(3-2)で電子スピンを考慮した反対称化全波動関数を完成させます。

 

(3-1)全波動関数

水素分子の基底状態では、電子1は結合性軌道である1電子分子軌道ψに入り、そして電子2も同じ種類ですが別の結合性軌道ψに入ります。これは1電子分子軌道ψは電子1個だけしか入れないためです。それぞれを式で表わせば次のようになります。
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座標は電子1と電子2で別々にとり重ね合わせます。
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電子スピンを考慮しない全波動関数Ψ

水素分子の基底状態の電子スピンを考慮しない全波動関数は、上記の2つの1電子分子軌道の積として、次のように表わせます。
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(3-2)反対称化全波動関数

電子スピンを考慮する場合、2個の電子は互いに逆スピンで入ります。
これを式で表わしていきます。まず2電子スピン(固有)関数を4種類を組み上げ規格化し、電子1と電子2の電子の入れ替えによって符号が逆転する2電子スピン関数と符号が逆転しない2電子スピン関数に分けます。次のようになります。

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電子スピンを考慮する場合、2個の電子は互いに逆スピンで入ります。

これを式に適用すると、「符号が逆転する2電子スピン関数」の方をいつも使えばよい、と受け取れますがそうではありません。式に適用する場合は、まず反対称化全波動関数を定義します。反対称化全波動関数は、次のように「電子スピンを考慮しない全波動関数」と「電子スピン関数」との積の式で表わされます。
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再び電子スピンを考慮する場合2個の電子は互いに逆スピンで入ります。

これを式に適用すると、「反対称化全波動関数において電子1と電子2の電子の入れ替えによって符号が逆転しなければならない。」ということです。

具体的には、電子1と電子2の電子の入れ替えによって「電子スピンを考慮しない全波動関数」の符号が逆転しない場合は「電子スピン関数」に符号が逆転する2電子スピン関数を採用します。もう一方の「電子スピンを考慮しない全波動関数」の符号が逆転する場合は「電子スピン関数」に符号が逆転しない2電子スピン関数を採用します。この2つの組み合わせだけが、電子1と電子2の電子の入れ替えによって反対称化全波動関数の符号が逆転します。残りの「電子スピンを考慮しない全波動関数」と「電子スピン関数」ともに符号が逆転しない組み合わせと、ともに符号が逆転する組み合わせ、この2つの組み合わせは両方とも反対称化全波動関数の符号が逆転せずNGとなります。

今回の「電子スピンを考慮しない全波動関数Ψ」は電子1と電子2の電子の入れ替えによって符号が逆転しません。ゆえに「電子スピン関数」に符号が逆転する2電子スピン関数を使わなければならない。

 

ゆえに反対称化全波動関数Ψは次のようになります。
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このΨが、シンプルLCAO-MO法により得られた水素分子の基底状態の電子軌道の波動関数です。そして基底状態の反対称化全波動関数と呼ばれています。