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2015年第1弾!
チューリヒ美術館展で作品を目にした時から気になっていた、ホドラー。
終了間近!ギリギリ行ってきました~(´∀`)


日本・スイス国交樹立150周年記念 フェルディナント・ホドラー展 @国立西洋美術館 
(2014,10,7~2015,1,12)

http://hodler.jp/index.html


19世紀末から20世紀初頭にかけて、スイスの象徴主義を代表する画家、フェルディナント・ホドラー(1853-1918年)。
スイス国民に絶大な人気を誇るホドラーは、生涯を通じて自国に身をおき、象徴主義に傾倒する一方、身近なアルプスの景観を描き続けました。
また、類似する形態の反復によって絵画を構成する「パラレリズム」(平行主義)
という方法を提唱し、人々の身体の動きや、自然の事物から起こる、生きた「リズム」を描き出しました。

国内で40年ぶりの回顧展となる本展は、8割以上が日本初公開。
約100点の作品を通じて、ホドラー芸術の全貌に迫ります。



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《マロニエの木々》 1889年 ジュネーヴ美術・歴史博物館

ホドラーの風景画といえば、明るい色調で、ちょっと装飾された絵を思い浮かべていたが、初期にはこんなに写実的な絵を描いていてびっくり。

14歳で風景画家のもとに弟子入りしたホドラー。
若い頃は、フランスの写実主義に傾倒していた。
10代や20代に描いた作品は、どれも写実性に優れていて、美しい。
しかし、後にこの慣習的な風景画から脱して、自らの目に映る風景を描くようになる。

上の作品は、36歳の頃の作。
水面に映る木の部分は、後から青いクレヨンで塗りつぶして、暈しであることが、近年明らかになった。
写実的な絵から、抽象的な絵へ、移行していこうとしている段階ととれる。



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《病み上がりの女》 1880年頃 ヴィンタートゥール、オスカー・ラインハルト美術館アム・シュタットガルテン

こんな繊細なタッチの人物画も描いていたとは。。

スイスの首都ベルンの貧しい家庭に、6人兄弟の長男として生まれたホドラーは、7歳で父親を亡くし、32歳までに母親と兄弟すべてを結核で失っている。
1880年代から、人間の内面を重視する、象徴主義に傾倒した彼だったが、
不幸な生い立ちのせいか、19世紀末までは、「死」をまとった暗い作品が多い。

と、散々解説では「暗い」と記されていた、が。
この時期の作品は、ホドラー自身が貧しい階級で育ったため、労働者の様子をありのままに描いた、ミレーに似た様な印象の絵や、人間の「苦悩」や「死」をいかに表現するか、その純粋に真理を追究しようとする姿勢がバシバシ感じられる絵が多く、題材は重くとも、特に暗い感じは受けなかった。



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《感情Ⅲ》 1905年 ベルン州

曲線が目立つ、太い輪郭線、これこそ、自分の知っているホドラー!(といっても、思いっきり宣伝に使われていた絵だけれど笑)

20世紀に入る頃から、ホドラーの作品は、「死」のイメージから「生」のイメージへと転換していく。
身体の動きによって表わされる人間の感情と、その運動から生まれる「リズム」の表現を追求し、彼はそこから、「パラレリズム(並行主義)」(自然の中に、様々な形態の類似や反復、左右相称な構造や均衡を見出し、画面を再構成する方法)を提唱し、作品に取り入れた。

“どんな感情も身振りをもつ”

豊穣や美を象徴するポピーが、無数に散らばった背景。
少しづつ身振りの異なる、4人の女性の形の連続から、ホドラーが追及した「リズム」が生まれる。
顔を後ろにそむけているため、鑑賞者は彼女らの感情を自由に想像することができる。



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《悦ばしき女》 1910年頃 ベルン美術館
 
この頃からホドラーは、スイスの音楽教育家、エミール・ジャック=ダルクローズや、オーストリア出身の思想家、ルドルフ・シュタイナーによる、前衛的な舞踏のイメージを、作品に取り入れるようになる。

全身をつかって、生の悦びを表す女性。
モデルは、ホドラーのミューズであり、恋人であったパリジェンヌ、ヴァレンティーヌ・ゴデ=ダレル。
ホドラーの描く女性は皆、舞踏家らしく、引きしまって筋肉質な体型をしている。



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《昼 Ⅲ》 1900/10年頃 ルツェルン美術館

左右相称の均衡を保ちながら、それぞれ違う動作をとる女性たち。
日の光を浴びて、夜から昼、静から動へと覚醒していく。
両手を掲げ、安定した姿勢をとる女性を中央に、右の女性は、眩しそうに光を遮るような、そして左の女性は、光を受け入れ、祈るようなしぐさをしている。



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《ミューレンから見たユングフラウ山》 1911年 ベルン美術館

自然を、最も強い想像力の源として考えていたホドラーは、スイス・アルプスの自然を描き、自然界にも、リズムや構造を見出そうとした。
1900年代以降、彼は風景を抽象化していき、山や雲を、画面を構造する要素として扱うようになる。

渦を巻くような形をした雲。
太い輪郭線に強いコントラストで描かれた岩肌は、面が強調され、装飾的なパターンが生み出されている。
構造を意識して描かれているせいか、セザンヌの絵を思い出した。
鮮やかで大胆な色づかいも、独特な構成の岩肌も、見応え抜群。
気に入った!



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《シェーブルから見たレマン湖》 1905年頃 ジュネーヴ美術・歴史博物館

こちらの作品も、雲がずいぶんと装飾され、丸みを帯びている。
水平線を境に、画面上下に分けられた空と湖は、平行するふた
つの世界をつくり出している。
この並行の構成が、ホドラーのいう「パラレリズム」の原理である。
単純化された形態、大きく広がるブルーの空間に、ほっこりと癒された。



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《トゥーン湖とニーセン山》 1910年 個人蔵

ピラミッド型が特徴的なニーセン山は、パウル・クレーなど、多くのスイス人画家を魅了した。
ホドラーはこの山を、山肌が幾何学的な模様に再構成した。
湖に映る姿や岸辺も含め、シンメトリーな形態は、安心感を呼ぶ。



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《白鳥のいるレマン湖とモンブラン》 1918年 ジュネーヴ美術・歴史博物館

こちらは時代がとんで、ホドラーの没年に描かれた、最晩年の作。
身体の自由を失った彼は、住居の窓越しから見える、このレマン湖とモンブランの風景をくり返し描いた。
大胆な筆致に、鮮やかな色彩。
手前に並んだ白鳥たちが、まさにホドラーの追究し続けた「リズム」を表している。
この作品も含め、全ての作品を通じて、色づかい、配色の仕方にセンスを感じた。

以上、作品の解説はここまで。


他にも、スイス紙幣につかわれた作品や、スイス国立博物館や、チューリヒ美術館の壁画を制作した際の、絵の習作展示を通して、
いかにホドラーが、スイスの「国民画家」として、自国に愛されているか、よくわかった。

時代ごとに変化する彼の作風にあわせて、画家自身が何を求めて創作し続けてきたのか、その内面も知れる、良い機会となった。
大満足の内容でした。

個人的には、「PART4 変幻するアルプス-風景の抽象化」の、
風景画を扱った部屋がお気に入り!
ずっと見ていたかったなぁ(*´ω`*) 



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日本・スイス国交樹立150周年記念 フェルディナント・ホドラー展 @国立西洋美術館 
(2014,10,7~2015,1,12)

http://hodler.jp/index.html

おすすめです!といっても、東京は終了間近・・・(;´ω`)
残り2日、ま、まだ間に合う!!ヾ(。`Д´。)ノ 




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新年あけましておめでとうございます(遅)
個人的な記録として始めたブログですので、よそ様が読んでも何のおもしろみもないぽんこつブログですが、どなた様かの暇つぶしにでもなれば幸いです。


しかし、ハズした美術展は、皆さまどのようなテンションで記事を書かれているのでしょうか。
書かずにシカトでしょうか。
素直に、つまらん!で済ましていますでしょうか。
「書き残して置かなきゃ、でもめんどくさい、数行だけでも!それすらだるいー」
の怠慢な心の葛藤に、ひとつハズすたびに苦悶しております。
そして溜まっていく、保存フォルダ・・・ (´_`。) 

もっと気楽に書けばいいのに・・・( p_q)
誰がしてくれるわけでもないのに、怖くてコメント欄も開けない私って一体・・・( p_q)
ていうか寂しさまぎれに、自分で自分にいいね!を押してる自分って一体・・・!!ヾ(`Д´)ノ (何がしたいんだ)


そんな感じ(どんな感じ?)で、今年もよろしくお願いしますo(_ _*)o
皆様にとって、良き、美術展yearになりますように!!

 
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クリスマスなので、作ってみました。



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「面倒くさい」と「でもちょっと楽しみ」の割合が、6:4位だったので・・・(やる気あるのか)
アイシングや、土台のクッキーの形成はなし!

全て市販のお菓子で作りました。
 

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雪は積もっていませんが、なぜか雪だるまがいます。



:*:・ 使ったお菓子たち:*:・

・ウエハース(壁)
・クレープチョコ(屋根)
・トッポ(壁とか)
・ビーノ(芝生)
・チョコ棒(煙突、切株、支柱)
・丸いクッキー(敷石とか)
・アルフォート(ドア)
・ビスコ(窓、ベンチ)
・ホワイト板チョコ(接着用)

あとは飾りに

・アラザン(←アザランかと思っていた)
・アポロ、マーブルチョコ、等

安くおさえるために、100均で4(2)個で¥100とか、小個売りのお菓子を買ったので、
(それと、母親からアーモンドプール(←アーモンドプードルかと思っていた・・・)
&父親からブラックチョコひとかけらのカンパ)
合計約¥1,000でおさまりました( ̄∀ ̄)


でも、スーパーと併設の100均とを往復して選ぶうちに、
いかに安くおさえるか!!(`・ω・´) みたいな節約魂に火がついてしまって・・・
ケチった結果、作っている最中に材料が足りなくなって、後からコンビニに走りましたorz

ウエハースとか、土台になるものを、余分に用意しておいた方が良いです!
でないと、私のように、床がなくなったりしてしまいますorz

あっ、でも壁をウエハースで作るのは、あとから層が剥がれてくるので、オススメできません。
チョコで接着して補強しなおしました。
じゃあ、何のお菓子が良いのでしょう・・・、硬くて丈夫なやつが良いですね(適当ですみません)



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「ビーノ」とは、このえんどう豆形のスナック菓子(東ハト)です。
これを砕いてまいて、芝生にしました。


アレンジ自在。
こういうのは、親子で作ったら楽しそうですよね。
ひとりで取り組んでいたら、思いのほか時間がかかって、途中から手が震え出しました(´・ω・`) 

お子さんがいたら、食べる楽しみもありますもんね。
うちには、時々帰ってくる弟(腹が減ると、ご飯代わりに菓子を食べてしまう)がいますが、
せっかく作ったので、萎びて廃墟と化すまで飾っておくつもりです!ヾ(。`Д´。)ノ 

 
クリスマスにケーキも良いけれど、時間がある方は、お菓子の家もぜひ!

わたしは、とりあえず満足しました(疲れました)ので、もう今年はケーキ作りたくありません。
おとなしく手軽なクッキーでも焼きます(たぶん)(´・ω・`) 
  
 
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ウフィツィ美術館展 黄金のルネサンス ボッティチェリからブロンヅィーノまで @東京都美術館
(2014,10,11~12,14)



メディチ家一族が蒐集した膨大なコレクションを核とする、ウフィツィ美術館。
イタリア・ルネサンスの中心都市フィレンツェでは、15世紀後半から工房による組織的な制作活動が盛んになり、数多くの芸術家が生まれました。
彼らは互いに切磋琢磨しあうことによって、工房の画一的な表現から、「マニエラ・モデルナ(新しい様式)」と呼ばれる、卓越した新時代の様式を開花させました。
本展では、ボッティチェリを始めとする75点の作品を通して、15世紀から16世紀にかけてのフィレンツェ・ルネサンスの真髄に迫ります。


まずは、今回の目玉、ボッティチェリ作品から見ていきましょう!



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サンドロ・ボッティチェリ 《聖母子と天使》 1465年頃 捨て子養育院美術館

こちらはボッティチェリ最初期の作。
1460年頃、工房に入門した彼は、徒弟として腕を磨きました。
母性に満ちた、柔らかな表情のマリア様。
所蔵元の、捨て子養育院にぴったりの1枚です。



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サンドロ・ボッティチェリに帰属 《聖母子(海の聖母)》 1475‐80年 アカデミア美術館 

窓の外に広がる海が、“海の聖母”と呼ばれる由縁。
こちらのマリア様は、少しぼんやりと憂鬱そう。
イエスが右手にもつ柘榴の実は、豊穣の象徴であるとともに、キリストの受難を予兆するものでもあるのです。
実物は、マリア様の衣の装飾や、ヴェールなど、金色に細くキレイに描かれています。

 

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サンドロ・ボッティチェリ 《パラスとケンタウロス》 1480‐85年頃 ウフィツィ美術館
  
これぞボッティチェリ!な代表作の1枚。
ギリシャ神話の女神パラスと、半人半獣の種族ケンタウロスが描かれています。
清らかで、甘美な雰囲気を湛えた女神の姿は圧巻です。
楯を背負い、左手で鉾槍を支えた女神は、右手でケンタウロスの髪を掴んでいます。
その痛みで、顔をゆがめるケンタウロス。
パラスが理性を、ケンタウロスが人間の本能や肉欲を象徴するとした場合、肉欲に対する理性の勝利と考えることができます。
この主題は女性の貞潔に結びつく為、1482年に結婚した、ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチの、妻へのオマージュとして解釈されています。
もとは彼の邸宅に、《春(プリマベーラ)》とともに掛けられていました。



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パラスの上半身は、オリーブの蔓が巻き付いていますが、胸元に注目。
乳首の部分には、お花とダイアモンドが。
そして谷間(見えませんが)には大きな指輪。
襟元も指輪だらけ。
この全身に散りばめられた、指輪を組み合わせた模様は、メディチ家の標章なのです。


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神々しいお顔をアップで。
ダイアモンドの髪飾りもお洒落です。
いつまでも見ていたい・・・。
しばらく女神を前に呆けてました。



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サンドロ・ボッティチェリ 《聖母子と洗礼者聖ヨハネ》 1505年頃 パラティーナ美術館

こちらも同じくボッティチェリ作ですが、今までの作品とはずいぶん印象が違います。
皆、表情は固く、マリア様からも甘美さが消えています。
これには、時代が関係しています。
1492年、ロレンツォ・デ・メディチの死後、変わってピエロがメディチ家の当主となりますが、フランス軍の侵入を許してしまい、2年後の1494年、メディチ家はフィレンツェから追放されてしまいます。
そして、修道士サルヴォナーラの神権政治が始まります。
彼は、華美なルネサンスの美術品の数々を、贅沢品だとし、広場に集めて燃やしてしまいました。(「虚栄の焼却」)
サルヴォナーラに、大きな思想的影響を受けたボッティチェリ。
以後、お硬い宗教画ばかり描くようになり、画風が変わってしまったのです。

深く腰を曲げた聖母マリアが、イエスを洗礼者ヨハネに預けようとしているこちらの絵。
聖ヨハネの持つ十字架が、イエスと相まって、「十字架降下」の場面を連想させる構図になっています。

ボッティチェリの作品は、工房作品も含めて9点の展示でした。



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フラ・バルトロメオ 《ポルキア》 1490‐95年 ウフィツィ美術館 

輪郭線をぼかした、柔らかな描線が美しいこちらの女性、ポルキア。
彼女は、古代ローマ時代、カエサル暗殺の共謀者の一人である、ブルータスと結婚した女性です。
ブルータスが政敵に敗れて自殺すると、彼女も燃える石炭を飲み込み、その後を追ったとか。
右下の足元に、石炭が置かれています。

 

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アンドレア・デル・サルト 《ピエタのキリスト》 1525年頃 アカデミア美術館
 
ピエタ(十字架降下)には、嘆きの聖母や、キリストを支える天使たちが共に描かれるのが一般的ですが、この絵はキリスト、唯一人。
静かな空間に身を置き、左下方から、柔らかな光に照らされています。
色彩は、腰布の赤と、受難具が置かれた布の、黄色に限定されています。
こちらは材質が、“壁面から剥がされたフレスコ”とありますが、結構な大きさでした。
その大画面に、フレスコ特有の素早い筆致と柔らかな色調、限られたモノクロ―ムの色彩に、簡素な構図とが相まって、とても良い雰囲気をだしていました。

今回、描かれている画材は、木が多いですが、中には瓦などあって面白かったです。



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ブロンヅィーノ 《公共の幸福の寓意》 1567‐68頃 ウフィツィ美術館

中央の女性は「公共の幸福」の擬人像で、右手にカドゥケス、左腕に豊穣の角を抱えています。
傍らに矢を持つクピド。
右側には、天秤と剣を持つ「正義」。
左側には、2つの顔を持つ「賢明」が立ち、手にはイタリアを示す地球。
背面の男性は、コジモ1世の肖像に似ています。
右手前には、車輪を持つ好機(幸運)。
左手前にいる背中向きの男性が、「時」。
手前に倒れ込んでいるのが、ギリシアの神カイロス。
以上、解説からですが、読みながら見比べるのが大変でした。



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ジョルジョ・バザーリ 《無原罪の御宿りの寓意》 1542年もしくは1544年 ウフィツィ美術館

「無原罪の御宿り」とは、聖母マリアを原罪から免れた存在(情欲の交わりなしに、母アンナの体に宿った)とする教義ですが、その寓意画です。
第2のエヴァとされる聖母マリアが、足元の悪魔の蛇を踏みしめています。
正面下の、善悪の木には、アダムとエヴァ、アブラハム、モーゼなどが、手首を縛られて、群がっています。

複雑な絵なので、勉強不足の私には、解説を読んでもよくわかりません。
残念。
この作者のジョルジョ・バザーリは、「芸術家列伝」の著者としても有名ですが、コジモ1世お抱えの画家でもありました。
何が言いたかったかというと、彼が、フィレンツェ美術館の設計者でもあるということです。



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もともとは、メディチ家の事務所であったウフィツィ美術館。
会場の最後に、ウフィツィ美術館の歴史や、館内の様子が、映像で紹介されています。
メディチ家の功績も、わかりやすくまとめられています。

会場は案外空いていました。
終了間際は混むでしょうから、行くなら今がチャンス!


ウフィツィ美術館展 黄金のルネサンス ボッティチェリからブロンヅィーノまで @東京都美術館
(2014,10,11~12,14)

http://www.uffizi2014.com/index.html



ポストカードあるある・・・気に入った作品に限って、ポストカードが販売されていない(゚ーÅ) 
今回、本当にワザとかというくらい、種類がありませんでした(ノ_-。) 

でも、タッチペン式の音声ガイドは快適♪
出品リストは、入り口で申し出ないともらえないのでご注意を((((((ノ゚⊿゚)ノ   
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トーベ・ヤンソン展 ~ムーミンと生きる~ @横浜そごう美術館
(2014,10,23~11,30)



今年、生誕100周年を迎える、童話「ムーミン」の生みの親、フィンランド出身のトーベ・ヤンソン(1914-2001)。
春に松屋銀座で開催された回顧展と違うのは、「ムーミン」だけに焦点をあてているのではないこと。
もちろん「ムーミン」の挿絵原画もありますが、他にも、生涯通して描き続けた油彩画や、雑誌GARMの表紙画、童話「不思議の国のアリス」を始めとする児童文学の挿絵など、ボリューム満点の展示内容。
トーベ・ヤンソンとはどのような人物だったのか。
彼女の人生を振り返ることで、ムーミン物語をより深く理解できる一方、
ひとりの芸術家としての「トーベ・ヤンソン」を知れる、良い機会になるでしょう!



父は彫刻家、母は画家という、芸術一家に生まれたトーベ。
幼い頃から、画家になることを決意していたが、なんと、母親の腕に抱かれている頃から、絵筆を執っていたそうな。
4~6歳頃の、お絵かきが展示されていたが、人の形の捉え方や、イラストの細部まで細かく描き切るところ、確かに上手い!


若干15歳で、政治風刺雑誌「GARM」に挿絵が掲載され、画家デビューを果たします。


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《「GARM」表紙》 タンペレ市立美術館 ムーミン谷美術館 1944年

トーベは「GARM」に、100以上の表紙絵と、数百にのぼる挿絵を寄せました。
第2次世界大戦中、反戦主義者だった彼女は、スターリンやヒトラーに対する批判、戦争の悲劇を、ユーモアを込めた挿絵で表現しています。



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《自画像、煙草を吸う娘》 個人蔵 1940年

10代から20代にかけて、ヘルシンキやパリの美術学校で学んだトーベは、若いころから、油彩画を描き続けました。
自然を愛し、風景画なども描いていますが、自分の肖像画もたくさん残しています。
上の作品は、26歳の頃。
煙草を吸って遠くを見つめる姿には、トーベの反抗的な内面が窺えます。



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《山猫の毛皮をまとった自画像》 個人蔵 1942年

こちらは、28歳頃の作。
大ぶりな毛皮の襟巻に、洒落たスーツに身をかためて姿勢を正し、まっすぐと前方を見つめています。
その凛とした姿には、強い独立心が感じ取れます。

「GARM」などで貴重な報酬を得ながら、油彩画に取りくみ続けたトーベ。
戦争のさなか、29歳の時、初の個展を開いています。
しかし、だんだんと戦争の不安と恐怖で疲弊し、塞ぎこむように・・・。
そんな中、辛い生活から少しでも逃れようと、書き始めたのが、ムーミン小説でした。
終戦直後、1945年に、小説第1作目「小さなトロールと大きな洪水」を出版します。



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《「ムーミン谷の彗星」表紙》 ポストカードより

小さなトロールから、正式に「ムーミン」というキャラクターが設定されて刊行された、ムーミン小説全8巻のうち、第1作目の表紙絵。
水彩で描かれていて、とてもきれい。
彗星が地球に迫ってきて、世界が滅びるかも知れないと知ったムーミン達が、真相を調べるために冒険に出る話ですが、
世界がこれからどうなってしまうのかわからない!という不安な設定には、彼女の戦争体験が、反映されています。



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《「たのしいムーミン一家」挿絵》  タンペレ市立美術館 ムーミン谷美術館 1948年

インクで描かれた挿絵原画もたくさん展示されています。
 ところどころ、鉛筆の下書きが残っているのが堪らなく嬉しい!



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《「ムーミン谷の冬」挿絵》 タンペレ市立美術館 ムーミン谷美術館 1957年


こちらは、黒く塗ったスクラッチボードを削って、傷をつけることで描いた作品。
1枚1枚、じっくり鑑賞していくと、トーベの絵の上手さに改めて感嘆させられます。
生きた線を見られる原画は、印刷物とはやはり全然違う。


中でも興奮したのが、1954年からイギリスの日刊誌「イブニング・ニュース」で連載された「ムーミン・コミックス」の原画。
鉛筆で大ざっぱに描かれた習作と、完成して印刷された同じコマが、並べて展示されていました。
はしょった部分がわかったり、見比べると色々な発見が・・・!
全盛期には、40ヶ国の新聞で掲載され、ムーミンは世界中で愛されることになりました。


「ムーミン・コミックス」は途中から、弟のラルスに執筆を譲り、トーベは油彩画に没頭します。
1960年代には、シュルレアリスムの影響を受けた作品など残しています。
しかし、ムーミン小説全8作の他、おとな向けの小説も手がけるようになり、執筆活動で忙しくなっていきました。


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《自画像》 個人蔵 1975年

そして執筆活動に行き詰ったなか、久しぶりに絵筆をとって描いたのが、こちらの肖像画。
大胆に自由に走らされた筆致。
本人は「醜い肖像画」と呼んでいたらしいですが、過去のどの作品よりも、断トツに垢ぬけていて、迫力がありました。
昔から、自由な色をつかって描いているイメージでしたが、明るいスカイブルーの背景に、目元の赤茶、鼻筋の青、頬のオレンジに首元の濃い黒が、すごく良く生きている。
真正面から、トーベの眼差しと向き合って、こちらもしばらく動けずに見つめあいました。



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《絵本「ムーミン谷への不思議な旅」挿絵》 タンペレ市立美術館 ムーミン谷美術館 1977年

こちらは絵本の挿絵。
線を使わずに、色彩だけで構成されています。



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後に生涯を共にすることになったパートナー、グラッフィック・アーティストのトゥーリッキと出会ったのは、トーベが41歳の時。
ふたりはフィンランドの孤島、クルーヴ島に小屋を建て、「夏の家」と称し、1965年~91年までの間、夏を過ごしました。
こちらはその小屋の内部を再現したもので、撮影可能です。
小さな島は荒涼とし、風が強いと岸にも上がれなかったといいます。
しかし、それでも二人は、この島の暮らしを愛しました。


トーベは、冬は極寒のフィンランドで育ち、人間の力など到底及ばぬ、自然の厳しさや偉大さを知っています。
そしてその自然と共存することを望み、愛していたと思います。
ムーミンの世界でも自然は大きな舞台として、必ず背景にあり、洪水がおきても、干上がっても、登場人物たちはそれを受け入れて生きていきます。
はい虫1匹でさえ、大切な登場人物として扱われ、生きものは皆平等です。
トーベの世界観が、そのままムーミンの世界でも生かされています。



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会場の最後には、ムーミンの登場人物になりきる変装グッズが用意され、キャラクター達と一緒に記念撮影ができるようになっていました。


他にも、トーベの紹介映像や、児童文学「ホビットの冒険」や「不思議の国のアリス」で手がけた挿絵など、見どころがたくさん。



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トーベ・ヤンソン展 ~ムーミンと生きる~ @横浜そごう美術館
(2014,10,23~11,30)

https://www.sogo-seibu.jp/common/museum/archives/14/tove/

ムーミンファンなら、知っている情報もたくさんあるとは思うけれど、
作者トーベを知ることによって、より深く物語を楽しむことが出来るようになるはず。
展示の種類も、数も、予想をこえてました。
オススメです!


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お気に入りのポストカード。
イタリアのホテルのレセプションにまで、トーベについてきてしまったキャラクター達(笑)

トーベが描くと、タコまでかわいい(*´ω`*) 

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チューリヒ美術館展ー印象派からシュルレアリスムまでー
@国立新美術館
(2014,9,25~12,15)


スイスが誇る美の殿堂、チューリヒ美術館。
日本とスイスの国交樹立150年を記念し、印象派から、抽象絵画、20世紀美術までの傑作74点が来日。

印象派を代表する、ドガ、モネ、ゴッホ、セザンヌに、アンリ・ルソーやゴーギャン。
スイスを代表する画家、ホドラーやセガンティーニ。
ナビ派のボナール、ヴァロットン。
20世紀美術を代表する、ムンク、マティス、ピカソ、ブラック、シャガール。
モンドリアンやクレー、カンディンスキーの抽象絵画。
シュルレアリスムのキリコ、ダリ、ミロまで。
ロダンやジャコメッティの彫刻も加わる、圧巻のラインナップです。





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フィンセント・ファン・ゴッホ 《サント=マリーの白い小屋》 1888年

1888年、浮世絵に影響され、自然と共に生きることを望み、南フランス・アルルへ移住したゴッホ。
こちらは、その近くにある漁村を訪れた際に描いた作。
強烈な太陽光のもと、真っ白の石灰で塗り固められた、民家の壁が眩しい。
あえて、家屋が整列していないアングルを選んでいる。
青々とした空や繁茂する草の緑が、白い壁や大地の黄色と対比され、色彩の鮮明さが際立つ。
白壁に描かれたドアや窓の、オレンジとエメラルドグリーンの補色の対比も効いている。
自然の力に満ちた風景を前に、画家自身の生き生きとした躍動感が伝わってくる作品だが、この絵を描いた僅か2年後、ゴッホは自らの命を絶っている。




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ポール・セザンヌ 《サント=ヴィクトワール山》 1902~1906年

セザンヌの故郷、プロヴァンスを代表する、“聖なる勝利の山”。
彼は生涯に40回以上もこの山を描き、こちらはその最晩年の作。
余白を生かし、緑、茶、青の限られた色彩と大ぶりなタッチで、雄大に広がる山と大地を、緊密にまとめ、調和させている。
よく見ると、空には木の緑が、山には大地の茶色が混ぜられている。
自然の光の移りかわりを捉えようとした、他の印象派画家とは異なり、
セザンヌが求めたのは、ものの形の本質をとらえ、堅牢な空間を表現することだった。
 



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フェリックス・ヴァロットン 《トランプで一人遊びをする裸婦》 1912年

先日の回顧展を訪れてから、惹かれるようになったヴァロットン。
特に、アングルに影響されて描かれた裸婦像は、格別。
背中をこちらに向け、トランプ遊びをするひとりの裸婦。
身体の輪郭線は細く際立ち、見事な曲線美で描かれている。
どっしりとした重量感を持つ肉体は、丁寧に影をほどこし肌色に塗られ、、
クッションの明るい赤とともに、暗い青を背景にして、官能的に浮かび上がる。



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フェリックス・ヴァロットン 《アルプス高地、氷河、冠雪の峰々》 1919年
 
裸婦像が完璧なら、風景画も完璧だった。
今にも流れだしそうに描かれた氷河。
しかしその反面、静かで、時が止まったようにも見える、氷の世界。
ヴァロットンは、裸婦像もそうだが、風景を描くときも、現地ではスケッチだけに留め、残りはアトリエに戻ってから仕上げた。
描く対象と常に一定の距離感を保ち、私情を排することで、この画家特有の、客観され、洗練された絵が出来上がるのだろう。



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フェルディナント・ホドラー 《真実、第二ヴァージョン》 1903年

スイスを代表する画家、ホドラー。
中央の女性は、真実の象徴を表し、また左右対称に伸ばされた両腕も、画家独自の調和の表現である。
悪を表す周りの男たちは、真実を見ることを恐れ、顔をマントで覆い、目をそらしている。
1890年頃、ホドラーは、パラレリズム(並行主義)を確立した。
類似した形態を反覆させることにより、秩序や統一性、リズム感を生む。
この作品の男たちも、このパラレリズムの手法で描かれている。




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フェルディナント・ホドラー 《日没のマッジア川とモンテ・ヴェリタ》 1893年

故郷の夕暮れを描いた作。
暗褐色の正面の丘が、20世紀初頭に文化人が集ったことで有名な、モンテ・ヴェリテ。
その背後にそびえるのが、ボーニャ山。
それら山々の山頂や岩陰が、手前の川面に映りこんでいる。
全体的に、白っぽく色味を抑えた色彩に、細く明瞭な線で描かれた岩々は、浮かび上がるよう。
静かに暮れてゆく、自然豊かなスイスの、透き通った空間が広がっている。




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パブロ・ピカソ 《大きな裸婦》 1964年 

時代は変わって、ピカソ。
過激な女性遍歴を持っているピカソだが、この絵のモデルは、79歳の時に結婚した、ジャクリーヌ・ロック。
2人の子をもうけた愛人、フランソワ―ズ・ジローと別れた後に出会った。
黒髪と、大きな瞳が特徴の彼女は、
「ジャクリーヌの肖像」として、70点以上の作品のモデルを務めている。
着想を得たのは、ゴヤの〈裸のマハ〉である。

 

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ワシリー・カンデインスキー 《黒い色斑》 1921年

抽象絵画の作品から。
色や形が奏でるハーモニーを追求し、作曲をするかのように絵を描いたカンディンスキー。
濃紺はチェロ、黄色はトランペット、黒は「最も響きのない色」というように、色と音色を結びつけた。
黒い斑紋と色々な線、オレンジや青、黄の円形、その他様々な色が飛び交う、こちらの作品。
鑑賞者それぞれの感性で、できあがる音楽の音色も、異なりそうで面白い。




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マルク・シャガール 《婚礼の光》 1945年

日本でも人気のシャガール。
ユダヤ人であった彼は、第二次世界大戦時、ナチスの迫害を逃れてアメリカへ亡命する。
戦争終了後、長年苦労を共にした、最愛の妻ベラを亡くしてしまう。
その翌年、失意のどん底にいた彼が、娘イダの励ましのもと、再び筆を執ったのがこちらの作品。
画面の左側を占める、悲しみとも癒しともとれる、深い青が印象的。
一方右の後方からは、希望を表すかのように、朝焼けの光も差している。
それぞれの楽器を手に、演奏する楽器隊。
彼らに囲まれ祝福されているのは、今は亡き妻と画家自身の、記憶の中の姿だろうか。
花束を持った新婦の、純白のドレスは、透けるように光を放っている。
シャガールの情念が込められた、幻想的な作品。




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サルバドール・ダリ 《バラの頭の女》 1935年

会場でもひと際異才を放っていた、ダリの作品。
マネキンのような出で立ちの、右側の女の腰、腕には同じ腕が巻きつき、
手前の椅子の肘掛や、女自身の右手と呼応している。
椅子の足と、右奥のテーブルは、ともにハイヒールを履いている。
遠景には1人の立ち姿が確認され、右奥のライオンの頭部には森林が密集している。
こちらは、画家自身がデザインしたという、ラピスラズリのような柄の、群青の額にはめられていた。
現物は、画面全体がもっと深い緑でおおわれ、色彩も鮮明で美しく、
35cm×27cmと小さな画面を前に、皆で顔を寄せ合って、目が釘づけ。
ダリ特有の、不可思議で幻想的な空間が広がっていた。



他にも、紹介したい作品がたくさん。
会場内は、ひとりの作家を特集する「巨匠の部屋」と、各時代の運動をまとめた「時代の部屋」、
計14室を交互に並べ、非常にわかりやすく構成されている。
しかも、全てが習作抜きの完成作。
展示の最後を飾る、ジャコメッティの彫刻も、本当に面白いので、必見です!




チューリヒ美術館展 @国立新美術館
(2014,9,25~12,15)

http://zurich2014-15.jp/



ポストカードを購入したら、くじ引きの景品でもらえた、シール。

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確か、5枚以上、10枚以上購入で、異なったおまけがもらえたはず。
思いの外ポストカードの種類が豊富で、優柔ぶり炸裂!
気づけば最後の客となってしまった私( ̄□ ̄;)!!
慌てて5枚も引いてしまった結果、なんと全てが同じ、このホドラー。。
よほど縁があったのか・・・。
1枚だけ有り難く頂だいして、すみやかに帰りましたm(_ _ )m 

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 日本国宝展 @東京国立博物館
(2014,10,5~12,7)



現在指定されている、日本国宝(1092件)のうち、119点が展示される今回の展示会。
展示期間が細かく分かれ、かなりややこしい!
特別出品の正倉院宝物11件は、10/15~11/3まで。
金印は、11/18~11/30まで。
土偶5体のうち、2体は常設、全5体揃うのは、11/21~12/7まで。
他にも、前期後期で、細かな入れ替えがあるので、HPの出品リストでよく確認した方が良いです。


そしてやはり、混んでいる!
金曜日の夜間も最後まで激混み。。
見ごたえのある仏像などは最後の展示なので、時間配分に注意です((((((ノ゚⊿゚)ノ 



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土偶「縄文のヴィーナス」 縄文時代(中期)・前3000~前2000年 長野 茅野市(尖石縄文考古館保管)

いまだ用途や役割について、明確な結論が出ていないという土偶。
縄文時代につくられたこちらは、出産や豊穣を願ってつくられたものらしい。
切れ込みを入れただけの端正な顔立ち。
それとは対照的に、柔らかに膨らむ腹や尻の、見事な曲線美。
どっしりとした下半身は、生で見ると、とてもボリューミィ。
母性的で、見ていると心地よい安堵感に包まれる。
ケースを回りこんで、左右上下からよく見てほしい。
横から見ると、腰から続く尻の上面は、まっすぐ平らでなだらかに、下部はまるく腿に続く。
そのラインがたまらなく良い。
下から覗き込むと、鼻の穴もちゃんと切れ込んである。
きっと祈りをこめて、丁寧に大事に作られたに違いない。



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土偶 「合掌土偶」 縄文時代(後期)・前2000~前1000年 青森八戸市埋蔵文化センター是川縄文館
 
こちらは男性だろうか。
手足が長く、スマートな身体、ラピュタのロボット兵を思い出す。
腕から足まで、衣服?の模様も細かく刻んである。
横から見ると、鼻が予想以上に高い。
唇のようにも見える口元の輪っかは、つぶつぶの穴だらけ、髭を表しているのか?
合掌している両手は、数えてみると指が6本あった。

予想はしていたけれど、やはり土偶が1番心惹かれた。
国宝に指定されているのは全部で5体。それら一同揃うのは、21日から。
土偶に興味がある人は、絶対この時期に行くべき!




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勢至菩薩坐像・観音菩薩坐像(阿弥陀如来および両脇侍のうち) 平安時代 久安4年(1148) 京都・三千院
 
死者を極楽浄土に導くため、来迎する阿弥陀如来に随う、2体の菩薩。
京都・三千院で、阿弥陀如来像の前に祀られている、勢至菩薩(左)と、観音菩薩(右)の像。
金箔の剥脱部分が少なく、金色に輝く姿は荘厳で、圧倒的なパワーを感じる。
横からみると分かるのだが、2体とも、上体を少し浮かして前かがみに構えている。
これは「大和座り」といって、これから死者を来迎する気持ちが、感じとれる。
死者の魂は、観音菩薩の捧げた蓮華台に乗せられて、極楽浄土へと向かう。
見る角度によって、お顔の表情も変化する。
行ったり来たりして拝顔するうちに、思わず何度も手を合わせてしまう。
うるさい人混みの展示室内ではなくて、いつか三千院で、阿弥陀如来と三体揃った姿を前に、祈ってみたい。




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「善財童子立像」(文殊菩薩および眷属のうち) 快慶作 鎌倉時代 建仁3年(1203)~承久2年(1220) 奈良・安倍文殊院
 
こちらは、2013年に指定された最も新しい彫刻の国宝「善財童子像」。
獅子に乗り、海を渡る「文殊菩薩」の4人の侍者のうちの1人。
同じく侍者である「仏陀波利像」も展示されている。
奈良の安倍文殊院では、本尊である獅子に乗った文殊菩薩像を中心に、両脇に善財童子像と仏陀波利像、その脇に優填王像と維摩居士像の5体が並べて祀られている。
快慶の作を記す銘文があるというこちら。
身体の造りから動きのある衣のひだまで、非常に精巧に作られている。
善財童子は子どもなので、肌はつるりと滑らかで可愛いらしいが、見応えがあるのは老人の仏陀波利像。
苦労がにじみ出てくるように深い顔の皺、頭に浮き出た血管、肌があらわになった上半身は、喉元から胸全体、骨がむき出しに浮き出ている。
もちろんただ痩せているのではなく、長身で迫力がある。
これも国宝5体が揃った姿を、ぜひ見てみたい。



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「松に秋草図」 長谷川等伯筆 安土桃山時代・文禄元年(1952)頃 京都・智積院 

 長谷川等伯の作。
豊臣秀吉が長男鶴松を3歳で亡くし、菩提寺として祥雲寺を建立、その障壁画として描かれた。
豪華な金地を背景に、斜め上まで画面を突き出た松のもと、むくげ、薄、菊、芙蓉と様々な秋草が描かれている。
松の葉は同じ形に装飾され、秋草は柔らかく、しかししっかりと、生命力溢れるよう。
混んでいたせいで、全体を人影抜きに眺められなかったのが、残念。


そして、画像がないけれど良かったのが、日本最古の歌集「万葉集」の古写本、平安時代に書かれた「元暦校本万葉集」。
本当に美しい筆づかいで、1字1行、目を追わずにはいられなかった。



他にも気になった作品がちらほら。
歴史の知識に乏しく、文化価値について良くわかっていない自分でも、十分楽しめました。
本当は、理解できていない貴重な品が、てんこ盛りなのだろうけれど。。



 日本国宝展 @東京国立博物館
(2014,10,5~12,7)

http://kokuhou2014.jp/index.html

できることなら、5体揃った土偶が見てみたい!
でもそれだけの為に、また拝観料なんて払えない・・・ (´_`。)

土偶ファンの方々、くれぐれも時期にはご注意を(`・ω・´) !!
(21日からですよ!)

   
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ボストン美術館 浮世絵名品展 北斎 @上野の森美術館
(2014,9,13~11,9)



平日の金曜日、さすが人気の北斎!
20分待ちの中、行って参りました。



日本が世界に誇る浮世絵師、葛飾北斎(1760-1849)。
江戸後期から90歳で没するまでの約70年間、93回の転居を重ね、30以上も画号を変えながら、
生涯画業の道を貫きました。
浮世絵の枠に留まらず、常に新たな画様式に挑み続けた北斎の作品は世界中で愛され、
米国のライフ誌が選んだ「この千年で最も重要な出来事・人物」に、唯一日本人として名を挙げられています。

本展では、米国・ボストン美術館の門外不出と言われてきた浮世絵コレクションの中から激選した、約140点の展示。
ほとんどが未公開の浮世絵は、保存状態が極めて良好な為、摺られたばかりの様な色彩美を楽しめます。


第1章 稀品と優品でたどる浮世絵版画70年
第2章 華麗な摺物と稀靚本
第3章 肉筆画と版下絵・父娘の作品



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「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」 天保2年(1831)前後

 
江戸本所(現 東京都墨田区)に生まれた北斎が、勝川春章を師とし、「勝川春朗」としてデビューしたのは20歳の頃。
町人文化が栄えた当時の江戸では、役者絵、美人画が主流であった。

冨嶽三十六景シリーズを手がけたのは、70歳を過ぎてから。
画号は「為一」。
画面左側から、弧を描くようにそびえ立つ大波が、ダイナミック。
鮮魚を江戸へ運ぶ小舟を、今にも飲み込もうとしている。
唯一の陸は遠くに望む富士のみ。
「Great  Wave」の愛称で親しまれる本作は、印象派の画家や、作曲家ドビュッシーを始めとする西洋の美術に多大な影響を与えた。



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「冨嶽三十六景 凱風快晴」 天保2年(1831)前後

夏から秋にかけての早朝に、時々このように朝焼けで富士が真っ赤に染まる現象があるという。
そのため本作は「赤富士」の愛称をもつ。
空には一面のいわし雲。「凱風」とは南風のことをいう。


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「芥子」 天保4-5年(1833-34)頃

 冨嶽三十六景などで風景画が人気となった北斎は、同時期に花鳥画も手がけた。
全10作からなる花鳥画シリーズの中で、最も優れているとされるのがこちらの「芥子」。

強い風にしなる芥子の、躍動感にあふれる構図は、上の「神奈川沖浪裏」と極似している。
日本美術では通常、時の流れは右から左へと描かれる。
しかし、左の蕾から始まり右へと描かれた常識破りの本作は、新たな表現に挑み続けた北斎ならではと言える。



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「翡翠 鳶尾艸 瞿麦」 天保5年(1834)頃
 
俳句や漢詩が添えられ、花と鳥で構成されたシリーズ。
保存状態がすばらしく、まさに摺りたてのよう。
目に新鮮な色彩美。


 
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「諸国瀧廻り 和州吉野義経馬洗い滝」 天保4年(1833)頃
 
今回1番楽しみにしていた、「諸国瀧廻り」シリーズ。
こちらも、冨嶽三十六景と同時期に制作。
日本各地の滝をテーマに、大判8図からなるこちらは、有名な滝を描いたものではない。
あくまでも、水という捉え難い対象を、いかに描き分けるかに着目している。

上の作品は、鎌倉時代、吉野に逃れた義経が、馬を洗ったとされる滝になぞらえて、
同じく馬を洗う庶民が描かれている。



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「諸国瀧廻り 下野黒髪山きりふりの滝」 天保4年(1833)頃

 行く筋にも別れ、流れ落ちる瀧。
もこもこと盛り上がる様は、まるで得体の知れない生き物にも、または木の根っこのようにも見えた。



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「諸国瀧廻り 相州大山ろうべんの瀧」 天保4年(1833)頃
 
上作とは打って変わって、勢いよく落ちてくる1本の滝。
水浴びする男衆は、ひとり一人、動作が違っていて面白い。
北斎は、風景画を描いても、中に出てくる人物やその土地の風俗を大切にする。
どんなに小さな人間ひとりも、おろそかにせず、芸が細かい。
また、人でも馬でも、極端なポーズに誇張されて描かれているので、動きがある。
まさに、北斎漫画の世界。



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「諸国瀧廻り 木曽路ノ奥阿弥陀ヶ瀧」 天保4年(1833)頃

現在の岐阜県郡上市にある阿弥陀ヶ滝は、修業中の像の前に、阿弥陀如来が現れるという伝えから名づけられた。
上流の円形の水面は装飾的で、琳派の影響が感じられる。
約60mの高さから落下する滝を前に、二人の旅人が弁当を広げている。
上から覗き込んだような円形部分と、正面から見た滝とがかけ離れすぎていて、始めはどうなっているのかわからなかった。



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「百人一首うはかゑとき 小野小町」 天保6年(1835)頃

  76歳頃から制作した、北斎最後の大判錦絵シリーズ。
百人一首の歌の意味を、乳母が子どもにわかりやすく絵で教えるという設定で描かれた。
やはり色持ちが非常に良い。

こちらは小野小町の句。
「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」 
( 咲き誇った桜の花も、降り続く長雨にあたって、むなしく色あせてしまった。
その桜の花の色と同じように、私の美しさも衰えてしまった。恋愛の悩みなんかに気をとられて、ぼんやりと暮らしているうちに。)

真ん中の桜の木の下で、杖をつく老婆が、小野小町である。



 
「朱鍾馗図」 文化8年(1811) 5月5日

朱色のみで描かれた力強い線が、美しい。
当時、幼い男子の無病息災を願って、端午の節句に掛けられた鍾馗図。
特に朱色のものは、疱瘡除けの効果があって、多く描かれた。
北斎は絵師としてなかなか出世しなかった時代、副業として七味唐辛子売りもしていたらしい。
この絵とは違うが、その頃注文が入った鍾馗図が、たまたま2両で売れた為、生涯画業を貫くことを決めたという逸話も残っている。



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葛飾応為 「三曲合奏図」 弘化年間(1844-48)頃
 
こちらは、北斎の三女、栄の作。
画号は「応為」。
琴、胡弓、三味線を弾く3人の女性が合奏している。
手前から左回りに、後ろ向き、正面、横向きと、異なる角度で描かれ、着物も美しい蝶柄から、だんだんと地味になっていく。
美人画においては、父も凌ぐと伝えられる応為の絵は、構図の取り方、柄の取り入れ方、色彩感覚にも優れ、本当に美しい。

家事嫌いで、酒とタバコを好んだという男勝りの性格の応為は、
一度嫁に出たが、離縁して北斎のもとへ出戻り、北斎と親子共同で制作した作品も多い。
「応為」という画号は、日頃北斎から名前ではなく掛け声で、
「おーい」と呼ばれていたことから付けられたとも言われている。



寛永2年(1849年)、応為に看取られながら90年の生涯を終えた北斎。
最後にこんな言葉を残している。
「もう10年、否、5年の命を与えてくれれば、まことの絵師となれたであろうに」

冨嶽三十六景のあとがきから。
「70歳以前に描いたものは、実に頼りないものばかりであった。73歳で鳥や獣、虫や魚の骨格や、草木の何たるかをいくらか悟ることは出来た。
故に精進し続ければ、80歳でますます向上し、90歳になれば、更にその奥義を極めて、100歳でますます神妙の域を超えるのではないか。100何歳となれば、一点一画が生きているようになるだろう」(音声ガイドより)


終生質素な暮らしを貫き粗食に徹し、酒も飲まず、煙草も吸わず、身なりにもかまわず破れた服で暮らしていたといわれいる北斎。
生涯を介し画業を極め、不朽の名作を数多く世に残した。
引っ越しすること93回、30以上変えた画号には固執することなく、「北斎」の名も途中であっさり弟子に譲っている。
只々ひたすらに筆を走らせ続けた彼は、まさに絵の天才、奇才、そして変人であろう。





ボストン美術館 浮世絵名品展 北斎 @上野の森美術館
(2014,9,13~11,9)
http://ukiyoe.exhn.jp/


並んででも、多少館内が窮屈でも、これは見に行くべきです!
他にも見どころたくさんの作品群は、とにかく保存状態がすこぶる良い。
ただし混雑時によくある、絵の前を流れ鑑賞になる可能性大。
諸国瀧廻り、よく見たいが為に3回並びなおすのには、若干根気が要りました
(゚ーÅ)


最後に、購入したポストカードから。
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藍一色の背景が、渋みがあってお気に入り。
 

 買い物に行く道すがら、久しぶりに成虫のカマキリと遭遇。

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ちょっと!!
スマートな身体に逆三角の小顔、両腕に備わる大きな鎌。

カマキリって、こんなにかっこ良かったっけか?



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構え姿の精悍なこと。
このバランスのとれた全身フォルム。
たまらん・・・(*´ `)=з


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反対側からもどうぞ。
 

調べてみたら、今がちょうど排卵の時期みたい。
お腹は若干膨らんでいるように見えたけれど、排卵する前なのか、後なのか。
大きいから、メスだとは思うのだけれど。

他にも、不遇にも人に潰されてしまった亡骸を、2匹見かけた。


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実は、ベストな構えポーズを撮るために、
その辺の棒を拾ってきて、威嚇させた。

 歩道の真ん中にいたもんだから、
踏まれないように、安全な茂みに移動させたけれど、果たして良かったのだろうか。
カマキリ嬢にしてみたら、大きなお世話だったかも。



カマキリ。
子どもの頃は、よく虫籠に捕まえてきては、バッタやシジミ蝶なんかを与えて、
その獲物を捕らえる俊敏さや、頭から貪り食う様を、くり返し眺めた。
鎌に挟んだ獲物を、小さな口で余すことなく食していく姿は、迫力があった。
弱肉強食で成り立つ世界が、凝縮されたその一コマを、
残酷な気持ちで、そして少し、興奮しながら見つめていた。
虫籠の底には、小さな薄っぺらいシジミ蝶の羽だけが、いつも残った。


カマキリを素手で捕まえるとき、
手を挟まれないように、後方から首の部分を指でつまむのが、一般的かと思うのだけれど、
中には、どういう体の構造になってるいのか、鎌を後ろに回してくるやつがいる。
時々、その手強いのに当たって挟まれた。

昔はそれでも後先考えず、果敢に捕えまくっていたのに、
大人になった今、怖じ気付いて、躊躇してしまう。


・・だって、痛いのイヤだものヽ(;´ω`)ノ


同じく噛まれるのが怖くて、最近トンボも捕まえられなくなってしまった。
リルの餌で慣れているから、ミミズやゴキブリは大丈夫なのだけれど。

我ながら情けないぜ(-"-;

 
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冷たい炎の画家 ヴァロットン展 @三菱一号館美術館
(2014,6,14~9,23)


見ていて気持ちがいいわけではないけれど、見ていたい。
見れば見るほどひき込まれ、更に見つめざるを得ない。
謎に包まれた、画家の心情を想像しながら・・・

たっぷりヴァロットン色に染まってきました。


スイスに生まれ、16歳でフランスに移住、パリで活躍した画家フェリックス・ヴァロットン(1865~1925)。
ナビ派の画家たちと親交し、“外国人のナビ”と呼ばれ、多くの油彩画や、挿絵、批評等、幅広い分野で活躍した。
また、白黒のみの革新的な木版画を制作し、ヨーロッパに創作版画を復活させる。
斬新な視点と独特の距離感で構成された絵は、不可思議な謎に包まれ、見る者を魅了する。
猜疑や空虚感に満ちた、画家の内面性が窺える作品や、毒のある風刺画も多い。

没後100年が経ち、ヴァロットンの名が世界に知られるようになったのは最近のこと。
本展は日本初の回顧展となり、油彩画60点、木版画60点、計約120点で構成されている。



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《20歳の自画像》 1885年 ローザンヌ州市立美術館

最初は肖像画家としてスタートしたヴァロットン。
これは、二十歳の時。
見るからに繊細そうである。
髭をたくわえた中年期の、画家仲間と共に映った写真が飾ってあったが、
目が落ちくぼんで影になり、思慮深そうな印象は変わらなかった。



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《トルコ風呂》 1907年 ジュネーヴ美術・歴史博物館

 ヴァロットンは ルーヴル美術館で、ドイツ、ルネサンスの作品を模写した。
アングルの絵に涙を流して傾倒し、これを描いた。
のびやかな曲線に、鋭い線で描かれた裸婦たちが、背景から浮かび上がる。
抑えられた色彩が、静かに心に響く。


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《肘掛椅子に座る裸婦》 1897年 グルノーブル美術館
 
こちらは打って変わって派手な色合い。
実物はもっと落ち着いた赤と緑で、お洒落。
平面的なのは浮世絵の影響。
色々計算された構図全体が、ツボにはまった。



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《夕食、ランプの光》 1899年 パリ、オルセー美術館
  
 1899年、ヴァロットンは大画商の娘ガブリエルと結婚し、裕福なブルジョワの仲間入りをする。
これは、引っ越したばかりのアパルトマンの一室で、妻とその連れ子たちと夕食を共にする光景である。
手前に、自身を黒いシルエットとして描いたヴァロットン。
向こう3人の遠いこと。
家族になじめず、ひとり疎外感に満ちていた画家の心情が窺える。



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《ポーカー》 1902年 パリ、オルセー美術館
  
夜の客間で、パリの大画商ベルネーム一族(妻の家系)が、すまし顔でポーカーをしている。
またまた、大きく引き伸ばされたマホガニーのテーブルの向こうにいる一族の、遠いこと!
厳しいプロテスタントの家系で育った、ヴァロットン。
一族との距離感がそのまま表されている。



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《貞節なシュザンヌ》 1922年 ローザンヌ州市立美術館

こちらは旧約聖書「ダニエル書」から、貞淑な妻スザンナが、夫の留守中に、好色な長老から貞節を汚されそうになる話を題材にしている。
ヴァロットンは、娼婦シュザンヌが男たちを誘惑するという、立場を逆転させた話に作り変えてしまった。
何かを企んでいそうに怪しげなシュザンヌの表情に対して、
男たちはいかにも間の抜けた感じがする、光沢まぶしい剥げ頭である。




 
《ボール》 1899年 パリ、オルセー美術館

宣伝でも使われていたこちら。
不思議な印象を受けるのは、前景は上から、後景は正面から撮った2枚の写真を、組み合わせて描いているからである。
まるで時が止まったように凍りついた空間。
生い茂っている木々は、少女に覆いかぶさるかの様。
見ていると不安を覚え、少女に思わず「気を付けて」と声をかけたくなる。




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《ロワール海岸の砂原》 1923年 チューリッヒ美術館
 
 こちらの風景画も、時間の流れが感じられない。
モチーフとして特に変わったものは描かれていないけれど、ダリの絵を思い出した。



これからが、特に楽しみにしていた木版画の数々。
先日のジャポニズム展で、1枚だけ出展されていたヴァロットンの木版画に強烈に惹きつけられて、絶対に見に行こう!と決心を固めたのだ。


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《嘘 (アンティミテⅠ)》 1897年 三菱一号館美術館

1891~1901年の僅か10年の間に、120点以上の版画を制作したヴァロットン。  
 白と黒のみのコントラストで作られた木版画たちは、構図から線の切り取り方からとにかく上手い!
こちらは《アンティミテ》(“親密さ”という意味)という、ブルジョワ風の室内を舞台に、男女の怪しい緊張関係を描いた10点から成る連作の1枚。
男女の偽善的な関係を、冷ややかな視線で描いている。



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 《お金(アンティミテⅤ)》 1898年 三菱一号館美術館

この黒の使い方!
こちらの絵は、男性が低姿勢で女性に話を持ちかけているように見える。
他の作品も、嘆く男性を冷ややかな視線で見つめる女性や、
ベッド上で、浮気にしか見えない関係を結んでいる男女など、
健全に見えるものは1枚もない。

そして、版画に限らず、ヴァロットンが描く絵は、どれも主導権を握っているのが女性に見える。
男性は脇役だったり、あからさまに滑稽だったり。
ここにも、ヴァロットンの女性に対するコンプレックスが感じられる。



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 《惰性》 1896年 三菱一号館美術館

構図も線の扱い方も、伸びきった猫も最高。



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《警戒》 1895年 三菱一号館美術館

!?!?


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《愉快なカルティエ・ラタン》 1895年 三菱一号館美術館

愉快すぎて、一緒にジャンプしたくなる。


 
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《ユングフラウ》 1892年 三菱一号館美術館
 
 こちらの霞は、どうみても浮世絵の影響。

他にも気になる版画が目白押し。
計187点ものヴァロットンの版画を所蔵しているというのだから、三菱一館号美術館、あっぱれである。


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《赤い絨毯に横たわる裸婦》 1909年 ジュネーヴ、プティ・パレ美術館
 
丁寧に化粧を施した、決して美人とは言えない女性。
挑発的にも、突き放しているようにも見える。
ヴァロットンはモデルをデッサンしてから、ひとりアトリエにこもって絵を仕上げたらしい。
常に冷静な視線をもってモチーフと向き合う彼は、モデルとの距離感も保ったのだ。
この前見てきた、バルテュスとは正反対・・・。


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《猫と裸婦》 1897-1898年 ローザンヌ州市立美術館

  ナビ派らしい室内画。
 平面的で、裸婦も猫もずいぶんと簡略化されている。
ずっとどこか緊張しながら鑑賞してきたので、この絵を前にホッとした。



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《竜を退治するペルセウス》 1910年 ジュネーヴ美術・歴史博物館

こちらは、ペルセウスが海の怪物から、アンドロメダを救う伝説をもとにしてある。
本来ならば、美しい女性の裸体を描く、格好のテーマだ。
しかしヴァロットンは、怪物をワニに、ペルセウスを滑稽な筋肉自慢の男に仕立て上げてしまった。
左にしゃがんで軽蔑の視線を送るヒロインも、全く美しくない。
 
後半になると、神話などをもとに、内容は辛辣なものが多くなり、見ていて辛くなった。
せっかく絵が上手いのに。
やはり彼、心に相当大きな闇を抱えていたに違いない・・・。


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《有刺鉄線(これが戦争だ!Ⅲ)》 1915年 三菱一号館美術館
  
 第一次世界大戦が始まると、ヴァロットンは従軍画家として、戦地で活躍した。
有刺鉄線に絡んで死ぬ兵士たち。
くねる線が特徴的で、興味をそそられた版画は、実は戦争の悲惨さを物語るものだった。


一通りみて、深読みしたり、緊張したり、何だかとても消耗した。
斬新な描き方に、皮肉やユーモアのセンス、多方面にわたる才能。
何より、ヴァロットンという複雑な内面を持った画家に興味がひかれた。
興味というか、途中から、心配というか、一種の恐れというか。。

病んでいるな・・・、と思っていたら、
晩年にはやはり、鬱病に苦しめられながら制作していたらしい。
それでも、「私は画家であり続ける、幸福にも」という言葉をこの世に残していったそうなので、
少し安心(?)した。

途中の、所蔵作品の展示室で、ドニの愛にあふれた絵が数点展示してあって、
何と心が安らいだことか。。


 一筋縄にはいかないヴァロットン。
“冷たい炎の画家”とは、こういう事だったのか・・・と見終わってからしみじみ。

これは必見です!!


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 冷たい炎の画家 ヴァロットン展 @三菱一号館美術館
(2014,6,14~9,23)
 

http://mimt.jp/vallotton/top.php
 
※作品保護のため、場内は温度が低く保ってあるけれど、三菱一号館美術館は特に涼しいと思います。
忘れて薄着で行ってしまって、後日風邪で寝込んでしまった(´_`。)
さては、ヴァロットンの冷たさにやられたか・・・・・・・。



あれ?
ばかは風邪をひかないはずじゃ(´・ω・`)?  
  
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 ボストン美術館 華麗なるジャポニズム展 印象派を魅了した日本の美 @世田谷美術館
(2014,6,28~9,15)


小雨の中、成城学園前駅からバスに乗り継ぎ、歩くこと15分。。
果たして、その甲斐は・・・!?


19世紀後半から20世紀初頭にかけて、西洋の美術識に多大な影響を与えたジャポニズム。
西洋の芸術家たちは、日本美術から何を学び、新たな美を創造したのか。
本展では、ボストン美術館所蔵品の、絵画、版画、素描、写真、工芸など150点を通し、テーマを分けて様々な角度から検証していく。

Ⅰ日本趣味(ジャポネズリー)
Ⅱ女性
Ⅲシティ・ライフ
Ⅳ自然
Ⅴ風景


入場してから、浮世絵の多さに驚いた。
西洋画1枚に対して、浮世絵も1枚用意し、どこがどう影響を受けているのか、細かく解説してある。

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 歌川国貞(三代豊国)・歌川広重 《当盛十花撰 夏菊》 江戸時代 安政5年(1858)

例えば、この錦絵。
派手な色づかい(黄、緑、白、赤)や、背景の菊に注目。


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フィンセント・ファン・ゴッホ 《子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人》 1889年

 浮世絵を愛し、模写したことでも知られるゴッホ。
友人の郵便配達屋の夫人を描いた作。
壁紙には、似たような花模様が。
この独特の色づかいの肖像画はよく見かけるけれど、浮世絵に影響されていたのか。


とりわけ浮世絵の中でも、広重の作品が多かった(他に北斎や歌麿など)
東海道五拾三次や、名所江戸百景など、浮世絵が好きな人なら1度はどこかで見たことが
あるような、有名なものが多い。

確かに広重の構図は面白い。
初めて見た西洋の画家たちは、その斬新さに度肝を抜いたはず。

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 歌川広重 《名所江戸百景 神田明神曙之景》 江戸時代 安政4年(1857)

 両端の木は左右で切断され、並木が左右に連なっていることを連想させる。
水平な木の枠組と赤に染まる地平線によって、画面に縦横の格子ができ、
間に小さな人物を配して、空間を演出している。


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エドヴァルド・ムンク 《夏の夜の夢(声)》 1893年
 
こちらの作は、上の広重の絵に影響されているのではないか、と検証されていた。
確かにそう言われればそんな気もしなくもな・・・い?
ドンピシャで1枚の絵をあてられるのがスゴいと思った。


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クロード・モネ 《ラ・ジャポネ―ズ(着物をまとうカミーユ・モネ)》 1876年

今回の目玉。
およそ1年の修復を経て、日本初公開!と推されまくっていたこちらの作、
噂通り、とにかく大きい(231.6 x 142.3cm)。
1室を陣取って、高く掲げてあった。
モデルはモネの最初の奥様カミーユ。
かつらをつけ、フランスの三色国旗を想わせる扇子を片手に、御座に立ち、背景にはおびただしい数の団扇が飾られ・・、と、
とにかく当時流行っていたジャポニズムアイテムの目白押しである。
そして何より目を引く、真紅の着物。
施された刺描は、とても成功に描写されている。

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修復され、鮮やかさを取り戻したこちらの武者に注目。
刀を抜こうとする両腕。
あまりのリアルさに、パッと見、本物の腕がにょっきり生えているかの様に見える。
只でさえ頭上高くにあるカミーユの顔は、丁度ライトが当たって見えにくく、
目線は自然と、この正面の武者にいってしまう。
離れてみても、どうしてもこのリアル武者(の腕)に目がいってしまい、
肝心の絵全体を、上手く愉しむことが出来なかった・・・orz



行ってみて気づいたのだが、今回の展示会、コンセプトを把握していなかった。
予想外に浮世絵の多いこと!(確かに広重は好きだけれど)

本日は西洋画をたくさん見るつもりで来てしまい、脳内は西洋画モード全開である。
しかもその西洋画も、日本の影響を受けた絵、ということであって、その作家の中で、特別な絵、という訳でもなく(爆)
音声ガイドも、今回に限ってなのか、ド素人の自分でも退屈してしまう様な初歩的なもの。
そんなこんなで会場を進むうち、心境までも、今日の天気に倣って雨模様に・・・(自分がいけない)


以外にも面白かったのは、宣伝であまり取り上げられていない、リトグラフやエッチングの作品であった。
特に1番気に入ったのがこちら。

 
ジャック・ヴィヨン 《トランプ遊び》 1903年
  
 弓なりに横たわる女性も、散らばったトランプも、犬の配置も、全体のバランスが非常に面白い。
大きすぎる帽子も、壁紙の模様も、裏になったトランプの重なり具合も、構えて座る犬のポーズも。
ジャポネーズより、この絵ばかり見ていた。



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ジスベール・コンバズ ディートリッヒ社 12枚組ポスト―カード〈四大元素〉より 《空気》、《水》、《水》、《火》 1898年

こちらも非常に気に入った作。
左上から時計回りに、それぞれ空気、水、火、水、が表されている。
1900年前後の世界的な絵はがきブームにのって、ベルギーの出版社が手がけた。
明瞭な輪郭線、大胆で鮮やかな配色、自然界をモチーフに扱ったところは、日本美術の影響。
かわいい!!



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アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 『レスタンプ・オリジナル』第1年次のための表紙 1893年

キャバレーの踊り子であるジャンヌ・アヴリル。
版画の擦りあがりを確かめ、踊り子というよりも、知的な教養婦人として描かれている。
女性が芸術を鑑賞し、評価する立場になった時代が表されている。

 ロートレックは他にも、シンプルなリトグラフがあり、純粋に線の動きを愉しめた。



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 フェリックス・エドゥアール・ヴァロットン 版画集『息づく街、パリ』より《にわか雨》 1894年

1枚だけ展示してあった、ヴァロットン。
画面の中で色々な角度が楽しめる。
只今開催中の、ヴァロットン展(三菱一号館美術館)に、早く行かなきゃ!


 
 モーリス・ドニ 版画集『アムール(愛)』より《私たちの魂はゆっくりとした動作のなかに》 1898年

ドニの絵はいつ見ても、何か心に響くものがある。
この絵は、題名の通り愛が滲み出てくるようで、温かな気持ちになった。


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クロード・モネ 《睡蓮》 1905年

最後に、モネの睡蓮を。


他に、ドガやゴーギャン、ルノワールのリトグラフや、マティスの油彩画など。
実に多くの欧米画家たちに、日本美術が影響しているのか、よくわかった。 


今回の企画展、
モネが好き、生まれ変わったジャポネーズをぜひとも我が目で!
という方にはオススメしたい。

ボストン美術館 華麗なるジャポニズム展 印象派を魅了した日本の美 @世田谷美術館
(2014,6,28~9,15)


http://www.boston-japonisme.jp/top/


チケット代+音声ガイドで¥2000+土産代上乗せで¥3000弱ねぇ(-з-) ←何だこの顔は


帰り道。。
連日の猛暑はどこへやら、雨足は強さを増し肌寒く・・・。
世田谷美術館に来たのは今回が初めて。
稀にみる方向音痴な自分には、来た道を辿って行くことすら難しい。
日は沈み、薄暗くなった中をひとり急ぐ。

途中、心細さからか、近くにあったスーパーに吸い寄せられるように来店。
最初に目についた特価の梨(¥98)を1つだけ手に取り、フラフラとそのまま購入。
という訳のわからぬ買い物を済ませ、ひたすらバス停を目指す。
実はスーパーの真ん前にあったバス停には目もくれず、
帰りのバスの進路とは反対方向に、歩道を突き進む。

バス停を見つけた時は、どんなにホッとしたことか・・・(ノ_-。)
行きで降りたバス停から、まさかの3駅後退。
必死で歩いて来た道のりを、またバスで通り越す切なさ(笑)

帰宅後、冷やして食べた梨は甘くて美味しかったです( ̄▽+ ̄*)

ありがとうございました。