2015年第1弾!
チューリヒ美術館展で作品を目にした時から気になっていた、ホドラー。
終了間近!ギリギリ行ってきました~(´∀`)
日本・スイス国交樹立150周年記念 フェルディナント・ホドラー展 @国立西洋美術館
(2014,10,7~2015,1,12)
http://hodler.jp/index.html
19世紀末から20世紀初頭にかけて、スイスの象徴主義を代表する画家、フェルディナント・ホドラー(1853-1918年)。
スイス国民に絶大な人気を誇るホドラーは、生涯を通じて自国に身をおき、象徴主義に傾倒する一方、身近なアルプスの景観を描き続けました。
また、類似する形態の反復によって絵画を構成する「パラレリズム」(平行主義)
という方法を提唱し、人々の身体の動きや、自然の事物から起こる、生きた「リズム」を描き出しました。
国内で40年ぶりの回顧展となる本展は、8割以上が日本初公開。
約100点の作品を通じて、ホドラー芸術の全貌に迫ります。
《マロニエの木々》 1889年 ジュネーヴ美術・歴史博物館
ホドラーの風景画といえば、明るい色調で、ちょっと装飾された絵を思い浮かべていたが、初期にはこんなに写実的な絵を描いていてびっくり。
14歳で風景画家のもとに弟子入りしたホドラー。
若い頃は、フランスの写実主義に傾倒していた。
10代や20代に描いた作品は、どれも写実性に優れていて、美しい。
しかし、後にこの慣習的な風景画から脱して、自らの目に映る風景を描くようになる。
上の作品は、36歳の頃の作。
水面に映る木の部分は、後から青いクレヨンで塗りつぶして、暈しであることが、近年明らかになった。
写実的な絵から、抽象的な絵へ、移行していこうとしている段階ととれる。
《病み上がりの女》 1880年頃 ヴィンタートゥール、オスカー・ラインハルト美術館アム・シュタットガルテン
こんな繊細なタッチの人物画も描いていたとは。。
スイスの首都ベルンの貧しい家庭に、6人兄弟の長男として生まれたホドラーは、7歳で父親を亡くし、32歳までに母親と兄弟すべてを結核で失っている。
1880年代から、人間の内面を重視する、象徴主義に傾倒した彼だったが、
不幸な生い立ちのせいか、19世紀末までは、「死」をまとった暗い作品が多い。
と、散々解説では「暗い」と記されていた、が。
この時期の作品は、ホドラー自身が貧しい階級で育ったため、労働者の様子をありのままに描いた、ミレーに似た様な印象の絵や、人間の「苦悩」や「死」をいかに表現するか、その純粋に真理を追究しようとする姿勢がバシバシ感じられる絵が多く、題材は重くとも、特に暗い感じは受けなかった。
《感情Ⅲ》 1905年 ベルン州
曲線が目立つ、太い輪郭線、これこそ、自分の知っているホドラー!(といっても、思いっきり宣伝に使われていた絵だけれど笑)
20世紀に入る頃から、ホドラーの作品は、「死」のイメージから「生」のイメージへと転換していく。
身体の動きによって表わされる人間の感情と、その運動から生まれる「リズム」の表現を追求し、彼はそこから、「パラレリズム(並行主義)」(自然の中に、様々な形態の類似や反復、左右相称な構造や均衡を見出し、画面を再構成する方法)を提唱し、作品に取り入れた。
“どんな感情も身振りをもつ”
豊穣や美を象徴するポピーが、無数に散らばった背景。
少しづつ身振りの異なる、4人の女性の形の連続から、ホドラーが追及した「リズム」が生まれる。
顔を後ろにそむけているため、鑑賞者は彼女らの感情を自由に想像することができる。
《悦ばしき女》 1910年頃 ベルン美術館
この頃からホドラーは、スイスの音楽教育家、エミール・ジャック=ダルクローズや、オーストリア出身の思想家、ルドルフ・シュタイナーによる、前衛的な舞踏のイメージを、作品に取り入れるようになる。
全身をつかって、生の悦びを表す女性。
モデルは、ホドラーのミューズであり、恋人であったパリジェンヌ、ヴァレンティーヌ・ゴデ=ダレル。
ホドラーの描く女性は皆、舞踏家らしく、引きしまって筋肉質な体型をしている。
《昼 Ⅲ》 1900/10年頃 ルツェルン美術館
左右相称の均衡を保ちながら、それぞれ違う動作をとる女性たち。
日の光を浴びて、夜から昼、静から動へと覚醒していく。
両手を掲げ、安定した姿勢をとる女性を中央に、右の女性は、眩しそうに光を遮るような、そして左の女性は、光を受け入れ、祈るようなしぐさをしている。
《ミューレンから見たユングフラウ山》 1911年 ベルン美術館
自然を、最も強い想像力の源として考えていたホドラーは、スイス・アルプスの自然を描き、自然界にも、リズムや構造を見出そうとした。
1900年代以降、彼は風景を抽象化していき、山や雲を、画面を構造する要素として扱うようになる。
渦を巻くような形をした雲。
太い輪郭線に強いコントラストで描かれた岩肌は、面が強調され、装飾的なパターンが生み出されている。
構造を意識して描かれているせいか、セザンヌの絵を思い出した。
鮮やかで大胆な色づかいも、独特な構成の岩肌も、見応え抜群。
気に入った!
《シェーブルから見たレマン湖》 1905年頃 ジュネーヴ美術・歴史博物館
こちらの作品も、雲がずいぶんと装飾され、丸みを帯びている。
水平線を境に、画面上下に分けられた空と湖は、平行するふた
つの世界をつくり出している。
この並行の構成が、ホドラーのいう「パラレリズム」の原理である。
単純化された形態、大きく広がるブルーの空間に、ほっこりと癒された。
《トゥーン湖とニーセン山》 1910年 個人蔵
ピラミッド型が特徴的なニーセン山は、パウル・クレーなど、多くのスイス人画家を魅了した。
ホドラーはこの山を、山肌が幾何学的な模様に再構成した。
湖に映る姿や岸辺も含め、シンメトリーな形態は、安心感を呼ぶ。
《白鳥のいるレマン湖とモンブラン》 1918年 ジュネーヴ美術・歴史博物館
こちらは時代がとんで、ホドラーの没年に描かれた、最晩年の作。
身体の自由を失った彼は、住居の窓越しから見える、このレマン湖とモンブランの風景をくり返し描いた。
大胆な筆致に、鮮やかな色彩。
手前に並んだ白鳥たちが、まさにホドラーの追究し続けた「リズム」を表している。
この作品も含め、全ての作品を通じて、色づかい、配色の仕方にセンスを感じた。
以上、作品の解説はここまで。
他にも、スイス紙幣につかわれた作品や、スイス国立博物館や、チューリヒ美術館の壁画を制作した際の、絵の習作展示を通して、
いかにホドラーが、スイスの「国民画家」として、自国に愛されているか、よくわかった。
時代ごとに変化する彼の作風にあわせて、画家自身が何を求めて創作し続けてきたのか、その内面も知れる、良い機会となった。
大満足の内容でした。
個人的には、「PART4 変幻するアルプス-風景の抽象化」の、
風景画を扱った部屋がお気に入り!
ずっと見ていたかったなぁ(*´ω`*)
日本・スイス国交樹立150周年記念 フェルディナント・ホドラー展 @国立西洋美術館
(2014,10,7~2015,1,12)
http://hodler.jp/index.html
おすすめです!といっても、東京は終了間近・・・(;´ω`)
残り2日、ま、まだ間に合う!!ヾ(。`Д´。)ノ
゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆ ゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆ ゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆ ゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・
新年あけましておめでとうございます(遅)
個人的な記録として始めたブログですので、よそ様が読んでも何のおもしろみもないぽんこつブログですが、どなた様かの暇つぶしにでもなれば幸いです。
しかし、ハズした美術展は、皆さまどのようなテンションで記事を書かれているのでしょうか。
書かずにシカトでしょうか。
素直に、つまらん!で済ましていますでしょうか。
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そして溜まっていく、保存フォルダ・・・ (´_`。)
もっと気楽に書けばいいのに・・・( p_q)
誰がしてくれるわけでもないのに、怖くてコメント欄も開けない私って一体・・・( p_q)
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皆様にとって、良き、美術展yearになりますように!!
































































































