生命(いのち)の相貌(そうぼう) | 大分アントロポゾフィー研究会

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人が 鉱物界から エーテル界へ そして アストラル界へと 越境するとき

そこには 必ず 霊的な飛躍が ある。

 

鉱物界とエーテル界とは連続しておらず、その境い目を乗り越えるためには、ある本質的な意味において、無理めいたものが伴うのだ。

死産や病気、さらには事故死を省みれば、鉱物界とエーテル界の間に横たわる死の境域を垣間見ることができる。

 

鉱物界から直接的にアストラル界へと至ることはできない。エーテル界が介在して、初めて人は鉱物界からアストラル界へと歩みを進めることができる。

植物が動物になるにはどうすればよいか。どうしようもない。それは端的に不可能だ。つまり、エーテル界からアストラル界へと歩みを進めることは、・・・それは、いわば無意識状態から意識を有する状態への移行であり、エーテル界の側からの、そしてアストラル界の側からの、つまり双方向のベクトルが機能しない限り、それは成し得ないのである。