2023.8.4 ST | 大分アントロポゾフィー研究会

大分アントロポゾフィー研究会

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神秘主義者や芸術家は醒めた意識性をもって

現実と対峙し他者の他者性に向き合わなければならない。

そうすることで神秘主義者はシュタイナーのようになれるし

芸術家はベートーヴェンのようになることができる。

 

夜叉他者の他者性とは

人間の魂の中に蠢く(うごめく)ルシファーとアーリマンのことである。

これらの存在の正体は霊的な(倫理的なせいかく(性格・性質)をもつ)思考内容=概念である。

それは人間がこの地上の世界を生きるかぎり

日々 日夜 表明し続けなければならない魂の態度に似た姿をしている。

その姿を人間のとその表情あるいは体の身振りで芸術的に表現することができる。

俳優やダンサーはそのような芸術のプロフェッショナルである ~ 田中泯さん♡

普通の人はプロフェッショナルになることはむずかしいが

表情や身振りのナイーブな芸術家になることはできる。

と言うか…この地球上に無数に存在している普通の人びとは

実はすでにこの世に生まれ落ちたときから今に至るまで

ずーっとそのような芸術家であり続けているのだ。

そのことを恥じる必要はまったくない。

しかし残念ながら物心がつきはじめると

普通の人はほんとうに普通の人に徹するという悲劇的な決断をしてしまい

自分が芸術家であるというほんとうは核使用もない隠しようもないシンプルでビューティフルな厳然たる事実を

忘れたふりをするようになってしまう。おそらく恐怖と不安に駆られて。

そのような状態に陥った普通の人びとのことを悟性魂人間と呼ぶことにしよう。

悟性魂人間たちはつるんで、神秘主義者や芸術家のような部外者(アウトサイダー)である意識魂人間をいじめにかかる

意識魂人間はいまだに少数派(マイノリティー)にとどまっているが

そのことによって意識魂人間の魂の内に

そのような迫害に耐える勇気と”オレは一人でも行くぜ!変だヘーンダっ”というような誇りを生み出すことがある。

そうなればしめたものである。

そのようなあなたやわたしにはもう怖いものなんかない、なんにもないのである。なんにもないうちゅう(宇宙)と

もういまや(今や)

いったい(一体)= unio mystica ダーっ!。( *´艸`)

 

***

 

未熟な神秘主義者や芸術家はいっぱんにきわめて身勝手なエゴイストである。

自分以外の存在のマナーが気に食わず

自分のことを全く理解しようとさえしないかに見える 他者との間で 絶えず衝突が起こる。けんかしてしまうのである。

 

***

 

他の誰かがわたしを褒め(ほめ)たたえはじめたら

褒め(ほめ)られた会館快感にひたりきって溺れる(おぼれる)のではなく

なぜ褒め(ホメ)られたのかあたまをひやして冷静に検討しなければならない。

批判されたらその批判から目を逸らし(そらし ソラシ♪)無視(むし 虫)しようとするのではなく

ちょっとあたまをひやして 冷静になって

その批判をきっかけにして

みずからの魂において生じている自己疎外の文脈を探り当てて

それを/脱構築/déconstruction/しなければならないのだ … noda dano / dano noda / adon onad / très bien ♡

 

***

 

♪ Mozart: Symphony No.40 in G minor K. 550 / Royal Concertgebouw Orchestra, Nikolaus Harnoncourt