フクシマ以後の世界を生きる(1) | 大分アントロポゾフィー研究会

大分アントロポゾフィー研究会

ブログの説明を入力します。

フクシマ以後の世界を生きる~序章

1沈黙の春
「自然は沈黙した。うす気味悪い。鳥たちはどこへ行ってしまったのか。みんな不思議に思い、不吉な予感におびえた。裏庭の餌箱は空っぽだった。あぁ鳥がいたと思っても、死にかけていた。ぶるぶる体をふるわせ、飛ぶこともできなかった。春が来たが、沈黙の春だった。いつもだったらコマドリ、スグロマネシツグミ、ハト、カケス、ミソサザイの鳴き声で春の夜は明ける。その他いろんな鳥の鳴き声がひびきわたる。だが、いまはもの音一つしない。野原、森、沼地ーーみんな黙りこくっている。
(レイチェル・カーソン「沈黙の春」青木梁一訳、新潮文庫P12、「第一章明日のための寓話」より)
「見た目には何も変わっていない風景ですが、自然界で少しずつ異変が現れているのだと気がついたのは、事故後すぐでした。春なのにツバメやモンシロチョウが少なかったのです。夏になってもセミの声があまり聞こえませんでした。稲に群がっていたスズメも、2012年の秋にはほとんど見かけませんでした。
(佐藤幸子「福島の空の下で」創森社p3、「いのちと暮らしが最優先~序にかえて」より)

2フクシマで起きいること
2011年3月11日、地震と津波が引き鉄になって生起したシビルアクシデントによって「日本の中のふくしま」は、「世界の中のフクシマ」になった。世界中から注がれる強い関心のまなざしの中で。
フクシマで起きたことは、まだ終わっていない。公式には「三つの原子炉がメルトダウンし、三つの水素爆発が起きた」ことになっているが、少なくとも一基の原子炉はメルトスルーしており、3号炉では「核爆発が起きた」という説がECRRの事務局長クリス・バズビーや物理学者の槌田敦などから提起されている。このメルトスルーと核爆発の仮説を考慮しないと、発生から2年5ケ月たった今も毎日1万ベクレル/時の放射性物質が放出しつづけていること、毎日400トンも汲み出している流入する地下水の汚染が薄まっていかないこと、その他、その他、説明のつかないことが多すぎる。
今年の5月下旬に国連の「原子力の影響に関する科学委員会」が、「フクシマの事故によるヨウ素131の放出量はチェルノブイリの事故の1/7にすぎないから、子どもの甲状腺ガンの発症は多くないだろう」と発表した。だが、チェルノブイリでメルトダウンを起こしたのは4号炉だけであり、述べ数60~80万人といわれるリグビダートル(決死隊)の犠牲者を出しつつ挑んだ消火と石棺による4号炉の「閉じこめ」によって、放射性物質の放出・漏洩は止まった。わずかこれだけの対比によっても、チェルノブイリよりフクシマの方が放射性物質の放出量がはるかに多いことが推測される。
アメリカの科学者団体「憂慮する科学者たち」のデイヴィド・ロックバウムは、2011年6月15日マサツセッツ州ダクスベリー市の危機管理局・原子力諮問委員会主催の公開討論会「フクシマはここでも起こるか」におて、「フクシマでは、過去に起きた全ての原子炉事故を合わせた以上の核燃料が損傷したとみられる」と発言している。この発言がなされた後にも今日まで、4基の原子炉からの放射性物質の放出・漏洩はつづいている。
東電福島第一原発の過酷事故は、その正確な原因がわかっていない、その終わりが見えていない、
そしてこれまでに放出・漏洩された放射性物質の核種とその量もわかっていない。これからさらにどれだけの核種とどれだけの量の放射性物質が放出・漏洩するのか、見当もついていない。この意味で私たちは、今もフクシマのただ中に生きている。

3フクシマ以後に進展していること
群馬、栃木、埼玉の山や湖や原野や居住地に降り注いだ放射性物質は雨水や地下水によって川に流入し、川底のヘドロに沈着して下流に運ばれて海に流れ込む。荒川、江戸川、隅田川、神田川などの川底のヘドロに沈着していた放射性物質は、2013年には東京湾に流れこみはじめ、外海への流れが弱い東京湾いっぱいに広がり、沈着・堆積していくと予測されている。群馬などの山中の湖のワカサギやニジマスなどが捕獲禁止・食禁止になっているように、東京湾の魚貝類も捕獲禁止・食禁止となる日が近づいている。
東電福島第一原発から海へ放出され、あるいは流入した放射性物質は、2020年にはアメリカ西海岸に到達する、と予測されている。海に放出された放射性物質の一部は、食物連鎖によって濃縮されれつつ、ふたたび人間のもとに還ってくる。海に放射性物質に汚染されていない海水・土砂・海藻類~被曝していない生き物は、無くなってしまうことになる。
フクシマのシビルアクシデントでは、高線量の放射線をあびて即死的に被爆死する人、1~2週間のうちに全身の細胞が破壊され、崩壊して死にいたる人はいなかった。このためIAEAやICRPやこれらの機関を無謬の権威とする者たちは、「フクシマの人体や環境への影響は、チェルノブイリよりもずーっと少ない。地球と人間の存続の脅威となるものではない」と思いこもうとし、そのように広報・宣伝しつづけている。、
だけど、フクシマのシビルアクシデントがもたらしつづけているのは、低線量放射線の内部被曝による人体と地球への破壊作用とその脅威である。フクシマの人々のまなざしは、IAEAやICRPや放影研などとその広報をつとめてきたメディアによってつくられてきた無関心の壁を突き抜けて、チェルノブイリの事故によって汚染された地域に住んできた人たちの25年の日々の実情に、その人たちの検診・治療~病理学的解明に献身してきたベラルーシやウクライナの医師や検査技師や病理学者たちの訴えに、向かっていった。それによって日本ではじめてベラルーシの病理学者ユーリ・Ⅰ・バンダジェフスキーのレポート「放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響」が翻訳され、出版された。そして、2011年6月から2012年5月の間だけでも6回訪日して、彼を招いた日本の諸グループが主催する「勉強会」で講演してきた。そして2013年4月には二冊目の報告書「放射性セシウムが生殖系に与える医学的社会学的影響~チェルノブイリ原発事故、その人口「損失」の現実」が出版された(両著共に合同出版)。
このバンダジェフスキーの研究・レポートがたくさんの日本人に読まれていくという画期につづいて、核戦争防止国際医師会議ドイツ支部の「チェルノブイリ原発事故がもたらしたこれだけの人体被害」(合同出版)やロシアの医師・研究者たちの共同の調査報告「チェルノブイリ被害の全貌」(岩波書店)、オリハ・Ⅴ・ホリッシナの「チェルノブイリの長い影~現場のデータが語るチェルノブイリ原発事故の健康影響」(新泉社)、馬場朝子・山内太郎「低線量汚染地域からの報告~チェルノブイリ、26年後の真実」(HNK出版)などが次々に出版され、読まれてきている。
低線量内部被曝の脅威に対するフクシマの人々のまなざしは、1945年の最初の大気圏核実験から原発の稼動、事故によって放出・漏洩されてきた放射性物質の人体と地球に対する影響へとむかった。たとえば、「大気圏核実験によって放出された放射性物質の総量は、チェルノブイリ原発事故で放出された放射性物質の10倍を超えている」といった指摘が、身に迫る現実として感じはじめられたからである。
この人々の指向的まなざしに応えて、1ラルフ・グロイブ/アーネスト・スターングラス「人間と環境への低レベル放射能の脅威」(肥田、竹野内訳、あけび書房)が2011年6月に翻訳・出版された。2011年9月には、ジョン・W・ゴフマン「新装版・人間と放射能~医療用X線から原発まで」伊藤昭好、今中哲二、ほか訳、明石書店が再刊され、2013年4月には、1994年に肥田、斉藤によって翻訳・自費出版されていたJ・グールド/ベンジャミン・ゴールドマンの「死にいたる虚構」が、「低線量放射線の脅威」(今井清一/今井遼一良一訳、鳥影社)として出版された。
原発の日常的稼動によって漏洩する放射性物質が周辺住民に何をもたらしているかを調査・検証したJ・グールド/E・スターングラス、他「内部の敵」が、1999年の肥田、竹野内、他による翻訳・自費出版-版から「低線量内部被曝の脅威~原子炉周辺の健康被害と疫学的立証の記録」と改題されて緑風出版から発行された。
これらの本の翻訳・出版とその中で白日の下にさらされた低線量放射線の内部被曝によって生起している現実に直面し、受け止め、認識ー受容していくことによって、初めて「フクシマに何が起きていて、これからどんな現実が立ち現れてくるのか」が解かってきたのである。この解かってきたたくさんの人々の意思の結晶のようにして、2011年11月に「市民と科学者のための内部被曝研究会」の設立が発起され、2012年4月に設立総会が開催された。2011年10月になされたヒロシマ高陽第一診療所の医師の呼びかけに応える形で「福島診療所建設委員会」が結成され、その支援要請の呼びかけに日本を超えて世界各地の市民個人やグループから応答がよせられ、2012年12月に「ふくしま共同診療所」の開設となった。
この「市民と科学者のための内部被曝研究会」と「ふくしま共同診療所」は、故高木仁三郎によって設立された「原子力情報資料室」とともに世界の情報センター、研究センターとしてその歴史的使命を担っていこうとしている。
これに対して、2012年12月15日~17日に郡山市で「原子力の安全に関する福島閣僚会議」を開催したIAEAは、「多くの国にとって、原子力は今後も重要な選択肢だ」と言い切った天野事務局長の演説を受けて、「エートス・プロジェクト」の推進を打ち出した。それは、「ここに住みつづけるための文化をつくっていかなければならない」「実用的な放射線防護文化を子どもたちに継承しなければならない」「8歳の子どもから放射線検知器の使い方を教えなくてはならない」といった運動で、この「福島閣僚会議」に参加した145ケ国の政府によって、IAEAと三つの協力協定を結んだ福島県によって、推進されようとしている。
このIAEAを国際的権威とし、アメリカの「アトムズ・フォア・ピース」世界戦略の推進として「日本の原発輸出政策」がある。過酷事故発生の原因も明らかにできず、「終わり」への見通しも、収束へのロードマップも明示できていなのに、「福島の事故の教訓を活かして、世界一安全な原発をつくり、輸出する」と言う首相以下の面々の発言は、「その人(人間=自我)が語っている言葉」なのだろうか。