向こうからベクトルが来たとき、こっちのベクトルと出会うということが起こる。
こっちからベクトルが行っても、向こうからベクトルが来ないこともある。
向こうからベクトルが来ても、こっちからベクトルが出ていないことがある。
向こうから来るベクトルとこっちから行くベクトルの向き/角度がかみ合わずに、両者が出会わないということもある。
すれ違いだ。
ベクトルとは本来の意味における思考であり、それは純粋思考であり、それは霊である。
だから、出会いが起こらなければ、霊は顕現できないのだ。これはすなわち、出来事の魔術であり、出来事とは奇跡に他ならないの謂いである。
霊というものがとらえがたい理由はここにある。
向こうから来るものを十全に受け止めるためには、こちらからも行かなければならない。適切な方向を魂が向いていなければならない。ベクトルの向きと角度がずれていれば、出会いは生じない。出会いのないところに、出来事は生じない。出来事が生じなければ、霊は顕現しない。
霊が顕現すれば、そこは霊の光に照らされ、そこは特別な場所、特別な空間、そして特別な時間になる。
そこは、エゴイズムやニヒリズムとは無縁だ。地上の言葉で言い表すこともできない。
直観であり、純粋思考なのだ。