今回はまず、「四耐」がどういうものか知ろうと思った。
前回の記事でも取り扱った四耐がどういうものなのかを知って、その上で自分の考えと照らしあわせてみようと思ったのです。



そもそも四耐とはなんなのか。
「四耐四不訣」という、19世紀の中国(清代末期)の政治家・曾国藩が書いた心の持ち方。その一部が四耐。

そして、こちらが「四耐四不訣」。
耐冷、耐苦、耐煩、耐閑。
不激、不躁、不競、不随。以成事。

翻訳すると、「耐」は耐える。「不」はしてはいけない。
四つの耐えるべきこと。
四つのしてはいけないことが書いてある。



なるほど。
「四耐四不訣」について理解はできたと思う。
その上で思ったこと。
 

何を避けるかは書いてある。
ただ、日常でどう意識し、どう動いていくと良いのか。
そこが私の中でピンとこなかった。

私はこれまでの人生で、心がいっぱいになるまで「耐える(ガマン)」「してはいけない」を意識して生きてきた。その上で、「耐える」「してはいけない」を、これからはやめようね、と言われてもピンとこない。逆に「素直に」「自然に」が良いよね、ということは論理としては分かるが、具体的な日常のアクションに結びつかないのだ。

まぁ・・・ここは意識すべき方向ではない、ということが心の底から分かっていることは、一つの大きなアドバンテージともいえるかもしれないけど。



では、自分では何が大事と思うのか。
まず私が思う大事なポイントは、どこに意識の軸があるか、だろうか。

まず、「耐える」のについて。

私の場合、こう考える、ということなのですが。
「出来事」に意識が向く。
「出来事」を「耐える」。

自分が受け身。意識の軸が自分にない。
ガマン、発散できない思い、ストレスが溜まる。

次に、「してはならない」について。

これも私の場合、です。
善悪の基準が出来る。
「正しい基準」に合わせに行く。

自分が受け身。意識の軸が自分にない。

さらに、攻撃、否定、を生み、悪を責める。時には自分を、時には他人を。

色々と限界になって、
色々と心を整えてきて。
その上で、今こう思う。



ではどうあるのがいいと思うか。

意識の軸を、今の自分に置くこと。
これに慣れるのが大事だと思っている。

まず、
どう考えてもいい。どういう選択をしてもいい。
今、私は、この選択を選んでいる。

そして、
自分にはどうにもならないものをどうにかしようとしない。
自分以外の人、もの、出来事とか。
そういうものだから、の意識。

 



「耐える」を選ぶこともある。
相手が怖いからでもない。
自分が弱いからでもない。
自分が「耐える」という選択をしたから。

「素直に」を選ぶこともある。
従うのが正しいからでもない。
自分の意見が間違っているに決まっている、と決めつけているわけでもない。
自分が「素直に」という選択をしたから。

 



大事なのは、今の自分が選んでいるという感覚を持つこと。
それが、外に向いている意識の軸を今の自分に戻す、ということ。

意識の軸が自分に戻ってきたら、次は自分がどうするかを選んでいくステップ。

今、私は、そんなふうに思っている。