自閉症スペクトラムの息子が書いた英語スピーチ【後半/発達障がい】 | ママのシドニービーチライフ(続編)

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2006年オーストラリア移住後、2014年4月~2016年9月まで日本で過ごし、またシドニーへ戻ってきました。8才年の差姉弟の母の日常を綴るブログです。


2007〜の旧ブログ『ママのシドニービーチライフ』
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英語の先生に初めて褒められた息子のスピーチ 


前半は偉人の言葉についてでした。

下矢印








サムネイル
 


母、英語力ないから、翻訳アプリで
日本語訳にしました。

アメブロ文字数制限にひっかかり、
全文がいっぺんに載せられなくて、
前半の偉人の言葉、
後半の本人の言葉の
2回に分けることにします。



スピーチ後半


最後に、私自身について、

そして私が経験したこと、

そして克服すべき課題について

お話しします。

 私の人生の厳しい挑戦は

幼稚園から始まりました。 

学年の初め、

私は学校が始まるとすぐに

日本の学校に転校しました。


 周りの学習環境は

一変しましたが、

それでも優しいものでしたが

私は年々ゆっくりと学び、

適応するようになりました。


 しかし、しばらくの平和の後、

私はより多くの困難に

直面しなければなりませんでした。


 2年半後、私が2年生の終わりに、

私は父の仕事のために

再びオーストラリアに

引っ越さなければ

なりませんでした。  


また、学習環境が変わりました。 

これは私の人生で

2度目の変化でしたが、

全く違ったものでした。 


日本とオーストラリアの

学習システムの劇的な違いが

私を引きずり下ろし、

私は基本的な英語の基礎の多くを

見逃していたので、

私はより遅い学習者になり、

その結果、

私の言語化スキルも貧弱でした。


したがって、私は英語を学び、

私は、同じ学年の他のみんなに

追いつくことは

はるかに困難でした。


 私が直面してきた、

これらの厳しい課題にもかかわらず、

私は英語を学び、

理解するために懸命に働き、 

年が経つにつれて、

私は私が得た経験を

同化することによって、

私と同じ年齢に近いレベルに

私の英語スキルを向上させ

これらの課題の

克服に近づきました。


 さらに、今でも私は挑戦を克服し、

目標を達成するために

自分自身を改善しています。


このような点を考えると、

私は「滑らかな海は熟練した

船員を作るものではない」と

考えており、

私を含め誰もが覚えて

おくべきことは、

困難な人生であっても、

待ち受ける苦難を

乗り越えることによって、

人々は変化し、

成功のレールの上で

楽な人生を送ることで

達成できないものを

得ることができるということです。 

人々は、

提示された厳しい課題を克服し

最終的に人生の真の成功を達成し

重要な人に成長することによって

真の成功を

達成することができます。






これを公開しようと思ったのは、

知的発達の遅れがなく、通常学級に通う
バイリンガル環境で自閉症の子供達が
小さい頃に抱える悩みの一つ、

自閉症スペクトラムの子供の
言葉の発達の遅れ

を目の当たりにした時に
複言語の環境下では
さらに言語発達が遅れていき、
単言語の環境下に
変えたほうがいいのでは?

と悩む時期があるからです。

わが家ももれなく
チャイルドケア〜小学生の時期は
ずーっと悩み思考錯誤していました。

自閉症スペクトラムの子供達が
複言語学習出来るという
小学校のEALDの英語の先生と
スピーチパソロジストの先生の
セミナーで聞いた話を信じて

英語の成績は気にせず、
通常学級のクラスメイトと比べない。

子供のペースで出来ることをやるを
繰り返しています。

今も積み重ねている途中で
大学に進学できるかは分かりません。

同じように今悩んでいる家族の
励みになったらいいと思い、
公開しました。



最後までお読み下さり、

ありがとうございますお願い