普段から、細胞や遺伝子学を学んでいるから、ハイスクールのラボで、顕微鏡を使って、細胞分裂とかを見たり、羊の脳みそとかの解剖したりは平気だったと言ってたけど、今回は初めて人間のホルマリン液に入った 色んな病気感染した人の身体の各パーツ を見てきて、皮膚の状態とかが気持ち悪かったぁと
海洋生物学を学びたくて、試験のために科目選択しているので、仕方がないのですが。。。
ハイスクールのエクスカーションフォームにサインしたけど、大学のラボに行くとは書いてあったけど、そんな刺激的なものを見ますとはなかったのでびっくり
自腹で、先生と電車とバスで行くのに、エクスカーションフィーまで払った
Year 11から、またオーストラリアで本格的に受験生になり、色々と紆余曲折して、小さい頃からの 海の中の仕事をしたい という夢から、ちょっとずつ違う道へと傾いてきましたが、そろそろ大学に行くなら、どの学部にするかを9つぐらいリストアップする時期になり、悩んでいました。
ケアンズのスタディツアーに行く前に、エクスポで、いくつかの大学と複数のコースに定まってきましたが、海とは全く違うコースも選択肢に入りました。
本当にいいのかなぁと思いながらも、海には旅行でも遊びでも行けるから、仕事は休みが取れたり、世界中に行けるような仕事でもいいよねと話していました。
アリエルになりたい!とかなり真剣に人魚になる気満々だった3-4才。
みんなは、ディズニープリンセス
の中で、シンデレラかオーロラに夢中だったけど、うちの子は、ひたすらアリエルになりたくて、裁縫苦手な母にアリエルのコスチュームを作らした懐かしい時代。
あれは、ワタシの後にも先にも最高傑作。
ハロウィン以来、秋も冬も、うちに帰ると、コレに着替えて、アリエルになりきっていました。
そのうち、イルカとシャチが大好きになり、イルカとシャチのショーを見ては、いつもイルカやシャチと過ごしたい。
トレーナーか海の生き物を守る人になりたいと現実味ある世界へ。
そんな中、ダダは極度の過労で強制入院し、しばらく療養中に、ワタシと娘が小学校入学前に、シドニーへ親子留学。
ワタシの勉強がきつくなり、ダダもジョインし、家族ホームスティしながら、新たに見えた道しるべ。
オーストラリアへ移住して、最初に住み始めたのが、学生ビザの無職な私達が、やっとのことでかりられた古くてボロいけど、ビーチまで1分のアパート。
毎日公園がわりがビーチ。
まずはどんな海でも泳げないとと、子供のライフセービングクラブ、ニッパーズをお友達と始めました。
海水が冷たかろうが、雨が降ろうが、波がダンプして、岸に上がる前に叩きつけられて、救急車で搬送される子もいたけど、トレーニングは中止にならなくて、泣きながら、海に入ったこともありました。
夢からリアルな仕事につなげていくのは、難しい。
理系が得意なわけでもないけど、必須科目に指定されたら、やるしかない。
もう数2あたりから難しすぎて、日本の高校でもオーストラリアの高校でも、諦めようかなと、別の職業探し。
やりたいことを見つけないと、大学に行く意味すらわからないと、目標を失いかけ、日本語を勉強してから、楽しいというので、別の職を考え始めていました。
好きなことじゃないと、やる気がわかない子だから、それはそれでいいと思いましたが、もしかしたら、ケアンズに行ったら、またやる気スイッチ入るかも❓と思いました。
グリーン島へ。
娘が今回行ったのは、フィッロイ島と外洋のコーラルリーフ。
ハイスクールで1番楽しみにしていたGeography(地学)のマリン&レインフォレストの実習。
ケアンズで、実際にコーラルリーフにある海洋環境のリサーチステーションに行き、海洋学者達と海の中で、海ガメやコーラルフィッシュ、ナポレオンフィッシュ、エイやサメと泳いだり、リサーチのお手伝いをさせてもらった間。
どこの大学でどのコースがよいか❓
国の研究所への就職の仕方なども現場のマリンバイオロジストにアドバイスをしてもらえました。
研修から帰ってきたら、キラキラした目で、パラダイスだった
ワタシ、やりたい仕事見つけてきた
海の上で、携帯電波も入らないリサーチステーションにいる生物学者のおじさんのライフスタイルと仕事の話しがすごい面白くて、ワタシもグレートバリアリーフの海洋生物と暮らしたい。
エコツアーのアテンドも海に入って、やりたいことが詰まった仕事だったよ。
オーストラリアの研究所から世界の海にも行けるって。
そのために有利な、学んだほうがいいコースと大学も教えてもらってきたから、勉強頑張るよ
大学に行くよ
と。
(まだ行けるか分からないよ
)
やる気満々になってきた。
ほらほら、気持ちが固まったぞ!
やっぱり、行かせてよかったー
と内心思ってる母。
本試験は、9月から11月。
どうなるかな
応援しか出来ないから、ダメでも後悔なく過ごしてほしい最終学年。
こうやって振り返ると、すごく大変で辛いことが多かったけど、なんだか娘の夢に導かれているみたい。
決して優秀だとか、ニッパーズで大会で優勝したとか、目立ったことはない普通に地道にやってきたけれど、最後は、念ずれば花開く
になりますように。
あ、うちにはもう1人、手のかかる息子がいた
こっちは、全く違うキャラクター


