お別れ | ミュージカルカンパニーOZmate

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稽古や公演、舞台のことなど日常を徒然なるままにお届けします。

私事ですが…
先日祖父が亡くなりました。
91歳でした。





高校生の頃、
父を亡くした私達家族にとって、
とても心強い存在でありました。




会うたびに、
90歳とは思えぬほどの、 
チャキチャキした身のこなしと、
はっきりとした口調、
頭の回転の早さには驚きました。




去年の11月ごろ、
BOSSと戦争体験を聞きにいきました。
次々と出てくる戦友の名前や、
年号など記憶力の良さに驚きました。


その時は、まだまだ元気でした。

おじいちゃんの体調が悪いと連絡があったのは年末でした。



その頃から、
私は、時間があるとおじいちゃんに会いに行きました。

特に何を話すわけではありませんが、

その度に
「おじいちゃん来たでー!」と
テレビの相撲に見入っている
おじいちゃんの部屋を覗いて、

帰る時に
「おじいちゃんまたねー!」
と声をかけました。



おじいちゃんは、
「おう、またな」

と返してくれました。


おじいちゃんが病院に入院してからも、
「おじいちゃん元気?」
と声かけると、
「おう、元気やで」

そして、
「今度は家で会おうな」と
いつも言っていました。

その言葉通り、
おじいちゃんは何度も退院しました。
おじいちゃんが退院をする度に家に会いに行っていました。





おじいちゃんは、
病気に決して負けていませんでした。

 「わしは100歳まで生きますから、
先生よろしくお願いします!」
と主治医の先生に話していたそうです。

「食べたら元気が出るからな」
「わしはガンっていう言葉が嫌いなんや」
「まだまだ死なれん」
といつも言っていました。




「普通の人の2倍の生命力があります。」と主治医の先生を驚かせていました。


田舎暮らしで、漁師や大工をしていたおじいちゃん…
戦争を生き抜いたおじいちゃんの生命力は、お医者さんにも計算出来なかったようです。



そのおじいちゃんの容態が急変したのは、先週末です。

その3日前まで会話をかわして、
一緒にご飯を食べました。
おじいちゃん、食欲は無かったけれどお風呂に入れて貰ったと嬉しそうに話してくれました。




夜中に母に呼ばれて病院に会いに行った時は、
意識があるのかわからない状態でした。

でも、声をかけると目が驚いたように動いたり手も動いていました。
手を握り何度も声をかけました。



その数時間後、おじいちゃんは天国にいきました。

 





最期の最期まで「生きる!」と力強かったおじいちゃん。


「新選組HERO's」を観に来てくれた時、投降シーンで「よっ!」と力強く拍手してくれたおじいちゃん。

静かな場面だったので、はずかしかったな。

終演後「近藤勇!」と力強く握手してくれたおじいちゃん。




おじいちゃんが寝言で大声で歌うのに驚かされたな。

大好きな民謡を歌って、
横でおばあちゃんが踊ってたな。

酔っ払って怒り出すと「貴様ー!」
って立ち上がってたな。



…いろいろな思い出がクルクル頭をまわります。






さみしい!




でも、
おじいちゃんに負けないように、
精一杯生きなきゃ!






おじいちゃん、ありがとう。

天国でお父さんと好きなだけお酒飲んでね!
おばあちゃんにも会えたかな?













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