森谷充雄(もりやみつお) マラソン日記 -8ページ目

森谷充雄(もりやみつお) マラソン日記

もともと運動に縁のなかった私が突然マラソンに目覚めて様々な大会に出ることになりました。その記録をブログにします。

今回、大会を主催した岩本氏は「完走を目的とするマラニック(マラソンとピクニックの合成語)ではなくて、あくまでタイムにこだわるガチンコのレースにしたい」とお話されていました。それ故、レースの参加資格がとても凄いことになっていました。

 

■エントリー基準

・L
World’s Classic Ultramarathon(ウェスタンステイツ100、スパルタスロン、UTMB、Badwater135、コムラッズマラソン)
を合計10回以上ゴールしたことがある
世界選手権(100km、24時間走)の代表経験が3回以上ある
上記レースの優勝経験者

・A
250kmクラスのメジャーレースを上位タイムでゴールしたことがある
スパルタスロン30時間以内(女子32時間以内)、Badwater30時間以内(女子32時間以内)、
さくら道国際ネイチャーラン27時間以内(女子29時間以内)
24時間走 男子240km以上、女子210km以上
100km 男子7.5時間以内、女子8.5時間以内程
その他、メジャーレースの優勝者
(タイム、記録は目安です。応募者多数の場合、選考となります)

 ・B
スパルタスロン33時間以内(女子34時間以内)、Badwater33時間以内(女子34時間以内)、
さくら道国際ネイチャーラン30時間以内(女子31時間以内)
24時間走 男子220km以上、女子200km以上
100km 男子8.5時間以内、女子9.5時間以内
その他、メジャーレースの上位者
(タイム、記録は目安です。応募者多数の場合、選考となります)

 ・C
カテゴリーL、Aのランナーによる推薦(L,A1人につき各1人)
World’s Classic Ultramarathonのレースサポートまたはボランティアスタッフ経験者
国内外公認24時間走のハンドラー経験者
(応募者多数の場合、選考となります)

・一般
100km 10.5時間以内
リタイア時に自力(徒歩または公共交通機関等)でゴール地点に戻ってこられる人
(応募者多数の場合、抽選となります)

 

L,A,B枠の選考基準は国内トップクラスです。それでも、この枠がいっぱいになるくらい応募がありました。

私も、Badwaterの実績からBカテゴリーで出走することができました。とはいえ、同カテゴリーの他の選手は明らかに私より格上。

大変なレースにエントリーしてしまった、、と思いました。

実質超ウルトラの世界のトップ選手が集まって火花を散らす、すごいレースになりそうでした。このようなレースのことを「セクシーなレース」と言うそうです。

 

その3へ

 

今回、JAPAN TROPHY 200というレースを走ってきました。

まず、どのようなレースなのか、紹介したいと思います。

 

2020年はレースがことごとく中止となった年でした。

42キロを走るマラソンもメジャーなレースはほとんどありませんでしたが、100キロ走るウルトラマラソンも、超ウルトラと言われる200キロ級レースも大体中止となっていました。

 

私は普段超長距離を走るランナーなので、普段の練習も少し足を延ばせば42キロの練習はできるのですが、たいていのフルマラソンランナーは普段の練習で42キロ走ることはそうそう無いのではないでしょうか。

 

それと同様?に、どっぷりと超ウルトラの世界に入ってしまった私でも、普段の練習で200キロ走ることはほとんど不可能です。スケジュール的に24時間空けることが難しいだけでなく、レースでもないのになかなか全力を出すのは難しいです。そのような状況が半年・1年続くと次第に超ウルトラの距離が走れなくなってしまいます。もちろん、レースがなくても練習で超長距離走れてしまう変態?ランナーは身近にたくさんいますが。

 

また、200キロ級レースの多くは、エントリー時に実績を提出させます。主催者はレースにふさわしい選手を出場させたいのです。しかし、実績のもととなるレースがないと、希望のレースに出ることが出来ません。実は、2019年にバッドウォーターウルトラマラソンに出場したときに、サポートクルーをしてくれた稲嶺さんが、今後スパルタスロンに挑戦したいと話をしていたのですが、資格となるレースが2020年に全滅してしまいました。そのため、彼が何とか資格を得られるようにしたい、という思いもありました。

ちなみに、スパルタスロン参加のためには、200キロを29時間以内(男性)、30時間以内(女性)で完走する必要があります。

 

スパルタスロン(日本)のホームページ

 

そのような声に応えていただいたのが、超ウルトラの第一人者の岩本能史さんでした。

私はこの方の本に影響されてバッドウォーターを走りました。

 

私はレースの作り方が全然わからないため、岩本さんにすべてお願いしました。

私はスポンサーとして大会を支援することになりました。そのため、ゼッケンにモリーさんマークがついています。

 

 

その2へ

 

羽田空港をでると、多摩川沿いを長いこと走ります。35キロくらいでしょうか。

ここでいままでご一緒していた薄井さんとお別れ。かれはまだ足が残っているようでした。

また、羽田空港で仮眠していた、元1位のかたもビュンと抜かれました。

 

途中、武蔵小杉の超高層マンション群が見えてきました。田園調布も近いのですね。

いろんな電車が川を渡っていることがわかりました。

↑武蔵小杉(だと思う)

↑多摩川沿いの道 私の顔がつかれている感じがします

187キロ地点が3つ目のエイド+チェックポイント。友人の北川さんにマッサージしてもらったり、靴紐を結びなおしていただきました。とても助かりました。トレランリュックで肩ずれが生じていたのでテーピング実施。

 

多摩川が終わるところで丁度200キロ。あまり走れなくなってきていますが、それでも歩くともっと時間がかかるので、なるべく走りました。

府中市・多摩市あたりは初めて来る場所で新鮮でした。

 

乞田川を走っていると、頬が暑くなってきました。超長距離を走っていると時々生じる現象です。

体は熱くないのに、顔だけとっても暑い。なんででしょうね。

 

リスは友達という標語が印象的なリス園を通過

 

このへんはアップダウンが多いですよ、という写真

特に、八王子から高尾に向かう道はだらだら登ります

高尾を過ぎて、陣馬街道に入るともうすぐゴール。でも、ここも登りが続くので走るのに気力が必要でした。

集中力を切らさないようにはしってようやくゴール。37時間44分くらいでした。

建物に入って、2階から1回に下りてゴールの記念撮影!

 

ゴール後すぐに体が冷えてしまったので、すぐにお風呂。

そのあとカレーと豚汁をいただきました。おいしかったです。

 

帰りの運転が相当眠かったけど、なんとか無事に帰宅できました。

 

・久しぶりの250キロが不安(特に膝がもつかどうか)だったけど、完走できたことで自身につながった

・スパルタスロンやバッドウォーターの時よりは体力が落ちている。来年1月のレースに向けて要特訓

・スタッフ10名で運営していたとのこと。長時間のスタッフ作業、お疲れ様でした。コロナ禍でのレースがとても貴重でした。

・ロングレースは知り合いが増えて楽しい。

 

Relive前半コース  後半コース

 

動画 Youtube

 

 

 

荒川を過ぎると日が沈んで真っ暗になりました。

 

長毛遊歩道は、小川の脇にある小道を進みます。

102キロ、花畑大鷲神社付近で、歩道が通行止めになっていてフェンスがありましたが、引き返すのも時間がもったいないので、フェンスを乗り越えて行きました。

そのまま川沿いに進むと111キロ、水元公園。この公園に着く少し前くらいから、Bコースの女子選手が追い付いてきました。

公園で軽く補給しておにぎりもいただいて再出発。エイドで色々しているうちに女子選手が先に行ってしまいました。

強い選手だな・・と思ったのですが、公園内でベンチに座っているところを追い越してしまいました。

 

普段江戸川に行くことは殆どないのでよく知らなかったのですが、江戸川をそのまま進んで河口まで進むとディズニーランドが見えました。自分のいる河川敷が真っ暗で、川の向こうには夢の国が輝いていて対照的、かつ幻想的な景色でした。

 

葛西臨海公園は暗闇でよくわからないまま通過。荒川を橋で渡ったところで薄井さんのご家族の方が2度目の私設エイドを開いてくださっておりました。なんと24時なのに。お腹にやさしいおでんをいただきました。本当にありがたいです。

 

この辺りでは結構疲れがたまっていたのですが、薄井さんとご一緒ということもあって集中力を切らさずに走ることができました。

とはいえ、少しずつ眠くなってきました。何か眠気を抑える方法がないかな・・と思って思いついたのがモンスタードリンク。

自分はこの手のドリンクには手を出したことがなかったのですが、以前バッドウォーターの時にクルーをして下さった岩本さんが飲んでいたという記憶がありました。また、以前知り合いランナーが3本一気飲みしたらすっきりしたという話を思い出したので、試しに飲んでみました。

 

炭酸がお腹を壊さないか心配でしたので、炭酸を飛ばしながら飲んでみました。すると、意外と眠気すっきり、あと、なぜか少し速く走れるようになった気がしました。眠い時はなかなか良いですね。

 

夜の銀座を駆け抜けて

品川から東海道に入って、

羽田空港に着きました。羽田空港内には、ローソンがあって補給ができました。ここから多摩川の土手沿いを走るのですが、コンビニが無い区間なのでしっかり補給しました。シュークリームを買ったのですが、おいしかったです。

ここで一位の選手が仮眠をしていました。そのため薄井選手とともに暫定一位になってしまいました。今までレース中であっても一位は経験したことが無かったので嬉しかったです。

 

その5へ

 

 

 

 

 

今回私は前泊をしなかったため、午前2時に起床して出発、午前4時前に現地に到着しました。2週間分の体温計測表を渡して受付終了。そのまま午前5時にスタートになりました。

スタートして早々上り坂がきついので無理せず歩きました。1時間ほどで和田峠に到着。チェックを受けました。ここまで5人ほどで集団で走りました。

 

ここからトレイル区間。これは試走もしていたので、特に道迷いせずに進めました。このコースはハセツネのコースにもなっているようで、また、グレートレースの方が草刈りをしてくださったようで、とても走りやすいコースでした。偶然ご一緒した薄井さんとお話しながら走りました。結果として170キロ程度ご一緒することになりました。

今熊神社に下りたらチェックポイント。エイドにもなっていて、ドリンクの補給とおにぎりももらえました。日差しが強くなりそうだったので、新しく買った日焼け止めを塗りながら走っていたら、顔が想像以上に白くなっていて面白いことになっていました。ここで薄井さんとお別れして単独走になりました。

 

 

武蔵五日市駅に着くと、そこからひたすらまっすぐな道が続きました。途中再度薄井さんと合流。一緒に走ることになりました。この道は結構信号で止まりました。33キロ地点では石川酒造がエイドになっていました。ここでは暖かいうどんをいただきました。ジェルばっかりだと飽きてしまうので、とてもうれしかったです。

 

ひたすらまっすぐ行くと三鷹駅。ここで応援の人がたくさんいました。私の名前を知ってくれている人がいてびっくりしました!応援してくれる人がいて嬉しいですね。三鷹駅の北口から入って南口へ進む通路は人がいっぱいでした。ランナーは結構目立ったと思います。

三鷹駅を過ぎたら、途端に小型犬を散歩している人が増えてきました。この辺りは犬を飼っている方が多いのですね。

 

62キロ、善福寺入り口。ここから善福寺側に沿って走ります。結構ガチガチに川岸が固められたルートでした。かなりうねうねなルートを通ったら善福寺公園に到着。ここは大きな池が沢山あって、人が集まっていました。

 

続いて石神井公園を通過。ここはボートに乗った人が大勢いました。栃木の公園は大抵閑散としているのと比較すると東京の公園は人口密度が高いですね。

 

続いて、光が丘公園に到着。ここは公園と団地とスーパーが一体になっているところで、人通りも多くて圧巻でした。さらに進むとイベントをやっている広場があって、売店も多数でていました。お祭りのようにも見えましたが、もしかしたら毎週末やっているのかもしれませんね。

79.5キロの赤塚城址溜池公園の脇を通過して荒川に到着。ここはハイテクハーフなどのレースで何度か来たことがあるところで土地勘がありました。信号がなくて広い道をはしれるのは快適ですね。すいすい走れました。89.2キロ地点旧岩淵水門に薄井さんのご家族の方が私設エイドをしていました。私もドリンクとインゼリーをいただきました。河川敷は給水しにくいので本当助かります。

 

 

その4へ