森谷充雄(もりやみつお) マラソン日記 -10ページ目

森谷充雄(もりやみつお) マラソン日記

もともと運動に縁のなかった私が突然マラソンに目覚めて様々な大会に出ることになりました。その記録をブログにします。

町ランもトレイルも、あったら快適GPSナビゲーションランニング

 

1 山専用?ではないですよ、Garmin fenixシリーズは町ランでも大活躍

ガーミンフェニックスの宣伝みたいな記事になっていますが、特にお金とかもらっていません(笑)。今回は長い距離を走る人のための記事です。町ランをする人にはGarmin fenixはあまり普及していないですが、使えるようになると「道迷い」とは無縁になります。とても便利ですので、ご紹介したいと思います。

 

私が使っているのはGarmin Fenix 5です。新しいFenix 6も発売されています。

Fenixは3も使っていたのですが、どちらもナビゲーション機能があります。

 

先日福島で9月に行われた福島ジャーニーランの127キロのコースもこれを入れることで殆ど地図を見ることなくゴールまで一度も迷わずに走りました。

また、旅行先で走ったりするのですが、ガーミンさえあれば全く迷いません。

走っている間はこのような画面になります。

 

矢印がルート上にあれば、コース通り走っているということです。494m先にカーブがあるようです。

 

時計がピッとなったので見てみたら左折でした。

こんな感じでチラチラ時計を見るだけでコース通り走っているかが分かって安心です。コースから全然外れてしまっていたら立ち止まってスマホで確認しても良いと思います。この時は旅行先だったので、事前にMapoutというアプリでGPSデータを作って、それをもとにランニングしました。スマホと違ってこまめにルート確認できるのが良いところですね。


https://ameblo.jp/ozilmaster/entry-12631233022.html


来年どこに行こうか、楽しいレースを発掘しています。

 

・こじんまり(少人数)

・長距離

・へんぴな場所

・完走率が低い

 

ようなレースだと面白いです。

 

今回発掘したのはイギリスのレース。イギリスの西海岸沿いを走るレース。どうやってアクセスするのかな。

 

8人出走して完走者0人・・・

 

今年はコロナの影響で中止。来年5月どうするか・・

 

これも以前走ったレースの完走記です。フェースブックだと埋もれてしまうのですね。。

 

日時 2017年5月3日18時 香山公園スタート

結果 18時間29分32秒 20位/587人 327人完走(55.7%)

GPSデータ 
https://connect.garmin.com/modern/activity/1718985632

2017年5月3日 山口県で開催された萩往還マラニック大会140キロに参加しました。昔幕末の志士が通った、往還道という道を通るルートです。この大会は私の参加した140キロの他に、250キロ、70キロ、35キロの部もあります。中でも超長距離部門である250キロと140キロは非常食や着替えをリュックに入れて、徹夜で走ります。スタート時間やコースは違うのですが、制限時刻と場所が同じなので、途中ほかの部門の選手と沢山すれ違うことになるのが特徴です。お互いに励ましあいながら共にゴールを目指します。また、ゼッケン番号が年齢の逆順になっているので、ゼッケン番号を見れば大体の年齢がわかるというのも他にはない特徴です。

 

萩往還とは・・
  「萩往還」とは、慶長9年(1604)毛利輝元が萩城築城後に山陰と山陽を結ぶ参勤交代道として開いた道です。城下町萩(萩市)と瀬戸内の港三田尻(防府市)をほぼ直線で結ぶ全長約53kmのこの街道は、庶民にとっても重要な交通路となり、また幕末には維新の志士達が江戸や京へと往来し歴史的にも重要な役割を果たしました。
 かつての道沿いには、藩主一行の宿泊所や休憩所となった御茶屋や駕籠建場など様々な施設が置かれ、また一里塚・往還松のような旅人のための道標も設けられており、今でもその面影を一部にとどめています。

 こうして重要な交通路として明治中頃まで300年にわたり栄えていた萩往還ですが、山越えの険しい道であるが故いつしか姿を消してゆき、一部は廃道となっていました。
 しかし、この貴重な古道や史跡を後世へ伝えようと、昭和56年から63年にかけ沿線の市町村が中心となって保存整備を行い、歴史の道「萩往還」として復元されました。
 平成元年には国の史跡に指定、さらに平成8年には文化庁から「歴史の道百選」に選定されました。

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今回私が参加した140キロのコースはまず山口市から南下して防府市へ行き、また北上して山口市を通過すると往還道に入ります。ここから石畳の道での山越えを2つ、板堂峠と釿ノ切峠を超えます。その後萩市に入ります。萩市を一周ぐるっと回ってから来た道を戻ったら再度山口市がゴールです。

自宅のある栃木県の小山駅を始発のの新幹線で朝6時21分に出発。東京駅で乗り換えて12時に新山口駅に到着。さらに2両編成のローカル線に乗って山口駅へ。夜通し走るから新幹線で寝ていたかったのですが、うまく寝られませんでした。
山口駅から会場まで約3キロあるのでタクシーで行こうと思いましたが、なかなか来ない・・10分くらい待ったらやっと来ました。その間タクシー待ちの列が長くなっていきました。列の後の人も長く待つと思ったので、大会に参加しそうな雰囲気の方に「ご一緒に乗りませんか?」と2人に声をかけて、同乗することに。
同乗した2名のうち1人は福岡の方で、もう一人は名古屋から来られている方でした。名古屋の方はもう何度かこの大会に参加しているようで、土地勘があるようでした。
会場である香山公園に13時ころ到着して、すぐにチェックイン。

ここでゼッケンを貰いました。ゼッケン番号は年齢の逆順になっています。私は544番で相当若いようでした。

 

大会説明会が15時からあるのですが、それまで時間があるので着替えをしたり、大会の準備。むむむ・・・GPS時計のグレードル忘れたみたい・・。今回のように長時間の大会では、GPS時計をモバイルバッテリーにつないで充電しながら走る必要があります。GPS時計とバッテリーをつなぐのがグレードルです。電池が無いと18時間持たないかも知れない(汗

今回のレースでは途中で荷物預けが2か所できます。初めはスタート地点付近の福祉センター、防府市に行って帰ってきた辺りの約50キロ地点。もう一つは105キロ地点の陶芸の村公園。陶芸の村行きの荷物は会場近くに荷物預けがあるのですが、福祉センターは直接持っていく必要があります。ただ、微妙にスタート地点から離れていて、約1キロあります。歩いて持って行ってもいいのですが、消耗しそうなので先ほどタクシーでご一緒した2名とともにタクシーで行くことに。経験者がいると様々なアドバイスがいただけて助かります。

荷物を預けた後に大会説明会会場へ。説明会で言われたことは①ときどきマナーの悪い人がいてクレームが来る。マナーを守って。信号無視したら失格。車道には絶対でない。歩道が無い道は右側を走る。 ②大会参加者にとって命の次に大事なチェックシート。各ポイントでのチェックを完成しないとゴールにはならない。 ③道を間違えないように道路にしるしをしているが、それでも道を間違える人がでるので注意。 ということ。

説明会が終わるともうすぐスタート。スタートは約50人ごとくらいのウェーブスタートです。早く列に並んだ人から早くスタートできるのですが、油断をしていて後方からのスタートになりました。

私はゴールしてから家族と合流する予定だったので、本当は早くゴールをしたかったのですが、仕方ありません。ただ、結構早いペースでどんどんスタートさせていて、私は18時16分スタート。

スタートしてすぐに山口駅を通過、まずは川沿いを行って、同じ道を帰ってきます。コースを140キロちょうどにするための調整なんだとか。

そのため、大会参加者沢山すれ違いました。心拍数140くらいで快適なランニングを続けます。まだまだお腹は減らないですが、エネルギーは確実に消費しているはずなので、計算通り30分ごとにエナジージェルを飲んでいきます。21.5キロ地点にエイド「しゃもじ」に到着。

ここは峠の茶屋の名前でした。うどんを食べられるのですが、この場所は防府市にいった帰りにもよる場所なので今回は食べずに通過。しゃもじを出ると車道から離れて旧道の鯖山峠に入ります。100m程度ののぼりなのですんなりクリア。途中の丁字路で左に曲がるところを、私の前に走っていた数人は右折していました。即座にスマホで経路確認。やはり左折で間違いない。前の人に大声で「違いますよー」と叫んだところ気が付いたよう。よかったよかった。

防府市街に入ると、ところどころ信号機で止まるようになった。仕方がない。

市内で第1チェックポイントの「英雲荘」に到着。シートにパンチで穴をあける。給水せずに、アンパン1つだけもらう。

元来た道を北上。沢山の方とすれ違う。まだまだ皆さん元気。鯖山峠を越えて「しゃもじ」到着。エネルギー補給はできていたので、うどんのつゆのみいただきました。暖かくておいしい。気持ち的には1分も滞在せずしゃもじを出発。

山口市内に戻ってくるとやはり信号機でも待ちが時々ありました。少し胃に不快感を感じながらも予定通りに山口市内の荷物預けに到着。

 

49.6km 山口福祉センター 予定23時20分 23時6分到着、23時17分出発

ここからしばらくエイドがないので、しっかり給水。食事もパクパク。エナジージェルはほとんど使ったので、新しく補充。元気いっぱいで再出発。福祉センターを出発してすぐに上り坂になり、ほどなく「萩往還道」へ。

このあたりからゼッケン番号564番の方とご一緒することになりました。自分は暗い道でも大丈夫だし、グーグルマップをみながら走っているので迷う不安もなかったのですが、人によっては迷う不安があったりするのでしょう。自分が544番だから、私より少し年下だということ。

往還道の石畳の道をひたすら上ります。私は斜度8度くらいまでなら走りますが、それ以上だと歩きます。今回は一部歩きが入りました。参勤交代で使った道だそうですが、馬に乗ってここを通るのは無理そうです。大名は籠にのっていったと思うのですが、この道は降りないと無理なんじゃないだろうか・・とか考えました。
雨が降るととても滑る道のようですが、今回はしばらく晴れが続いたこともあって全然滑りませんでした。こののぼりの最中で腹痛が強くなり、歩きが入ってしまいました。やっとのぼりが終わって板堂峠に到着するとその後はアスファルトの国道。道路にライトがないのでやはり真っ暗。そんな暗闇を走っていると、向かいから人影が。なんとAカテゴリー(250キロ)の先頭の選手が帰ってきたのです。すれ違いに声援を送りました。この道を564番の方とほぼ一緒に走りました。緩い下りを走り続けると佐々並エイドに到着。

64.7km 佐々並エイド 予定1時28分 1時22分到着。

ほぼ予定時刻に佐々並エイドに到着。ここで用を足すと劇的に腹痛が良くなった。ここは小さい町になっているけど、やはり夜だから真っ暗。エイドを出るとすぐに山道に。ここでも564番の方と一緒だったので、お話しながら走りました。少し登ったら釿ノ切峠。これでちょうのぎりとうげ、と読むのだそう。ここを超えると有名な一升谷の長い下り。約400メートル高度を下げます。帰りに上るのが大変そう。石畳なのでつまずかないように慎重に走ります。6合目道の真ん中に付近で落とし穴があると説明会で言っていたので、ライトで良く道を照らしながら走りました。無事に穴に落ちずに走りきったところで次のエイド、明木エイド。

 

74.6km 明木エイド 予定2時37分 2時42分到着
ここもほとんど予定時刻に到着。ここから萩市内を一周するコース。道が平坦だけど、その分しっかり走らないといけない。JR萩駅前を通過して、そのまま走るとコンビニ「ぽぷら」に到着。ここで皆さん買い物をしていました。このあたりで再度おなかに違和感があったので、補給が十分できなくなっていました。カロリー補給も兼ねてオレンジジュースを購入し、ハイドレーションパックに詰めました。私がポプラを出る段階で564番さんが到着。ここを出るとすぐに日本海が見えてきました。まだまだ真っ暗で良く見えない。


このあたりから250キロカテゴリの人を沢山抜くようになってきました。さすがに私より24時間多く走っているので、疲労の色が隠せません。

 

87.0km 浜緑地公園 予定4時10分 4時22分到着
ややペースが遅くなっているのは腹痛が影響しているから。おなかに巻いた腹巻ライトを少しおろして腰の位置にすると、おなかが圧迫されなくてよいかもしれないと思い、巻きなおす。この公園は2個目のチェックポイント。カードにチェックする。このあたりで不通が影響してか、時々歩きが入ってしまいました。海岸にあるトイレに駆け込んで用を足したけど、今回はそんなに復活できませんでした。トイレに入るところで564番に抜かれてしまいました。しばらく海岸沿いを走っていると次のチェックポイント「虎ヶ崎・つばきの館」が近づいてきました。つばきの館の1キロほど前で、後ろから女性の声がしました。580番台の方で東京出身とゼッケンに書いてある。きれいな方だったので、自分の中で「美ジョガーさん」と名付けました。この方はしばらく1人ではしっていたようで、「同じカテゴリの人に全然会わなかった」と言っていました。自分が腹痛があって走れなくなっていると説明すると、胃薬をいただけるとのこと。わらにもすがる思いで薬をいただくことにしました。

95.9km 虎ヶ崎・椿の館 予定5時17分 5時48分到着 6時5分出発。
ここで3つ目のチェックポイント。忘れたら大変なのですぐさまチェックシートにチェック。ここに到着した時間を記帳するのですが、現在の順位は26番のよう。ただ、やはり腹痛が影響して予定からの遅れが目立ってきていました。
つばきの館の名物はカレーなのですが、おなかが痛んでいるときにカレーを食べると致命傷になってしまうかと思い、うどんを注文。座席に座ると564番さんがカレーをがっつり食べていました。これだけ走ってしっかり食べられるのは強い!自分も食べないとこの後続かないので、食欲がないもののなんとかうどんを完食しました。

うどんを食べたら、なんと体が軽くなっていました。長距離では体調が悪くなっても復活するといってたけど、このことかな、と思いました。次のチェックポイントの東光寺までしっかりと走れました。お寺の向かいの売店で3つ目のチェックポイント。

 

3つ目のチェックポイントから2-3キロほどで次のチェックポイントの陶芸の里へ。

105.1km 陶芸の村公園 予定6時41分 7時19分到着、7時25分出発
腹痛は収まったけど、ジェルを飲む気になれなかったので結構余ってました。陶芸の村公園では2個目の荷物預けが受け取れます。ジェルは使った分だけ補充。ドリンクのカロリーメイトはこういう時でも飲みやすくて重宝します。これで200キロカロリー補充。あとはおにぎりを手にして食べながら出発しました。
出発した直後に美女がーさんが「調子どうですか?」と声をかけてくれました。見事に復活できたので、感謝感激雨あられです。
このあたりでGPS時計の電池が終了。残念ながら最後まで記録できませんでした。

しばらく行くと、70キロの選手が続々とやってきました。トップ選手はやっぱり速い!70キロの選手は陶芸の村に行って、そのまま折り返して帰ってくるコースです。

明木エイドで水分を十分に補充。しかし、なんと500CCのボトルに給水したのに、そのままエイドに置いてくるという失態。1.5Lのハイドレーションパックもあるので給水が全然できないというわけではないけど、エイドでコップ代わりに使っていたので若干不便になります。忘れものに気が付いた時にはエイドを出て数キロ走ってしまっていたので、取りに帰ることはできませんでした。

しばらく進むと一升谷。さきほどは延々と下ったのが、逆に延々と上るようになります。ぎりぎり走れる傾斜だったので、しっかりと走りました。70キロの方から「この坂を走って登れるのは凄い」なんて言ってもらえたので、さらに調子に乗って走り上りました。腹痛がほとんどなくなって、大変体調が良くなってきました。
一升谷を登って釿ノ切峠を超すと、佐々並エイドに到着。結構熱くなってい

たので、水をかぶることにしました。眼鏡をはずそうとしたら、自分は眼鏡をかけていなかったことに気づきました。帽子をとって頭から冷水をかぶるととても気持ちが良かったです。

少し下ってからまた延々と上り。ここもしっかり走り切りました。
雲がほとんどなくて暑いなあと思っていたら、自分が帽子をかぶっていないことが判明。さっき水をかぶったときに帽子を外したままおいてきた・・・なんだかさっきからエイドを通過するごとに荷物が減っていくなあ。気を付けないと。しばらくすると陶芸の村で折り返した70キロの選手が私を抜いていきました。速いなあ。長い緩やかなのぼりを登りきるといよいよ坂堂峠。ここから下るといよいよゴールです。行きの時は真っ暗で全然良く見えなかったけど、帰りは明るいので森の木々や往還道の石畳が良く見えました。躓かないように気を付けながら下るとあっという間に往還道が終了。

 

ゴール付近では大会関係者や瑠璃光寺の観光客が沢山いました。大きな声援をいただきながらゴール。最後までしっかり走りきれたレースでした。スタート時間がみんな違う関係上すぐに順位はわからないのですが、20番から30番の間くらい、とのこと。

チェックシートのチェックはどきどきしたけど無事にパスして完走証(この大会では完踏(かんとう)といいます)とメダルをいただきました。メダルのデザインはこの大会の過酷さと比較するととてもファンシーでなごやかな感じでした。

完走したらすぐさま着替え。実はこの後家族と合流することになっていました。夕食を一緒に食べられそうなので急いで荷造りをしました。

9月末に行われるスパルタスロンの予習として参加した本大会ですが、課題は2つ見つかりました。腹痛対策しっかりと、忘れ物をしないということです。とても思い出にのこる楽しい大会でした。来年でこの大会が終わるのが寂しいですが、次回も是非参加したいと思います。
次回は250キロかな・・大変そうだけど。

CHAMPEX LACからTRIENT 140キロ地点まで

2晩目に突入してしまいました。そのため、ここから写真はありません。

もう未知の領域なのですが、この時点では不思議と眠気はありませんでした。クールマイユールで脚を使い切ったと思っていたけど、低空飛行ではあるけども走り続けることが出来ています。お腹の調子が絶好調で、準備していたご飯やカップラーメンもしっかり食べることが出来ました。


シャンペ湖を出てしばらくは湖の周囲を走ります。暗いので何も見えません。ここは僻地のようで、街灯もあまりありませんでした。しばらくはトレイルに入ったり、道路を走ったりを繰り返しました。PLAN DE LAUという場所はチェックポイントなのですが、無人で看板があるのみでした。看板には次のチェクポイントの標高が1884m、累積標高は800mと書いてありました。この場所の高さが約1400mだから、500m位の山なのかなと思っていました。しかし、延々と登っても山が終わらない!!今までのGPS時計がかなり正確だったのに、標高2000mを超えても山が終わらない!一体どういうこと?と思いながら延々と登って行きました。山頂についてもチェックポイントがないし、どうしたことだろうと思いました。山頂には鉄の門があって、それから下りになりました。しばらく下って、標高が1875mを示したところでなんとチェックポイントが出現!地図では山頂にはチェックポイントがあるように見えたのですが、そうではなかったようです。


ここからの下りはやはり大変でした。この頃から、道端に色々な物が見えるようになりました。ただの道端の木が何かのマークがあるように感じたり、突然足元に何かがあるような気がして、びっくりして避けたり、気がついたら走りながら目を閉じていたりもしました。他のトップ選手も、睡眠時間が極端に少ないと幻覚が出ると言っていたのですが、ようやく私もその領域に達したということでしょうか。目で見えている物が変わったわけはなくて、そこから感じる部分に異常が出ていたようです。つまり、もう寝ましょうね、と脳が言っているのでしょうね。

 

TRIENT から VALLOCINE 150キロ地点まで

実はグランコルフェレでかなり寒かったのか、風邪をひいた感じになっていて、時々咳がコンコンでていました。また、エイドで補給している間に体が冷えたせいか、松岡修造がCMしていた暖かい肌着を着たのに、チェックポイントを出たら寒さで凍えてしまいました。寒すぎて走れる状態ではなかったので、チェックポイントに戻るしかありませんでした。チェックポイントではまだ兄が残っていて、今はとっても寒いから、凍えているのは体調が悪いからではないと思うとアドバイスをもらいました。そして、松岡修造を二枚重ね着することにしました。そうしたら、アドバイス通り凍える感じがなくなって快適に走れました。走り出すと、すぐに体温が上がって通常通り走ることが出来ました。


最後の山がはコース変更で難易度が下がったと勘違いしていたので、トリアンからの山が最後の山だと思っていました。そのため、この登りがでは全力を使ってガンガン登って行きました。元々登りは消耗していなかったので、気持ちいいくらいに順位を上げることが出来ました。この登りで私の後ろに外国の方がついてきました。1時間以上一緒に走ったでしょうか?私は後ろを向けないのでどういう人か全然わからないのですが、赤い上着を着ているのだけはわかりました。目の前のトレイルのをしっかり集中して見ないといけないので、よそ見をする余裕がほとんどありませんでした。山頂に近づいたら、自分は下りが苦手だからさっさと抜いてね、と言いました。
ここの山は比較的素直で、ちゃんと山頂にチェックポイントがありました。ここからの下りはやっぱりきつかったです。

 

VALLOCINEからCHAMONIX 171キロ地点まで

私の勝手な勘違いで、最終エイドからのコースが変更されてスタート後しばらく走ったような、比較的アップダウンが少ないのかと思っていました。そのため、補給もそこそこに出発することにしました。もっとがっつり食べておけばよかった・・このポイントではさすがにぐったりしている人が多数いました。ただ、この地点で腰を落ち着けてしまうと本当に動けなくなりそうなのでさっさと出ることにしました。
このチェックポイントを、日本人の方と一緒に出たのですが、その人はまだ脚が残っているようで、まだ走れるから走ります、と言っていました。自分はすでに平地でも1キロ9分を切るのがやっとで、歩いているのか走っているのかわからないペースです。


川沿いの道路とトレイルを交互に走ります。アップダウンが少なくて、本当は走れるコースなのですが、もう走る力は残っていませんでした。しばらくすると本格的な登りに入ります。しかし、登っても登っても登りが終わらない・・コース変更のアナウンスと言ってることが違うのではないか?と思ったのですが、実際にはコース変更で削られた部分は山頂部のほんのちょこっとの部分だったようです。この辺りではデジャビュが出始めて、来たことない場所なのに一回来たことがある感じがでました。しかも、知っている人と一緒に走ったかのような感じ。


山頂付近に着いたら、そこはスキー場でした。幅広の斜面を登って、山頂付近が最終チェックポイントでした。日が出て来て暑くなってきて、しかも水を多く持っていなかったので水切れになっていました。辛いところで補給もできて助かりました。この山頂付近がテットーバンというところで、ここを目指してトレッキングする人とたくさんすれ違いました。
やはり長い下りはきつかったです。でも、この辺りから応援してくれる人が出てきて、とても励みになりました。ゴールが近いので、全力で坂を下りました。次からトレイルレースに出るときは、下りを克服しないと楽しめないな、と思いながら走っていました。長い長い下りを終えたら、そこはもうゴール付近でした。ルート上には多くの観客がいて、出迎えてくれました。スタート時には観客側だったのですが、今回はここで多くの人に歓迎してもらう側なんだなと思うと涙が出そうになりました。途中でリタイアしようかなと何回か思った場所もありましたが、諦めなくてよかったです。


ゴールしたときはシャモニーの街は今までの曇り空から一転して、良い天気でした。ゲートでは多くのカメラマンとMCが迎えてくれました。
多くの人が参加したい夢のレースだというのは本当でした。

レース中は沢山動画を撮りました。

https://www.facebook.com/moriyaganka/videos/1449512015138192/?t=8

 

レリブといって、GPSデータとグーグルマップを組み合わせたものです。実際の私のデータから作ってあります。

https://www.relive.cc/view/v1OwKd9WEOA

 

LAC COMBALから、COURMAYEUR 78キロ地点 まで

コンバル湖のチェックポイントを出たら暫く湖沿いを走ります。湖と、周囲の高い山々とで幻想的な感じでした。

そこから、再度登りになります。たった400mくらいの高度差ですが、やはり登りは息苦しくなってうまく力が入りません。MONT FAVREの山頂に近づくと、クールマイユールの街がかなり下の方に見えていて、また、遠くの方には今後進むべきルートがあると思われる場所が一望できました。
ここから一気に標高差1200mを下るのですが、脚が消耗していた私にとって、この下り坂は本当に辛かったです。脚に力が入らないと転倒の危険性があるのであまりスピードにのれず、結果としてかなりの人数に抜かされてしまいました。クールマイユールに大体午前10時に到着したと思います。制限時間にはかなり余裕をもって到着することができました。
ここで、レース前に預けたドロップバッグを引き取ります。着替えをして、ライトの電池交換をして、食事をしました。食事にはアルファ米のご飯を準備したのですが、美味しくて美味しくて涙が出そうになりました。ここまでジェルばっかりだったし、エイドではあまり美味しくないものばかりだったし。
色々準備していたらあっという間に30分経ってしまいました。

 

COURMAYEURから、 83キロ地点まで

 

クールマイユールでは標高が下がって、天気が良かったことから汗をかくくらい暑くなってきていました。

ここからベルトーニュ小屋まで、標高差約800mを登ります。ここからのコースはツールドモンブランというトレッキングルートの中でも特に見晴らしが良い場所、ということもあってトレッキングルートしている人たちと多くすれ違うようになりました。年上の人が多いかと思いきや、若い人のグループも結構いました。脚を消耗した、とはいっても上り坂は結構平気で、それなりに良いペースで登ることができました。高度を上げていくと、段々クールマイユールの街が小さく見えるようになりました。当初クールマイユールではかなり暑くなりそうだったのが、急に気温が下がって雲が出てきて、風と雨がきつくなってきました。折角クールマイユールから涼しい帽子をつけてきたのに、風邪で飛ばされそうなのでリュックにしまうことになってしまいました。2時間かけて登り切って、ベルトーニュ小屋に到着しました。

 

REFUGE BERTOMEからREFUGE BONATTI 90キロ地点まで

ここから、左手にモンブランの山々を眺めながらの絶景が続きました。ボナッティ小屋まで標高は変わらないのですが、実際には小刻みなアップダウンがあって、登りは良いけど平地と下りでスピードがでませんでした。無理をすると後に響くので、あくまでマイペースを維持します。
この区間はたかだか7キロ、とはいってもスピードに乗れなかったので遠く感じました。ボナッティ小屋ではトイレに行ったのですが、なんと和式!まさかイタリアで和式便所に会うとは思わなかったのでびっくり仰天でした。洋式のトイレにだと靴を脱がなくても良いのですが、和式の場合はどうしても靴を脱がなくてはなりません。面倒ですが、仕方ありません。しかも、和式の場合は膝を90度以上曲げる必要があって、脚の筋肉が消耗している自分にはとても辛かったです。

 

REFUGE BONATTIからARNOUVAZ 95キロ地点まで

この区間も細かなアップダウンがが続きます。ただ、トイレのストレッチが奏功して、多少早く走ることが出来ました。そのぶん、他の選手に抜かれることが少なくなりました。クールマイユールでは雲が少ない晴天でしたが、アルヌーバに到着する頃には雲に覆われていて、しとしと雨が降っていました。チェックポイントで補給している間に体が冷えたのか、チェックポイントをでた時にはとても寒く感じて、慌てて暖かい格好に変えました。

 

ARNOUVAZからグランコルフェレ 100キロ地点、標高2573m

いよいよ今大会で一番高い場所、グランコルフェレへの登りを始めます。アルヌーバを出てすぐは泥で滑って登りにくい急斜面もあったのですが、その他は比較的歩きやすいトレッキングルートが続きました。ここも他の峠と同様、高度を上げるに連れて風が強くなって、気温が一気に下がってきました。特に風の強さが半端ではなくて、飛ばされそうな感じでした。やはり2000の標高を超えたあたりで高山病が出てしまいました。風が強すぎて前を向いていることが出来なくて、足元しか見えません。それでもトレッキングルートがしっかりと出来ているので道迷いはしないだろうという安心感はありました。峠付近では激しい暴風雪となっていました。マイナス10度くらいの気温だったようです。

 

グランコルフェレから、CHANPEX-LAC 123キロ地点

ここから延々と下り坂が続きます。以前のストレッチ効果はほとんどなくて、スピードが出なくなりました。ただ、高度が下がってくると気温が上がってきて、雪が雨にかわると安心感がでました。風は依然として強かったです。20キロ以上かけて、高度を約1400mも下げました。この辺りで日没を迎えました。もう少し遅い人だったら、日没後にグランコルフェレを抜けることになります。そうしたらもっと厳しかったと思います。峠の頂上でリタイアしたいと思っても、そこには車が入れないので、結局自力で下山するしかないのです。高度と下げた後、200mほど登ってからシャンペ湖のエイドでなのですが、この登りが結構長く感じました。

 

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