これも以前走ったレースの完走記です。フェースブックだと埋もれてしまうのですね。。
日時 2017年5月3日18時 香山公園スタート
結果 18時間29分32秒 20位/587人 327人完走(55.7%)
GPSデータ
https://connect.garmin.com/modern/activity/1718985632
2017年5月3日 山口県で開催された萩往還マラニック大会140キロに参加しました。昔幕末の志士が通った、往還道という道を通るルートです。この大会は私の参加した140キロの他に、250キロ、70キロ、35キロの部もあります。中でも超長距離部門である250キロと140キロは非常食や着替えをリュックに入れて、徹夜で走ります。スタート時間やコースは違うのですが、制限時刻と場所が同じなので、途中ほかの部門の選手と沢山すれ違うことになるのが特徴です。お互いに励ましあいながら共にゴールを目指します。また、ゼッケン番号が年齢の逆順になっているので、ゼッケン番号を見れば大体の年齢がわかるというのも他にはない特徴です。
萩往還とは・・
「萩往還」とは、慶長9年(1604)毛利輝元が萩城築城後に山陰と山陽を結ぶ参勤交代道として開いた道です。城下町萩(萩市)と瀬戸内の港三田尻(防府市)をほぼ直線で結ぶ全長約53kmのこの街道は、庶民にとっても重要な交通路となり、また幕末には維新の志士達が江戸や京へと往来し歴史的にも重要な役割を果たしました。
かつての道沿いには、藩主一行の宿泊所や休憩所となった御茶屋や駕籠建場など様々な施設が置かれ、また一里塚・往還松のような旅人のための道標も設けられており、今でもその面影を一部にとどめています。
こうして重要な交通路として明治中頃まで300年にわたり栄えていた萩往還ですが、山越えの険しい道であるが故いつしか姿を消してゆき、一部は廃道となっていました。
しかし、この貴重な古道や史跡を後世へ伝えようと、昭和56年から63年にかけ沿線の市町村が中心となって保存整備を行い、歴史の道「萩往還」として復元されました。
平成元年には国の史跡に指定、さらに平成8年には文化庁から「歴史の道百選」に選定されました。
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今回私が参加した140キロのコースはまず山口市から南下して防府市へ行き、また北上して山口市を通過すると往還道に入ります。ここから石畳の道での山越えを2つ、板堂峠と釿ノ切峠を超えます。その後萩市に入ります。萩市を一周ぐるっと回ってから来た道を戻ったら再度山口市がゴールです。
自宅のある栃木県の小山駅を始発のの新幹線で朝6時21分に出発。東京駅で乗り換えて12時に新山口駅に到着。さらに2両編成のローカル線に乗って山口駅へ。夜通し走るから新幹線で寝ていたかったのですが、うまく寝られませんでした。
山口駅から会場まで約3キロあるのでタクシーで行こうと思いましたが、なかなか来ない・・10分くらい待ったらやっと来ました。その間タクシー待ちの列が長くなっていきました。列の後の人も長く待つと思ったので、大会に参加しそうな雰囲気の方に「ご一緒に乗りませんか?」と2人に声をかけて、同乗することに。
同乗した2名のうち1人は福岡の方で、もう一人は名古屋から来られている方でした。名古屋の方はもう何度かこの大会に参加しているようで、土地勘があるようでした。
会場である香山公園に13時ころ到着して、すぐにチェックイン。
ここでゼッケンを貰いました。ゼッケン番号は年齢の逆順になっています。私は544番で相当若いようでした。
大会説明会が15時からあるのですが、それまで時間があるので着替えをしたり、大会の準備。むむむ・・・GPS時計のグレードル忘れたみたい・・。今回のように長時間の大会では、GPS時計をモバイルバッテリーにつないで充電しながら走る必要があります。GPS時計とバッテリーをつなぐのがグレードルです。電池が無いと18時間持たないかも知れない(汗
今回のレースでは途中で荷物預けが2か所できます。初めはスタート地点付近の福祉センター、防府市に行って帰ってきた辺りの約50キロ地点。もう一つは105キロ地点の陶芸の村公園。陶芸の村行きの荷物は会場近くに荷物預けがあるのですが、福祉センターは直接持っていく必要があります。ただ、微妙にスタート地点から離れていて、約1キロあります。歩いて持って行ってもいいのですが、消耗しそうなので先ほどタクシーでご一緒した2名とともにタクシーで行くことに。経験者がいると様々なアドバイスがいただけて助かります。
荷物を預けた後に大会説明会会場へ。説明会で言われたことは①ときどきマナーの悪い人がいてクレームが来る。マナーを守って。信号無視したら失格。車道には絶対でない。歩道が無い道は右側を走る。 ②大会参加者にとって命の次に大事なチェックシート。各ポイントでのチェックを完成しないとゴールにはならない。 ③道を間違えないように道路にしるしをしているが、それでも道を間違える人がでるので注意。 ということ。
説明会が終わるともうすぐスタート。スタートは約50人ごとくらいのウェーブスタートです。早く列に並んだ人から早くスタートできるのですが、油断をしていて後方からのスタートになりました。
私はゴールしてから家族と合流する予定だったので、本当は早くゴールをしたかったのですが、仕方ありません。ただ、結構早いペースでどんどんスタートさせていて、私は18時16分スタート。
スタートしてすぐに山口駅を通過、まずは川沿いを行って、同じ道を帰ってきます。コースを140キロちょうどにするための調整なんだとか。
そのため、大会参加者沢山すれ違いました。心拍数140くらいで快適なランニングを続けます。まだまだお腹は減らないですが、エネルギーは確実に消費しているはずなので、計算通り30分ごとにエナジージェルを飲んでいきます。21.5キロ地点にエイド「しゃもじ」に到着。
ここは峠の茶屋の名前でした。うどんを食べられるのですが、この場所は防府市にいった帰りにもよる場所なので今回は食べずに通過。しゃもじを出ると車道から離れて旧道の鯖山峠に入ります。100m程度ののぼりなのですんなりクリア。途中の丁字路で左に曲がるところを、私の前に走っていた数人は右折していました。即座にスマホで経路確認。やはり左折で間違いない。前の人に大声で「違いますよー」と叫んだところ気が付いたよう。よかったよかった。
防府市街に入ると、ところどころ信号機で止まるようになった。仕方がない。
市内で第1チェックポイントの「英雲荘」に到着。シートにパンチで穴をあける。給水せずに、アンパン1つだけもらう。
元来た道を北上。沢山の方とすれ違う。まだまだ皆さん元気。鯖山峠を越えて「しゃもじ」到着。エネルギー補給はできていたので、うどんのつゆのみいただきました。暖かくておいしい。気持ち的には1分も滞在せずしゃもじを出発。
山口市内に戻ってくるとやはり信号機でも待ちが時々ありました。少し胃に不快感を感じながらも予定通りに山口市内の荷物預けに到着。
49.6km 山口福祉センター 予定23時20分 23時6分到着、23時17分出発
ここからしばらくエイドがないので、しっかり給水。食事もパクパク。エナジージェルはほとんど使ったので、新しく補充。元気いっぱいで再出発。福祉センターを出発してすぐに上り坂になり、ほどなく「萩往還道」へ。
このあたりからゼッケン番号564番の方とご一緒することになりました。自分は暗い道でも大丈夫だし、グーグルマップをみながら走っているので迷う不安もなかったのですが、人によっては迷う不安があったりするのでしょう。自分が544番だから、私より少し年下だということ。
往還道の石畳の道をひたすら上ります。私は斜度8度くらいまでなら走りますが、それ以上だと歩きます。今回は一部歩きが入りました。参勤交代で使った道だそうですが、馬に乗ってここを通るのは無理そうです。大名は籠にのっていったと思うのですが、この道は降りないと無理なんじゃないだろうか・・とか考えました。
雨が降るととても滑る道のようですが、今回はしばらく晴れが続いたこともあって全然滑りませんでした。こののぼりの最中で腹痛が強くなり、歩きが入ってしまいました。やっとのぼりが終わって板堂峠に到着するとその後はアスファルトの国道。道路にライトがないのでやはり真っ暗。そんな暗闇を走っていると、向かいから人影が。なんとAカテゴリー(250キロ)の先頭の選手が帰ってきたのです。すれ違いに声援を送りました。この道を564番の方とほぼ一緒に走りました。緩い下りを走り続けると佐々並エイドに到着。
64.7km 佐々並エイド 予定1時28分 1時22分到着。
ほぼ予定時刻に佐々並エイドに到着。ここで用を足すと劇的に腹痛が良くなった。ここは小さい町になっているけど、やはり夜だから真っ暗。エイドを出るとすぐに山道に。ここでも564番の方と一緒だったので、お話しながら走りました。少し登ったら釿ノ切峠。これでちょうのぎりとうげ、と読むのだそう。ここを超えると有名な一升谷の長い下り。約400メートル高度を下げます。帰りに上るのが大変そう。石畳なのでつまずかないように慎重に走ります。6合目道の真ん中に付近で落とし穴があると説明会で言っていたので、ライトで良く道を照らしながら走りました。無事に穴に落ちずに走りきったところで次のエイド、明木エイド。
74.6km 明木エイド 予定2時37分 2時42分到着
ここもほとんど予定時刻に到着。ここから萩市内を一周するコース。道が平坦だけど、その分しっかり走らないといけない。JR萩駅前を通過して、そのまま走るとコンビニ「ぽぷら」に到着。ここで皆さん買い物をしていました。このあたりで再度おなかに違和感があったので、補給が十分できなくなっていました。カロリー補給も兼ねてオレンジジュースを購入し、ハイドレーションパックに詰めました。私がポプラを出る段階で564番さんが到着。ここを出るとすぐに日本海が見えてきました。まだまだ真っ暗で良く見えない。
このあたりから250キロカテゴリの人を沢山抜くようになってきました。さすがに私より24時間多く走っているので、疲労の色が隠せません。
87.0km 浜緑地公園 予定4時10分 4時22分到着
ややペースが遅くなっているのは腹痛が影響しているから。おなかに巻いた腹巻ライトを少しおろして腰の位置にすると、おなかが圧迫されなくてよいかもしれないと思い、巻きなおす。この公園は2個目のチェックポイント。カードにチェックする。このあたりで不通が影響してか、時々歩きが入ってしまいました。海岸にあるトイレに駆け込んで用を足したけど、今回はそんなに復活できませんでした。トイレに入るところで564番に抜かれてしまいました。しばらく海岸沿いを走っていると次のチェックポイント「虎ヶ崎・つばきの館」が近づいてきました。つばきの館の1キロほど前で、後ろから女性の声がしました。580番台の方で東京出身とゼッケンに書いてある。きれいな方だったので、自分の中で「美ジョガーさん」と名付けました。この方はしばらく1人ではしっていたようで、「同じカテゴリの人に全然会わなかった」と言っていました。自分が腹痛があって走れなくなっていると説明すると、胃薬をいただけるとのこと。わらにもすがる思いで薬をいただくことにしました。
95.9km 虎ヶ崎・椿の館 予定5時17分 5時48分到着 6時5分出発。
ここで3つ目のチェックポイント。忘れたら大変なのですぐさまチェックシートにチェック。ここに到着した時間を記帳するのですが、現在の順位は26番のよう。ただ、やはり腹痛が影響して予定からの遅れが目立ってきていました。
つばきの館の名物はカレーなのですが、おなかが痛んでいるときにカレーを食べると致命傷になってしまうかと思い、うどんを注文。座席に座ると564番さんがカレーをがっつり食べていました。これだけ走ってしっかり食べられるのは強い!自分も食べないとこの後続かないので、食欲がないもののなんとかうどんを完食しました。
うどんを食べたら、なんと体が軽くなっていました。長距離では体調が悪くなっても復活するといってたけど、このことかな、と思いました。次のチェックポイントの東光寺までしっかりと走れました。お寺の向かいの売店で3つ目のチェックポイント。
3つ目のチェックポイントから2-3キロほどで次のチェックポイントの陶芸の里へ。
105.1km 陶芸の村公園 予定6時41分 7時19分到着、7時25分出発
腹痛は収まったけど、ジェルを飲む気になれなかったので結構余ってました。陶芸の村公園では2個目の荷物預けが受け取れます。ジェルは使った分だけ補充。ドリンクのカロリーメイトはこういう時でも飲みやすくて重宝します。これで200キロカロリー補充。あとはおにぎりを手にして食べながら出発しました。
出発した直後に美女がーさんが「調子どうですか?」と声をかけてくれました。見事に復活できたので、感謝感激雨あられです。
このあたりでGPS時計の電池が終了。残念ながら最後まで記録できませんでした。
しばらく行くと、70キロの選手が続々とやってきました。トップ選手はやっぱり速い!70キロの選手は陶芸の村に行って、そのまま折り返して帰ってくるコースです。
明木エイドで水分を十分に補充。しかし、なんと500CCのボトルに給水したのに、そのままエイドに置いてくるという失態。1.5Lのハイドレーションパックもあるので給水が全然できないというわけではないけど、エイドでコップ代わりに使っていたので若干不便になります。忘れものに気が付いた時にはエイドを出て数キロ走ってしまっていたので、取りに帰ることはできませんでした。
しばらく進むと一升谷。さきほどは延々と下ったのが、逆に延々と上るようになります。ぎりぎり走れる傾斜だったので、しっかりと走りました。70キロの方から「この坂を走って登れるのは凄い」なんて言ってもらえたので、さらに調子に乗って走り上りました。腹痛がほとんどなくなって、大変体調が良くなってきました。
一升谷を登って釿ノ切峠を超すと、佐々並エイドに到着。結構熱くなってい
たので、水をかぶることにしました。眼鏡をはずそうとしたら、自分は眼鏡をかけていなかったことに気づきました。帽子をとって頭から冷水をかぶるととても気持ちが良かったです。
少し下ってからまた延々と上り。ここもしっかり走り切りました。
雲がほとんどなくて暑いなあと思っていたら、自分が帽子をかぶっていないことが判明。さっき水をかぶったときに帽子を外したままおいてきた・・・なんだかさっきからエイドを通過するごとに荷物が減っていくなあ。気を付けないと。しばらくすると陶芸の村で折り返した70キロの選手が私を抜いていきました。速いなあ。長い緩やかなのぼりを登りきるといよいよ坂堂峠。ここから下るといよいよゴールです。行きの時は真っ暗で全然良く見えなかったけど、帰りは明るいので森の木々や往還道の石畳が良く見えました。躓かないように気を付けながら下るとあっという間に往還道が終了。
ゴール付近では大会関係者や瑠璃光寺の観光客が沢山いました。大きな声援をいただきながらゴール。最後までしっかり走りきれたレースでした。スタート時間がみんな違う関係上すぐに順位はわからないのですが、20番から30番の間くらい、とのこと。
チェックシートのチェックはどきどきしたけど無事にパスして完走証(この大会では完踏(かんとう)といいます)とメダルをいただきました。メダルのデザインはこの大会の過酷さと比較するととてもファンシーでなごやかな感じでした。
完走したらすぐさま着替え。実はこの後家族と合流することになっていました。夕食を一緒に食べられそうなので急いで荷造りをしました。
9月末に行われるスパルタスロンの予習として参加した本大会ですが、課題は2つ見つかりました。腹痛対策しっかりと、忘れ物をしないということです。とても思い出にのこる楽しい大会でした。来年でこの大会が終わるのが寂しいですが、次回も是非参加したいと思います。
次回は250キロかな・・大変そうだけど。