新年一発目にまた重たい話題になるんですが、
最近ニュースを見ていて悪い事をして捕まったひとの話を
記事で読んだんですが・・・

凄く同意せざるを得ない部分が有りました。


SNS依存症とかそういう感じの奴です。



人間関係が希薄な社会、
責任を負う事を避ける大人
自分にとっての都合の良い情報の溢れる環境


FacebookやTwitter、ここAmebaもそうだし
MixiとかLineとか沢山ありますが、
基本的にこういう場所での会話って
自分の発言を真に受けるかどうかは相手次第。

投げっぱなしの無責任な発言の温床です。


悩み事について返事をした所で、自分が責任取る訳じゃない。
その人が結果どうなろうが自分は困らないから
自分の意見が正当である事の主張もしくは
自分のメリット(その相手に嫌われないとか気に入られるとか)
でしか物を言わない人が多いと思います。


言っている自分だって、あまり知らない人に
SNSなどで返信する時は、相手が嫌じゃない事とか
どういう風に答えて欲しいのかとか考えるし
その人に同意する事で、その周囲に対して
本当にそれが正義なのかって言う事は
取り敢えず置いておいて、先ず同意する方法を
考えてしまいます。



でもこれってリアルでも良く有る話ですが
実際の世界では、その人だけじゃなく
その周囲に関わる全ての人に対して影響する事なので
本当は安易に相手に同意する事って
必ずしも相手の為ではない事は皆さん
分かっているはずです。


同じような感覚で同意出来る事もあれば
そこで安易に同意する事によって、
本人は共感を得られたと、自分が正しいと
思うかも知れませんが、これが厄介です。


希薄な責任を持たない発言に同意されても
必ずしもそれは相手の本心では無いかも知れません。

例え本心であっても、その結果がもたらす
周囲への配慮が欠けている場合も有ります。



結果的に最初に話した犯罪を犯してしまう
若い世代の比較的勝ち組と思われた人達っていうのは
きっと叱られたり、否定されたりする事から
逃げる事しか出来なかったんだろうなと。


自分の間違いを指摘されると、自分そのものを
否定された気になる。

そうではなくて、色んな事を教わっていると言うのに。


賛成だけが自分を守ってくれる訳では有りません。


自分の意見には必ずそれに関連して周囲に影響がある。
その影響を、自分の事だけしか考えず周りに対して
マイナスな事を言えば、周りから否定されるのは当然。


普段からずっと周りに賛成されて、同意されて
不満を共有して、己の正当性ばかり主張していると
実社会に出てルールや周りとの関係を構築出来なくなります。


結果、同意してくれる人を求めてまたバーチャルの世界に
自分の主観を書き込めば、また周りに甘い事を言われる。



人間は甘い方に逃げたい生き物ですから
結果的に自分に対して本当に大切な事を教えてくれた
相手を否定する行為に走ったり、聞く耳を持たなかったり。



そうやってどんどん周りの事を考えられない
独善的かつ自己中心的な考えの持ち主が育って
誰かを傷つける事になるのかと思うと、
便利になった反動で、心が失われているのではと
つくづく思うのです。



自分も同じように文明の利器の恩恵に与っている以上
一概にそれを否定しているのでは有りません。

でも、便利さというのは使い方を誤ると
物事の善悪を見失いかねない諸刃の剣です。


自分にとって耳の痛い事を排除して
聞こえの良い言葉だけ聞いてしまう癖がついた私達は
いつしか自分にとって大切なアドバイスを
受け止める責任と自覚を奪われてしまっている気がします。


組織の一部に属して、仕事を任される上で
組織に守られてチャンスを貰って
色んな事を教わりながら成長して
報酬をもらうことに対して
自分自身が何を対価として求められるか。

その貰う事が権利と主張する人に限って
自分側の対価とか義務を果たす事を
棚に上げてしまう人が多くなっています。



きちんと義務を果たした上で得られる権利は
正当に主張する事は正しいでしょう。

しかし義務も果たさず、対価も支払わず
自分の権利が満たされないと、
周りにアピールする人が凄く多い。

周囲は義務を果たして対価を支払っている前提で
権利は主張すれば良いと応援してくれるけど
そう言う部分は棚に上げて、
周囲が同意してくれていると勘違いする人、
それだけでなく、同じような思考の人が
安易に権利を守れと煽るが故に
本人は永遠に気付けない。



見えない部分の自分にとって都合の悪い事は
隠したままで主張した事にいくら同意されても
その同意は本質を得ない。


自分が逆の立場で言われる側になったら
あなたはどう思うのでしょうか??


会社はコストを欠けて人材を育て
スタッフの生活を守る責任を背負うことで
会社に対して貢献してもらう契約をするのです。

貢献どころか足を引っ張る人に
コストをかけて生活を守る義務は有りません。

でもそこに悪意が無ければ、きちんと指導して
お互いのプラスになるように面倒を見るのです。


会社だけではなく人間関係もそうですよね。


お互いが必要とする関係とか契約。

片方だけが利を得る関係は成り立ちません。



一生懸命安易に同意してくれる人を探して
そこに逃げ込んで自分の権利ばかり主張しても
お互いに与え合えない環境では何も生み出せない。

そんなこと自分がされたら誰だって嫌です。


まず自分の事として考えたら分かる事


自分の事だけでなく周囲の事を最大限考慮して
その中で自分にとって本当に大切な言葉はどれか

ただ自分を肯定してくれる人が本物の仲間ではない。
間違いを指摘して、過ちを叱ってくれる人が
とても少なくなっています。


余計な干渉をすれば訴えられたり
親切で声をかけたら警察を呼ばれたりする時代
当たり障り無くやり過ごす方が得策と
考える人が多くなるのも分かりますが、
そうやって不干渉を決め込む人達の逃げた結果が
後輩達の正しい物の見方や人間性の構築を
妨げてしまっている事実を受け止めるべきでしょう。


不干渉の責任。

無責任の罪。

本当に聞かなければ行けない言葉に耳を塞ぐ愚行。


どれも現代社会の闇なのでしょうか。

分かっている人はそんな逃げ方はしないんですが
視野の狭い人にはなかなか通じない言葉でもあります。


自分一人で生きて居る訳では無い

ならばもっともっと周りを大切に生きて欲しいと
そう願うばかりです。


他の人に分って欲しくてやっている訳では有りません。

自分自身がそれをやる理由があるから

それしか無いですよね、こんな事。


いきなりそんな事言われても理解出来ないでしょうがすみません。


お金にもならないし、嫌われ、恨まれ、罵倒され、
悪口を広められ、有りもしない噂をされ・・・

善意と厚意でした事も、助けた事も、
同意した事も、教えた事も、受け止めた事も
背負った事も、全て否定されて・・・

それでも続ける理由は本当は無いと思います。


それは相手のためではなく自分のためにしたい事。


相手の為であると同時にそれによって
自分が救われたいという願い以外には無いと思います。

感謝されたい訳ではありません。


いつでも自分は「理解者」を求めていたような気がします。

自分の正義、自分の理想、自分の夢
本当の愛、本当の家族

愛されたい、必要とされたいという願いが人一倍強い。

そして、自分が信じる正義を突き進んで、
それが自分にとっての真実であった事を確かめるために。

自分のやり方が正しかったかどうかは結果を出す事でしか
証明出来ないから、本気で関わっている事がある。

そこに求める自分の利益は金銭ではなくて
社会的な地位や名誉でもなくて、
自分の信じる正義とか理想とか夢を
受け継いで進んでくれる人が育つ事


結果を出して、自分の正義を証明して
その精神をさらに多くの人に伝えてほしいという願い。


証明しなければただの綺麗事を語る負け組
証明すれば真実を語った勝ち組


自分の人生に勝利する為にやっている事
負けは即ち生きる価値が証明出来ないと言う事。


世の中に自分の生きて来た証を残したい


僕が語った一言でも二言が、
一人でも多くの人の人生に響いて、
道標になってもらえるようになりたい。

そうすれば自分の身体は滅びても
僕の生きて来た証になる。


今、利害が一致していないと言われて
敵だと罵られて、足を引っ張ると言われて
これ以上無い位に酷い言葉で刺されても
その相手が僕以外の誰かを傷つけることが
無くなる為に気付いて欲しいと願います。


僕は敵じゃない。


厳しい事を言うのも、何でも賛成しないのも
否定する事も、指摘する事も、
全てがその人の願う未来に近づく為に
僕が信じる最善の方法だから。

そしてその人よりも僕は多くを知っていて
他の人よりも沢山の経験を持っていて
確実に本人よりも近道を知っているから。


いろんな回り道もして、失敗も経験して
沢山喧嘩もして気付いた事が沢山あって、
自分には掛け替えのない財産でもある経験は
誰にでも良い訳じゃなくて、自分が信じる
自分の仲間にだけきちんと教えて行きたい。

それが僕がしてあげられる最大の援助

お金より、技術より、知識より
そこに向き合う時に必要な考え方と精神。

沢山同じような夢を見て、安易に考えて
口だけで終わって行った人達や、
いつまでも現実を見ずに逃避してる人
何処かの誰かの受け売りをそのまま真に受ける人

使う側と使われる側、与える側と与えられる側
勝つ人と負ける人、動かす側と動かされる側
学校教育や普通の家庭、例え会社に勤めても
普通なら決して教えてもらえない少数の考え方。

勝つ為の法則や、精神論もそうだけど、
人としての器と大きな愛情を持つ事も大切。

だけど、誰にでもそれを教えたら、
都合の悪くなる人が居るから、
その人達は自分達の利益を守る為に
決してその方法は教えてくれないんだから。

僕は仲間から搾取する人間になるのではなくて
仲間が勝つ事で、同じ喜びを共有したい。
だから、僕の知識はただ搾取する為には使わない。

仲間の為に自分のスキルを活かして、
仲間と共に大きな事を成し遂げる事が目標だから。
僕一人儲けようとは思わない。
一緒に儲けたいから。

だから自分だけ儲けようと言う人とは
一緒にやれない。

仲間の利益よりも自分の利益を優先する人とは
相容れる事は出来ない。

お互いがお互いの為に努力できる仲間を作る事

そんな願いで色んな事業を興したけど
でもその度に、悲しい想いをしてきてばかりです。


そしてまた今回もそうなるのかもしれないと
最近ずっとそんな事ばかり考えてしまいます。

金の為だけなら、こんな面倒な事をわざわざやったりしない。

自分の利益だけ求めるなら、もっと悪い事いくらでも出来る。

ズルい大人の汚いやり方も沢山知っているから
やろうと思えばやれる事をやらないのは
それをやったら自分の正義が正義でなくなるからって
だけど、分ってもらえないのは正直辛い。

そんなに汚い事しているように見えるのかなぁ

そんなに力が無いように見えるのかなぁ

綺麗事では生きて行けないけど、
出来る事なら真っすぐ真ん中を進みたい。

自分は勝負に負けるかもしれないけど、
仲間は勝たせてあげたい。
その為の原動力は

信じてくれる事。



本当の信頼が自分の人生のテーマかもしれない。

親鸞さんの言ったように
「たとえその人を信じて騙されて地獄に堕ちても、
元々自分は地獄に堕ちる身だから、後悔はないんだよ。」
と言える自分でありたい。

「その人の言葉を信じて救われたんだから、
結果ではなく信じれた自分が幸せと思わなければいけない」
そういう言葉だと信じています。

信じるのは勇気がいる事
信じられるのは責任を背負う事

信じてもらった自分が相手にとって嘘にならないように
そんな人間になりたいと願っているのですが、
その為には相手を信じて許して受け止める事が
大切だと分っていながらも、
心を抉られる度に、悲しい気持ちになってしまいます。

とても悩んでいる自分が居る。
心が折れそうな自分が居る。
いや、もうとっくに折れているけど、
何かに縋りたいのかもしれないね。

よろけて倒れそうだけど、掴まる所も見付からない。

何を頼りに生きれば良いのかも分らなくなっています。

自分自身で危ないなぁと思うんだけど、
そういう冷静な部分ではまだ大丈夫かなとか(笑)

本当にさいきん冴えない表情してる自分に
つくづく嫌になりますが、
本当にみんなゴメンナサイ。

もう少し悩んで足掻いてみます。
もう初めての募集から2年が経ったマーブルですが、
設立に当たっての本来の願いを最近話す機会があって
再確認も含めて書かなければと。

マーブル・メイプルを立ち上げるにあたり、
自分はアイドルの事など何も知らなかったのは事実です。

それまでのコンビでは、DJイベントが中心の
営業スタイルに変化をしていましたが、
この掛川という限られた場所で、音楽を中心に
お店を続けて行く事には不安もありました。

DJイベントでもそうですが、今のシーンは
其々ジャンル分けがハッキリしてて、
レゲエの子はレゲエの子
ヒップホップの子はヒップホップ
バンドの子はバンド・・・と
大都市ではないので限られた枠の中で
其々が苦労して自分達の好きな事を発信しようと
試行錯誤している姿は、
絶対的な需要の少なさを表しているとも
考えていました。

そんな限られた枠の中を対象に商売は無謀です。

当然、お店の維持には売上も必要なので
その限られたメンバーに負担を強いる事に
なってしまう事も明らかです。

なので、僕はそれぞれ限られたジャンルの中で
活動している人達だけではなくて、
別のジャンル同士を繋ぐ事が出来ないかと
ずっとそんな事を考えていました。

そして其々のジャンルに共通して、必ず盛り上がる
そんな瞬間を探した時に、主体的に動いている
男の子達のテンションが上がるのは、
そこに女の子が居るときである事も見えていました。

頑張っている女の子がイベントで輝く姿は
どのジャンルでも共通で共感を得られる。

不思議な物でこういう事に夢中になっているのは
多くが男性なので、発信する側の男女比は
明らかに男性主体の現場が多いのも事実ですから
そんな中で女の子が頑張っているのは
とても印象的ですし、不思議と応援したくなる
というのも分ります。

そして個々のジャンルに特化したままでは
横に繋がって行かない事もあるので、
ジャンルを超越した存在と考えた時に
閃いたのがアイドルでした。

アイドルって言うのは形態であって、
こうでなければいけないと言う固定した
ジャンルではないのではないか?
アイドルがバンドをやっても、
レゲエやヒップホップをやっても良いのでは
ないだろうか?
と考えたら、非常に自由な存在なのでは
無いかと思えたのです。

幸い、コンビではアニソンという
それまで自分の知らなかったジャンルが
レギュラーでイベントとして開催され
そんな出会いの中で、アニソンというジャンル
は音楽を縛るものではないと気付いた事もあり
音楽の幅をジャンルで縛るのではなく
もっと自由に色んな事を出来るジャンルとして
アニソンもアイドルも共通ではないかと。

条件は揃っていました。

コンビにはステージが有って機材が有って
音楽をやっていた自分が居て
ダンスの講師をやっていたスタッフが居て
その為に鏡も設置してありました。

アニソンという知らないジャンルに
食わず嫌いしていた自分が、
彼らの情熱に感動して勉強した事も有り、
新しいジャンルへの抵抗も無かった事から
出た答えがアイドルだったのです。

自分達が出来る事をアイドルと言う形で伝える。

音楽のジャンルを飛び越えて、
コンビで色んなジャンルの音楽の現場に合わせて
同じグループが色んな事に挑戦する。

其々の現場で関わってもらう人達に支えられて
ジャンルとジャンルを繋ぐ橋渡しをして
地元と繋がって大きな流れを生み出して
その上で地元から外に向かって新しい事を
発信して行く事が出来ないかと。

その発信基地がコンビで、ここをホームに
外に飛び出して行くアイドルグループがあれば
掛川の音楽シーンが変わるのではないかと。

そういう流れを大きくして掛川を中心に
新しいシーンが出来ないかと願った事が始まりです。

前述のアニソンイベントのお陰で、
従来のアイドルソングに縛られずに、
コンビでのイベントとコラボして楽しんでもらえる
そんな願いも有って、最初にこのアニソンの
皆さんと一緒にアイドルを作りたいと願いました。

正確にはアイドルの現場とアニソンの現場は
違うものであるのは分りましたが、
アイドルとしての実績は何も無いコンビの
グループがいきなりアイドルですと言って
認めてもらえる程甘い世界ではない事は
ステージに立っていた自分は良く知っていましたので
一緒に歩んで欲しいと言う願いも込めて
このアニソンの現場をかりて、実績を作りたいと
そう願ってのアニソンコラボアイドルと言う
発想が生まれたのです。

アニソンから他のジャンルも含めて
もちろんアイドルという本筋も狙って、
奇抜な行動やファッションではなくて
アイドルらしいイメージを維持しつつ
音楽的に様々なチャレンジをする。

と言うのが僕の最初のコンセプトです。

マーブル・メイプルが他と差別化したいのは
様々な音楽性にチャレンジする部分と
そんな事を考えていました。

アイドルを応援して下さる皆さんには
邪道かもしれませんが、アイドルソングだけでなく
そういった現場で色んな音楽に触れてもらって
様々な音楽性を知ってもらったり、
別ジャンルから、アイドルも悪く無いと思ってもらう
そんな新しいムーブメントを起こしたいと。

10人で楽しんでいた物を100人で、
100人で楽しんでいた物は1000人で。

アイドルもアニソンも、ヒップホップもレゲエも
バンドもそれ以外も。

どんなジャンルであれ頑張ってる人を見るのは感動します。

自分は頑張っている人が好きです。

バンドでもそうですが、頑張ってるつもりになって
自分が特別になったと勘違いして
天狗になって格好付けてる人も多いですが
そんな所に感動は生まれません。

どんなに格好悪くても全力で頑張ってる人こそ
感動を与えられると思います。

有名になりたいとか、自分がああしたいこうしたいではなく
自分が伝えたい事を受け止めてもらえるように
全力で自分がするべき事を努力出来る人は
自分が頑張ってるなんて言わないでも伝わります。

そう言う人のステージはジャンルを飛び越えて
見る人に対して説得力があります。

チヤホヤされる事が目的ではなくて、
そこに感動や共有感、一体感を与えられる存在に
なって行く事を第一の目的として、
その延長線上に同意して下さるファンが増えて
大きな舞台に立たせてもらって、
さらなる上を目指す。

結果としてより多くの人に、沢山の感動を与える。

その対価が多くの人に愛されて有名になって
次のステップに進んで行く事だと思います。

自分のやりたい事の為にマーブルが存在するのではなく
マーブルの目的を達成する為に活動する事が前提で
それをきちんと頑張る事で、他の事もやらせてもらう。

自分が有名になって、皆に認めてもらう為には
まず自分が与えることが出来なければいけない。

その為に一人ではなく複数の力を合わせて
持てる力の全てを使って全力で接する事ができれば
一人一人の力は小さくてもきっと伝わると思うのです。

切っ掛けは「可愛い」でも「面白い」でも良い。
その先に繋がる想いを伝える事が出来れば
入口は沢山あった方が良いでしょう。

そういった部分でアイドルという存在は
近くて遠い存在であって欲しいと思います。

誰でもできる努力しかしなければ、
その存在は特別でも何でも有りません。
普通の人が努力する事のそれ以上を普通に出来る
そんな子が身近に居れば誰でも応援したくなるはずです。

流した汗と涙の量が自分達の支えとなって
自信を持ってステージに立って、
そこに居て下さる人の為に全力でぶつかる事が出来る
そんなアイドルが育てられれば、
例え掛川の隅っこの小さな箱からでも
全国に伝わるグループは出来るはずです。

其々の願いは違えども、今、ここに居る事は
マーブル・メイプルを求めて下さる方々の
その期待に応える事から始めた上で、
皆さんに認めてもらった上で自分達のしたい事を
伝えて行くという順序を守る事も大切です。

全ての期待と全ての願いを100%受け入れる事は
必ずしも出来る訳ではありませんが、
マーブル・メイプルが立ち上がった願いを礎に
先ずは与える側になる事が第一歩です。

その先に自分達の願いを受け止めてもらう土俵が
整うのではないでしょうか。
相手に受け入れてもらう環境を作る前に
自分を受け入れてくれと要求ばかりしては
搾取するだけの何も伝えられないグループに
なってしまいます。

そしてグループとしての目標や願いを無視して
自分の目的を優先して活動する事も
ただ搾取するだけの行為です。

自分がマーブル・メイプルを立ち上げた理由。

その第一歩は様々なジャンルを繋ぐ接点になる事。

自分達の全力で感動と言う共通項の元、
新しい世界に興味を持ってもらい、
次に繋げて、その輪を大きな物にして
一つ一つを積み重ねて、沢山の人の願いを背負い
より大きなステージで多くの人に感動を与える事。

その結果として其々の評価も上がって、
個々がやりたい夢を更なる支援を得て
実現して行く事が目的です。

感動を与え夢を具現化する。

自分は生活を掛けてそのお手伝いをする。
でも専属でそれをやる為には
お店と自分の生活が成り立たないといけないので
応援して下さる皆さんに支えられて
事業として初めて成り立つと思っています。

日々のコンビの営業は、マーブルが活動する上で
場所と機会を守るための大切な要素です。
もちろん関係が逆転して、マーブルがコンビの
営業を支える程の結果が出れば、その比重は
逆転しますが、現在はお店有ってのマーブル。

マーブルを優先してお店が稼働しないようでは
共倒れになってしまいます。

一人でも多くの人に感動を届ける事を願いとして
マーブル・メイプルが活動する為には
健全なコンビの営業と、収益が無いといけません。

お客様の夢とメンバーの夢を叶える為に
コンビがその土台とならなければ、
今はまだやって行けないのも事実です。

現状は楽観出来る物ではないのですが
これをご覧の皆様で、マーブルの願いに賛同頂ける
そんな方が居られましたら、コンビの運営及び
マーブルの運営へのご協賛を頂けると嬉しく思います。

お店を利用して頂けるだけでも助かります。
この場を使って、マーブルを使って
皆様にメリットのある様々なイベントを
企画して頂いても構いません。

マーブル・メイプルとコンビがその活動を
維持出来るだけの対価を得る機会を
応援して下さる皆さんの手で作ってほしい。

自分に出来る事はやります。

皆さんに出来る事、チャンスを下さい。
それがみんなの夢に繋がる立った一つの道です。
残念ながら材料が有りません。

夏からお店の具合もよろしく無くて
マーブル・メイプルは良い方へ少しずつですが
進んでいるのですが、自分が悪い方へ進んでいる。

伝わらない事にイライラしながら、
同時に様々な事を抱え込みすぎて
どれも上手く回らない状態です。


予兆は今年はじめのラーメン屋の閉店辺り。

もう僕の店では無かったにしろ、権利は僕の物
だったので、きちんと終わらせてあげたかった
と思っていますが、僕の願いとは裏腹に
結局駄目にしてしまったんだなぁと。


僕が考えたレシピとお店を使って、
指示通りにオペレーションして、
きちんと営業して、ちゃんと回せば
全然流行ってたはずのお店なのですが、
コンセプトを勝手に変えて、営業もせず
無用な所に予算を掛けて、
気付かないうちに商品まで変わってしまうのでは
決していいお店にはならないです。

もちろん其々が考えて、原因と結果をシュミレートして
実験をしながらより良い方へ変えて行く事は
絶対に必要ですが、変化の理由が自己都合とか
導かれる結果の為の変化でなかったりする場合は
往々にして失敗します。

よく手段が目的にすり替わると言いますが、
まさにその通り、最終的にどういった目的の為に
この変化を行うのかという事がズレると
その変化による影響に付いての考察が足りなくなる。

一番多いのは自分の主観だけでの変化。

自分の為だけの変化は、周囲に対しての影響を無視して
自分に都合の良いシュミレーションで物事を考えて
しまいがちです。
その結果は周囲との意見の相違を生み、
孤立を招き、最終的には自分の為にもならない結果を
招くと分っていない人があまりにも多い。

結局自分のやった事に対して責任を負うって事

でもこれ、自分が責任者でない場合は責任を負ってもらう
ことになりますよね。

そこが気楽な人達程、安易に適当な事をやろうとする。
失敗しても良いからやってみろ!!って言える
そんな環境をつくってやりたいけど、
はじめから失敗が見えている企画は駄目。

ある程度の勝算と、理にかなったシュミレートがされて
僕ら責任者の納得が得られる事が最初のハードル。

そんな企画にこの8年で何回出会ったのだろうかと
考えたら悲しくなりました。

コンビは奇抜な事をやったり、お客さんの意表をつく
面白い企画とか大好きです。

はじめは「え~!!』っていう企画でも
最低限の結果が想定されて、後は情熱が有れば
殆どの場合はとにかく一度やってみる!ってスタンスです。

もちろん赤字になった企画も沢山ありますが
それでも実現する為に考えて、行動して、反省するから
次に繋がると思っています。

そんな面白い事が大好きなこのお店ですが、
その場限りの事を続けていても維持は出来ません。

日頃から皆が集まって、支えて下さる場所でなければ
いけません。

自分は掛川で生まれ育った人間ではないので
幼馴染もいませんし、近所付き合いも上手では有りません。
だって家に居ないしね(笑)

歳もそろそろ良い歳で、同世代の行動力ある人とか
みんな其々の責任があって自由の利かない年頃ですし
お店を開けた頃からずっと言い続けている事があります。

コンビを愛してくれる人達が、次の世代を育てる。
スタッフやお客様が仲間と過ごせるお店として
どんどん横の繋がりを広げてもらう。

これが出来なければ、僕の商売は終わります。

コンビも、マーブルも、お寺も、家族も、仲間も
僕一人では何も出来ない事は確かなんです。

僕自身は大概の事は出来ると自負してます。
経営も、教育も、現場の作業も、営業も
様々な仕事をしてきましたし、
様々な業界に首も突っ込んで、一通りの経験を積んで
全く出来なかった・・・って言う事は殆どありません。

末端のアルバイトとして何の権限も無く働く事も
責任者として部下を纏める事も、
数字を出す為に企画を重ねたり、新製品の開発をしたり
飛び込みで企業への営業をしたり、お店を作ることから
ステージに立つ事やショーを作る事もやってきました。

工場の現場でスタッフに仕事を教える為に
自分が作業に入った事も有ります。

決して細かい事は器用な方では有りませんが
何処へ行っても自分のアイデアを形にしてもらう為の
具体的な行動と結果も出してきました。
その結果を出す事で、何処でもある程度自由に
自分の意見を言わせてもらって、それがやりがいとなり
どんな仕事でもその時しなければならない事に
誇りを持って接する事が出来たと思います。

でも、このどれも自分一人では出来なかった事です。

常に周りには仲間が居て、上司が居て、部下が居て
皆が同じ方向を向いて一緒に動けた事は全て
成功して来たはずです。

だからコンビもお客さんやスタッフなど、
皆と一緒でなければ成功はしないのは当然です。

これまで出来た事も、成功した事も、いまお店が有るのも
全ては皆さんと一緒にやってきた結果だと思っています。

そしてこれからもそうして行きたいと願っています。

ですが、正直現状は危機的状況です。

時間とともに其々の環境は変わりますから
生活環境や仕事などで否応無しにコンビから
離れざるを得ない方もおられますし、
其々が新しい道に進んで行くのは当然ですから
ずっと同じ仲間でやって行く事は無理ですよね。

30過ぎで始めた商売ですが、自分も42歳。
当然周りのお客様も環境は変わりますし、
守らなければいけない物も増えてきますから。

そんな中で常に若手を育てて、次の世代に
繋がって行く店づくりをしたいと願ったのですが
実際の所はそうならなかった。

人の人生もそうですが「生まれて生きて死んで行く」
この世の常ではありますが、こういうお店は
必要とされなくなったら素直に引く事も大切です。

本当は一日でも「一人もお客様が来ない日」が
あったら辞めようと思ってたこの商売です。
そんな自分の中のルールが、決まっている予約と
イベントがあるから守らなければと
ダラダラ続けてしまったのは自分の責任です。

今も年末までのご予約は頂いていますし、
自分も楽しみにしている部分ではありますが、
如何せん目の前の毎日があまりにも酷い。

宴会、イベント、企画、予約などは本当に楽しい。
でも、本来もっと楽しい日常の通常営業が
いつの間にか苦しい時間の連続になっています。

ダーツもビリヤードも今はお店の主ではありません。
ステージと機材の有る音の出せるお店として
イベントスペースとして、
地元の情報発信基地としてのコンビに
生まれ変わって行こうと今の場所に来ました。

新しい物を作り上げるクリエイティブな空間として
人と人が繋がって、ここでの時間を明日に繋げる
そんな場所を目指してやっていますが、
次世代に繋げていかなければ、
もう限界が来ています。

出来る事ならコンビは残したい。

自分が頭ではなくても構わないし、
むしろもっと若い力で前に進めて欲しいと
そう願っています。

皆さんがこの店を本当に愛して下さっているのが
非常に良く分っているので、何とかしたい。
でも、今は新しいスタッフを雇い入れる事も
新たな投資をする事も出来ない状況です。

どうでしょうか?
こんな状況ですが、それでもコンビを必要と
そう言って下さる方々で、皆さんでコンビを
一緒に維持してもらえるような、
そんな心意気の方は居られないでしょうか?

自分と一緒にコンビを守ってやろうという力

それが無ければ僕一人では限界を迎えています。

一発逆転は狙っていません。

やるべき事をきちんとして、相応の結果を得る
それが世の中のルールだと思いますので。

でも、皆さんの支えでコンビの運営が安定したら
それはきっと次の世代にも繋がって行って
さらに面白い事が起こりそうな予感がしませんか?

こんなお店は滅多に無いと自負はしています。
ここでなければ出来ない事は沢山あると思います。
バンドもイベントもアイドルも、
講演会とか鑑賞会だって出来る。

サブカルチャーから本気の文化的な物まで
沢山の人の生き甲斐の交わるお店になりたい

日々の生活の中の、ほんの少しの自分の為の時間を
演出するお店を目指してきました。

我こそはと言う方が手を挙げて下されば
このお店は救われると思います。
僕一人ではなく、皆で守れるお店にしなければいけない。

いつもギリギリまで黙ってる悪い癖ですが
今月がどうなるのかで結論を出そうと思っています。

まぁ毎年9月から11月は悩むんですが・・・
去年も9月が越えられないと泣いた覚えがあります。
でも、一年かけて色々と整理したお陰で
実は去年よりは健全な状況なのですが、
それ以上に自分の方が駄目なんですよね。

流石に投資して来たものが大き過ぎて、
自分のキャパを越えてしまっています。

そんな今年の秋を越えられるのか、
その事でテンパっている門岐です。
昨日、おとといと、息子二人の得度式(お坊さんになる式)
で京都の東本願寺に行ってきました。

得度は人生で一度きり、自分も小4の時に済ませたかな。

子供の場合髪の毛を剃る事も有って、大体夏休みの8月に
受式する方が多いのですが、家の都合で息子二人は今月。

実際毎月やってる式ですが、全国から27名の受式で、
8月の式に比べると全然人数も少ない得度式でした。


・・・が!


説明会で受付を済ませて戻る時にすれ違った方が、
やけに先輩に似ていると思いながら・・・って
先輩じゃん!!!

お子さんはまだ得度の年齢では無かったはず・・・

って何で居るの???って「お久しぶりです!!」
『あぁ~!!!!!!』ってなる訳ですよ、そりゃ。


そんなこんなでビックリしながら、無理矢理時間作って
ちょっとお茶でもって連れて行かれたお店がなんと
後輩がやってるコーヒー店。

しかも寺町四条の一等地!!

知らなかったっていうよりお互いに同じですよね。

みんな大人になったはずなのに、
しっかりしたはずなのに、
それでも変わってないんですよね。

そんな一時を過ごして夜、先輩とfacebookでメッセージを
交換してたら、懐かしい方々が反応してくれる中、

「かどきさん京都来てるの~??わたしも京都だよ!」
「姉の得度式で・・・」
って・・・得度式??
な!?

メッセージの主は、自分のメインのバンドでずっと一緒だった
大好きだったボーカル。

その歌に惚れて、ずっと一緒に活動してたその人。

お姉さんの付き添いとは言え、同じ日の得度式に3人
万とある同派のお寺の中で、たった27人の
一生に一度の得度式で、12年半ぶりの再会って・・・

二人とも12年半ぶり。

自分の結婚式の二次会が最後だからそんなになるんです。

でもやっぱり変わってない。


何の約束もしてないし、誰に会おうと思って行った訳でもない。

この再会に、人の縁を感じずには居られません。


ずっと心の中で会いたいと願っていた人に
本当に偶然会う。

普通に夏の式に出ていたら無かった。

先月用事がなかったら会えなかった。

引き合わせてくれた子供達に感謝です。



因に本願寺に到着した瞬間に車が故障して
6万円位余計な出費が増えてしまった事も
何か有ると予感させてくれる事件でしたね。

自分の引きが強すぎるのか、悪運?幸運??

これはもう運というより運命ですね。

繋がるべくして繋がっている人達なのでしょう。
有り難い気持ちで一杯で、阿弥陀様、親鸞様に
感謝せずには居られませんでした。

お導きというのは、こんなところにも有るようです。