『どう生きて、どう死ぬか』
そもそも『死』というものは存在しない。
人間が『死』という言葉を生み出し、
死は『コワいもの』『イヤなもの』という概念の元に生きている。
今日一日、引きこもって生き永らえた命にいったい何の意味があるのか。
生きることは『変化し続けること』なのではないか。
昨日の自分を瞬で追い抜いている『今』こそが輝く。
一生懸命などは在りえず『一所懸命』にこそ随所に主となる自分がいるのではないか。
『マダマダだめだ…』
『自分はマダマダだ…』
マダマダキャンペーンを自分自身に見ている以上、
自分自身の『より以上』は見つからない。
人間という『不完全性』を自覚することにより滲み出る謙虚さ。
この謙虚さが『マダマダ』であると哲学するならば、
それは『マダマダできる』『マダマダ大きくなる』という成長の種なのではないか。
焼き鳥屋でもフレンチでも中華料理や鮨屋の料理人でも、
BARでも美容師でも大工でも、
そして…政治でも、
哲学なき政治をみて分かるように、
自分が命を懸けているものに哲学や美学が無くて何が相手に伝わるのか。
一本の串に懸ける美学と哲学。
一皿に込める努力と胆力の結晶。
一貫の握りから感じる人間味。
一鍼を打つとき、一つの筋にどのような哲学があるか。
鍼の持ち方・打ち方・鍼先のイメージ・筋の走行・筋の質・皮膚の質…
そこには数えきれない治療哲学があり、治療美学がある。
一方的であり、無差別であり、無条件の所作の美学。
語らずとも、鍼先を通して生まれる沈黙という会話。
『分かったつもり』…の悟りを捨て、求め続けているか。
『マダマダ』…というのは本来、
求め続けて求め続けて、
求め続けている自分自身への可能性です。
未だ未だ、山の麓。
変えられるものを変える勇気をもて。
変えられないものは、受け入れる謙虚さを持て。
そして大切なのは、
変えてはならないものを見極める『智慧』。
変化し続けよう。
進まなくていい。
深く、
深化しよう。
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【株式会社 one page】🇯🇵 国立おざわ鍼灸・整骨院(本院)🇯🇵 院長・代表取締役 小沢 国寛
国立おざわの銀座院【鍼治療 東京おざわ】 🇯🇵 チーム鍼屋®️🇯🇵 東京都中央区銀座2丁目4-19 GINZA SENRIKEN 5F【銀座並木通り】