今更ですが、ちょっと「らんまん」の備忘録的なものを書きます。
あくまでも自分用のメモなので、長いし妄想もありますし脈絡がありません。ご了承ください。
朝ドラは、主人公の成長物語が殆どだと思います。
ですが「らんまん」の主人公は最初から最後まで変わりません。
小林優仁さん演じるチビ槙野万太郎が植物に目覚めた瞬間の「おまん、誰じゃ?」から、
神木隆之介さん演じる槙野万太郎の「おまん、誰じゃ?」で終わる「らんまん」。
♪明日へとつながる輪♪という歌詞のある主題歌「愛の花」に通じる物語の輪を感じます。
万太郎が変化のないのに比べて、周囲の人々はどんどん変わっていきます。
そして多くの人の人生がちゃんと描かれて半生以上透けて見えます。
まさに群像劇です。
脇役が丁寧に描かれるのは「鎌倉殿の13人」も同じですが、
「鎌倉殿の13人」は歴史モノで、殆どの人がなくなって最後を迎えます。
「らんまん」は牧野富太郎がモチーフにはなっているものの、
主人公の名前も槙野万太郎となってますし、何とかフィクションとして観る事ができました。
そうでないと特に前原瑞樹さん演じる藤丸次郎は観ていられません。
田中延次郎先生につながりそうな、優しくてナイーブで悲観的な性格描写。
うさちゃんをそっと抱っこして、かわいい声で「おいしい?」といいながら餌を与える様子。
天パ&繋がり眉毛、くるんとしたおメメで切なそうな上目遣い、そっと目を伏せる儚さ。
まさに「泥沼落ち」(笑)しそうでした。
※ 上のお写真は、ネットのお散歩中に見つけたものです。ありがとうございました。
藤丸がうさちゃんを抱っこし、
シロツメクサの横に前原滉さん演じる波多野泰久と座っている画面は、
もうわたしにとって最強のキラーコンテンツです。
藤丸曰く「シロツメクサを植えると、シロツメクサでいっぱいになって、
西洋みたいだって(要潤さん演じる)ユーシーも喜んでくれるかな。」
波多野曰く「増えたら、おもち、雪丸、藤丸に食べてもらったらいい。」
藤丸が波多野にシロツメクサを差し出すと波多野はそっと横を向き拒否。藤丸がパクリ。
ユーシーを尊敬しユーシーに好意を持ってもらいたいのにそうはならない藤丸の苦悩。
そんな藤丸を優しく包み込むようなうさちゃんと波多野との静謐な時間。
あたかも光に包まれて光の粒になって消えて行きそうな美しいシーンで、
わたしはたまらなく好きです。
そんな狂おしい前半を経て後半。
佐久間由衣さん演じる槙野綾の酒造りを手伝いたいと言って、
綾から「新しい酒のご注文承りました。」と言われた瞬間、
藤丸は藤井健次郎先生になったのだと思いました。
「女性に理系なんかできる訳がない。私費留学もダメ。日本国内から出るな。」
と言われた保井コノさんの留学をサポートした藤井健次郎先生。
「女性は不浄で酒蔵に入ったら酒の神様が怒る。火落ち菌が発生したのは綾のせい?」
と周りに言われたり思われたりしていてもなお、
酒造りに情熱を持っていた綾とともに酒造りを決意する藤丸。
「らんまん」の名シーンのひとつでした。
と同時に憑き物が落ちたように「泥沼落ち」から解放されました。(笑)
※ 上のお写真は、Xの「連続テレビ小説「らんまん」公式」様よりお借りしました。ありがとうございました。
藤丸が最終盤に登場する時、いい感じに色褪せたうさちゃんの巾着を持っていました。
この時点で植物学教室の3羽のうさちゃんはお月様にかえっているでしょうが、
最後まで藤丸とうさちゃんの繋がりや波多野藤丸の絆が描かれていて、ジーンとしました。
そして藤丸は、以前の危うい雰囲気は消えて、
ちゃんと地に足がついた変人奇人のかわいい学者先生になっていました。
はらりと横に流れた髪の毛と逆ハンチング帽で、
きっと頭頂部はバーコードヘアだろうと予測できましたが、
何も言及しないのがこのドラマのよい所。
(前原滉さんが波多野として何度も藤丸の頭に関するセリフを入れたらしいですが、
すべてカットされたそうです。)
最終盤、図鑑の仕上げにいろんな人がやって来ました。
たまたまそんな時、シェークスピアを日本で初めてすべて翻訳した、
山脇辰哉さん演じる堀井丈之助は全集を持ってだずねてきました。
その昔、
浜辺美波さん演じる槙野寿恵子と丈之助の間で勃発した滝沢馬琴先生に関するヲタ論争。
寿恵子が「馬琴先生は最初から最後まで揃っているから素晴らしいの!!」と言った事に、
丈之助は感激して、「寿恵ちゃん、僕をお嫁さんにして。」といった後すぐに、
「だめ、わたしは万太郎さんのものだから。」と間髪入れず返したユーモア溢れる場面を経て、
寿恵子との論争に触発されたが如く、
シェークスピアの全集を翻訳、発行し、万太郎の家に持って来たのです。
そして図鑑の製本等手伝うハメになった。
にしても「最初から最後まで全部あるから美しい。」という寿恵子のセリフは、
洸平くんの「闇に咲く花」の「最初から最後まで知っていないといけない。」とリンクしていて、
ちゃんと井上ひさしさんイズムが長田育恵さんイズムにも生きていると感じました。
両方の共通点を知って、涙が止まりませんでした。
又、南方熊楠さんの合祀に関する不安を綴った手紙に万太郎も同意するシーンも、
「闇に咲く花」、現代の「神宮外苑の再開発」に通じるものがあり、考えさせられました。
土佐編に登場する人々、波多野藤丸以外の東大植物学教室の仲間、
寿恵子周辺の人々、十徳長屋とその周辺の人々、大畑印刷所の人々、渋谷の人々等も、
スピンオフ希望もありつつ皆さん魅力的な人物描写でした。
明治黎明期の歴史も青春の光と影も、
説明セリフではなく物語の進行を観つつ想像力を逞しくしたり調べたりしながら、
自分なりの解釈ですがきちんと浮かび上がっていました。
やり過ごせば何て事ない、しかし気付けば衝撃的な「根津の十徳長屋に」のセリフの意味。
「やはり朝ドラではストレートには言えないか。」等のクレームも散見しましたが、
本作らしい引き算の美学の本領発揮だと思います。
多分60~70代の、波多野の指に光る指輪を発見。
説明はありませんでしたが、
波多野は既婚者、藤丸の指に指輪はなかったので藤丸は独身設定なのでしょう。
何か、リアル、ドラマに関わらず、
一瞬でしたが(笑)初めて結婚したいと思えた人物が波多野でした。
東大2年生ズの10代から日本の頭脳60人に選ばれる60~70代まで、
つまり50~60年、長田さんの紡ぐ波多野で長所も短所も見てきた訳です。
現実の世界では、こんなに長く付き合った人は存在しません。
50~60年人物を見て、初めて結婚という感情になる自分の性分を知って、
20代の頃少し付き合っただけで結婚してうまく行かなかったハズだと、妙に納得しました。
観られる時は1日に3回見ていましたが、何度観ても新しい発見がありました。
X等で皆さんのコメントに教えていただいたり、自分で調べたりセリフの行間に思いを馳せたり。
観るのにエネルギーを使うドラマでしたが、単なる考察で終わらず、
歴史の再確認再発見から未来を考える。
かわいいビジュなのにとても重厚なドラマでした。
「らんまん」は視聴者の数だけ存在するドラマだと確信しています。