その努力は、一体なんのため だったんだろう?

 

韓国での結婚生活。
義母との同居。
言葉も文化も違う毎日。

私は、いつもどこか緊張していました。

 

 

・義母に嫌われたらどうしよう。
・夫に大切にされなかったらどうしよう。

 

 

だから、いい嫁でいようと必死でした。

 

 

我慢して、空気を読んで、
自分の気持ちは“いつも”後回し。

 

 

頑張れば頑張るほど

苦しくなっていきました。

 

 

つわりで横になっているとき、
休んでいることを否定されたように感じた

夫の何気ない一言。

 

 

義母の機嫌が悪そうな態度に、
「私、何かしたかな?」と不安になる。

 

 

そのたびに、
自分がどんどん小さくなっていく

感覚がありました。

 

 

そして母になってからは、
その苦しさが子育てに向かいました。

 

 

「いいママ」でいなければ。

子どもに寂しい思いをさせないように。
気持ちを汲み取れる母でいなければ。
完璧なママでいなければ。

 

 

そう思うほど、イライラが止まらない。

マンホールの蓋が吹き飛ぶほど
激しく怒ってしまったあと、

自己嫌悪でいっぱいになる。

 

 

”どうして私はこんなダメなママなんだろう”

そう思っていました。

 

 

でも、心理を学ぶ中で
大きな気づきがありました。

 

 

これは、今の自分の問題ではないということ。

 

 

心の奥には、
インナーチャイルドやバーストラウマと呼ばれる
幼い頃の記憶や体感が残っています。

 

 

「選ばれない=必要とされない」

 

 

例えば、「3番目の子どもはいらない」
「妊娠、不安だな…どうしよう」

 

 

そんな大人の言葉や感情を、
赤ちゃんは“そのままの意味”で

受け取ってしまうことがあります。

 

 

ママが無事に産んでくれたとしても、
そのときの不安や葛藤が、
無意識の中で

“私は選ばれていないのかもしれない”

という勘違いとして残ることがあるのです。

 

 

すると大人になってからも、

見捨てられないように。
嫌われないように。
必要とされ続けるように。

無意識に頑張り続けてしまう。

 

 

私は、まさにこれでした。

夫や義母の反応に過敏になり、
相手に合わせすぎてしまう。

 

 

「愛されているか」
「必要とされているか」

何度も確認したくなる。

 

 

子どもに対しても同じで、
必要とされる“いい母親”でいようと
必死に仮面をかぶっていました。

 

 

だから、少しでもうまくいかないと
強い不安が押し寄せる。

 

 

そしてその不安が限界を超えると、
自分でも止められない怒りに

変わっていたのです。

 

 

“選ばれたい”
“必要とされたい”

 

 

この気持ちが自分の中にあると認めたとき、
初めて怒りをコントロールできるようになりました。

 

 

誰かに選ばれることで安心するのではなく、
自分で自分に安心を与える。

 

 

母としても、妻としても、
完璧じゃなくていい。

 

不安な日は揺れていい。

 

寂しいときは、夫に甘えていい。


子どもに頼ってもいい。

 

怒りすぎた日は、
「ごめんね、ママ疲れてた」と伝えればいい。

 

 

そう思える日が増えると、
夫や義母との関係も、

少しずつ変わっていきました。

 

 

もしあなたが今、
夫婦関係や義家族のことで苦しいなら

それは、今のあなたの問題ではありません。

 

 

幼い頃のあなたの心が、
ずっと安心を求めてきただけ。

 

 

だからこそ、
安心を取り戻すことができれば、
人生は変わり始めます。

 

 

その第一歩は、
「自分を責めることをやめること」。

 

 

ここからすべてが始まります。