ちょっと視点を変えてのお話です。
音を出す時、何度も書いた様に、鍵盤を押します。
実際にはその動きが内部で(2ケ所?)変換され、弦をハンマーが下から叩きます。
実際と逆の動作で音を出す事、
動作が直接でなく変換されて音が出る事
音が出る場所が自分から遠い事
厄介な楽器ですネ。
豊かでよく響くフォルテを出そう!・・・・すると
つい、鍵盤にのしかかって思い切り!
がっちゃん!
細かい音を速く正確に弾こう!・・・・すると
つい一生懸命指を動かす
(昭和に習った人は特にそう教わってます)・・・すると
カクカクバタバタ!
と、こういう事が起こります。頑張っているのに悲しいです。
例えばフルートで、豊かなフォルテ
思いっきり、ぴ~~~~、とはならないでしょう。
自分が耳障りな音を出した事が、感覚ですぐ解るからです。
楽器の特性、大雑把に言うとピアノは
自分がやらかしている事を、自覚しにくい
という事で、怖いですね~
少し話が迂回します。
今の40~50代位の方達で、子供の頃にピアノ教室に通った方達
しっかり指を動かして、速く正確に大きな音で、と教わった方が多いです。
ハノン、ツェルニー、バッハ、ときちんとやりました。
手もしっかりしてますし、音楽の基礎もあり、ピアノが好き。
なのに、・・・・・
ツェルニー、嫌い!
多くの方に大変嫌われてます。
BGMの様な音楽が、ここまで嫌われるのもおかしな話です。
美しさを知らないから、苦しい記憶だけが残るのです。
モーツァルト苦手
多くの方が沢山弾いたはずなのに、苦手意識を持ちます。
本来の美しさはわかる。でも、弾きたくない・・・
頑張って練習して、怖い先生にやっと「いいでしょう」と言われたモーツァルトのソナタ
でもその弾き方では美しくない。
「でも、これが正しいのよね?」
と、なかなか記憶から抜けないのです。
おかしな話ですが、子供の頃に教わった価値観を否定するのは大変なのです。
幼児期から訓練を要するので、どこかでそれがずっと脳を支配してしまいます。
またまた話が迂回します。
音が美しいな~
フレーズの弾き方が美しいな~、
響きが美しいな~
と思う演奏に共通している事を考えてみます。
丁寧な打鍵
鍵盤をゆっくり押すと柔らかく豊かな音が出ます。
鍵盤の底に到達する時間が短い程、固い音になります。
それがきちんとコントロールされています。
がちゃん!ジタバタ、ではないですね。
美しさを自分が味わう事
音、フレーズ、響きの美しさ
弾いている人が味わっていなければ、聴き手には伝わりません。
伝えるべき事を間違いなく読み取る知識、伝える技術が必要です。
つまり、音楽をきちんと理解しなくてはなりません。
聴き手が味わう時間を、きちんと提供する事
この響き、きれいでしょ?、はい~!次!
返事をきかずに次々進まれると、ちょっと残念ですね。
打鍵の仕方とか、脱力とか、音階の弾き方とか・・・
確かに個別にも難しいです。
ピアノは非音楽的になりやすく、気づきにくいという事
丁寧に打鍵する事
音楽を理解し伝え、美しさを味わう事
聴き手が味わう時間を提供する事
どうして良いか解らなくなったら、ここに帰りましょう。
基本ですから抽象的です。
具体的に、打鍵や、音楽の基礎や、余韻について・・・
説明していきしょうね。