ピアノを習いたいというお問い合わせの他に、最近はお子さんに「絶対音感だけお願いします。」というお問い合わせもあります。
ご自宅に一切楽器を買う予定はないそうで、結局お断りする様になってしまいます。
幼少時に訓練しないと身に付かないから、とにかく・・・というお気持ちはわかりますが・・・
私は音楽を通じて音感を習得してきました。
確かに絶対音感は一時の単なる音当てでも習得できるのかもしれません。
只それが脳に一生刻まれるのか、私にはわかりません。
ところでその絶対音感ですが、自分には正確な意味での絶対音感はないと思います。
世間では、多分絶対音感があると言われるでしょうが・・・
例えばピアノの音を美しい響きでなく「ぐしゃ!!」と一度に鳴らされても、5~6音は聴きとれます。
余談・・・
以外に協和音の方が聴き取りにくいものです。
例えば下から手の大きい方が・・・左手でド・ソ・ド・・・・右手でド・ソ・ド・ミ・・・・
かなり広範囲ですね。これを一度に鳴らされると、真ん中のドが鳴っているかどうか考えてしまいます。
複雑でない曲なら、楽譜がなくても自分の耳で聴いて、聴いた音を記憶できなければ楽譜に書いて再現できます。
でもごくごく僅かな周波数のズレをテストしたら惨敗!全部同じに聴こえてショックでした(笑)
おそらくピアノを通じて、キーを通じて脳の奥に記憶された音と、今鳴っている音を比較しているにすぎないのでしょう。
記憶する事!が幼少時しかできないのかもしれませんね。
絶対音感の有無が演奏家として問題になるか否か・・・それはよく議論されます。
それは演奏する楽器の性質にもよりますし、演奏する音楽のジャンル・・というか性質にもよると思います。
民族音楽には、楽譜という手段でなく伝承という形で伝えられたものが沢山あります。
正確な楽譜の再現・・・という点では、西洋のクラシック音楽はかなり特殊ではないかと思います。
教会でのミサや王宮でのしきたり・・・これらはルールが厳しく、正確に伝える為に記録が必要です。
又、教会や王宮、アカアデミア等は、記録がきちんと保管されているので、歴史に残りやすいのでしょう。
西洋クラシックは特殊であり、記録により音楽=音学として、研究され発達したものです。
庶民の音楽は、資料が極端に少ないでしょう。
楽譜があってもあくまで参考程度、マネしてアレンジし、その場のノリでどんどん変化していく・・・
でも本来それが自然かもしれませんね。楽しそうです。
楽譜に頼る要素が少なければ読譜は必要でなく、その音楽を自分のものとし表現する感性が必要で、それに欠かせないのは相対音感でしょう。
又、笛や歌など、メロディの部分を担当する楽器は、豊かな歌心とリズム感、相対音感が必要です。
相対音感しか持たないすぐれた演奏家も多くいらっしゃいます。絶対音感の有無を問う必要はないと思います。
絶対音感の有無が問われるのは主に、読譜を必要とし、メロディやリズムだけでなく全体を組み立てる必要のある演奏だと思います。
自分でもよくわかりませんが、複雑な楽譜からその音楽をイメージするのに必要なのではないかと思うのです。
ピアニストと指揮者は性質上、自然に絶対音感が身に付くでしょうし必要不可欠です。
とはいえ、ピアノを楽しむのに必ずしも必要ないと思います。感性や相対音感を磨けば、それで十分補えます。
例えば、ト長調と変ト長調、・・・・
同じ様に聴こえます。キーを移して歌う事もありますから、特に問題ないのです。
只、厳密にいえば、音、は違います。微妙な響きが違います。
作曲家がト長調でなく変ト長調を選択して曲を書いた理由があるのです。
例えばドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」・・・半音ずらしてト長調にすると・・・柔らかみが激減し透明感がでるでしょう。
でも細かい理屈が解らなくても、・・・・なんか変だよ。どうして?・・・と感じる感性で補えるのです。
絶対音感はあれば大変便利ですが、感性と相対音感で補える事が多いのです。
只、理論的に音楽を分析研究したり、複雑な楽譜から音楽をイメージしたり、・・・
又歌の伴奏等で、突然とんでもない所に音がずれた場合等の瞬時の対応には必要でしょう。
でも音楽を学び楽しむのに、それを持たない事は妨げになりません。
なんか違うよ?・・・どうして?・・・と感じる感性がなければ、そちらの方が問題です。
叩きつける様な不快な音を平気で鳴らす・・・・そちらの方が、はるかに怖いのです。
長くなりました。お読み下さってありがとうございます。