唯一記憶にあるのは、優しい年配の先生の姿と、鍵盤に貼られた丸い色とりどりのシール
それで鍵盤の位置を覚えて、音当てもしましたよ。
ドは赤、レは黄色 ミは緑 ファはオレンジ ソは水色 ラは黒 シは白
楽しかったな~


私はその先生に見込みがあると言われ、別の先生を紹介されたそうです。
優しい年配の先生が、怖い若くて綺麗な先生に変わり、ショックだった事はよく覚えてます。

その先生のピアノは、鍵盤に何も色がありませんでした。
音当てレッスンでも、「ドは赤」とかの遊びもありませんでした。
質問した母にその先生は仰ったそうです。
「ドはドです。赤ではありません」・・・・・・つまんな~い!

前の先生がちょっぴり懐かしかったです。
でも厳しいけれど、私の事をとても可愛がってくれた、いい先生でした。
時がたち、音大生になった頃、フランス近代作曲家、ドビッシーに惹かれた時期がありました。
それまで散々練習したモーツァルトやベートーヴェンやバッハとは全く違った音楽でした。
一つ一つの響きに、香り、色彩、空気が漂う様な不思議な響きは新鮮で、彼の作品を色々弾いてみたくなりました。
彼の言葉によると・・・
「ドの音は・・・色、・・・・の香 レは・・・色・・・の香 、・・・を感じる」
(具体的な色は忘れました。)
という感性を持っていたそうです。
又ドビッシーの名手、ピアニストのマルグリット・ロンの言葉にありました。
「彼の作品は、楽譜を見ただけで彼の感性に共感し、どう弾くがイメージできるなら弾ける。
できないなら、絶対弾けない」
イメージしてみました・・・・
ド・・・・赤、情熱、炎 レ・・・黄、うきうきする音、ひまわり、夏 ミ・・・緑、新緑、初夏・・・
ショックでした。
幼児期に、音を覚える為に便宜的に使った色、物しか思い浮かばないのです。
私は今でも、ソの音をきくと、夏空や水を想像します。
ラの音は喪服を想像します。
もし私が作曲するなら・・・
小川、夏空、水の曲なら、ソから始まる音階のト長調・・・ソは青
夏に咲くひまわりなら、レから始まるニ長調・・・レは黄色
誰かを弔う曲なら、ラから始まるイ短調・・・ラは黒
と、なるでしょう。
4歳の時に見た、鍵盤に貼られたシールの色なのです。
「ドはドです。赤ではありません」
・・・・・・・その言葉の重みを感じます。
音当てには他の遊びを考えました。音を他の何かに置き換える事はやりません。