こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋 -2ページ目

こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋

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メキシコでのホームステイ中


自分の名前を笑顔(-^□^-)と一緒に呼ばれ続け


改めて、名前を呼ばれること、


名前を呼んで人と向かうことの大切さを感じた。


我が家は3人の娘おとめ座ブタ天使がいる。


男の子男の子は主人に、女の子女の子は私が・・と


暗黙の了解で名づけることを決めていた。


財産王冠1¥は残してやれないから、


せめて名前だけは、呼ばれた時の音音譜


の可愛ドキドキさと


その名付けた親の思いラブラブをこめよう。


と、いっぱしの親として考えて付けた。


長女は 愛:Mana 1982年生まれ


結婚後6年目に授かった愛おしいドキドキ存在だった。


その気持ちをそのまま音音譜にした。


読みは、今でこそ二音で構成されている名前は当たり前だが



当時はまだ三音の名前が多かったので、結構目珍しがられた。


思いを込めて名付けたが


3,960gの超おデブ叫びで産んでしまって、

頬のお肉に目が食い込んでいる見たいで

親のひいき目でも

Manaの名前には不釣り合いなお顔得意げだった。


二女は、芽生:Mei1985年生まれ

だんだんに二音の名前が増え始め

ニコニコまいちゃん、かおみよちゃん、にひひかなちゃん、シラーりえちゃん

公園で遊ぶお友達たちと混乱はてなマークしそうな

似たような名前が溢れ出したが、


初めて出会う男の子のママには

彼女の誕生月5月と季節のクローバーチューリップ黄草木の芽生えからつけた。

と注釈をいれると一発ビックリマークで覚えてくれた。


三女19歳は 詩音:Shion 1992年生まれ

男の子男の子でも、女の子女の子でも行けそうな名前になった。

実は、二女から7年ぶりにできた子


てっきり、男の子が生まれると思って

女の子の名前は考えていなかった。

若い頃からサッカーサッカーをやっていた主人は

膨らんでいくお腹に今度は自分の番だとばかりに

「周斗:Shuto]と毎日、呼び続けていた。


出てきたのが女の子女の子となると

大慌てで名前を考えた。

文字祝日と音音譜と・・・。


戸籍提出の二週間が迫ってきたころ

どうしても思いつかずに焦ってきて

「何か、可愛い音音譜だけ頂戴!」と主人にも名付け親の権利を・・・。


多言語活動を始めてから生まれたので

あらゆる世界の名前が飛び出した。

却下!却下!却下が続いた挙句


「しおんひらめき電球!」と主人の口から飛び出した。

主人は多言語活動のことを考えながら、

「しおん:子音(しいん)!」と言ったらしい

が飛び出した瞬間「それ頂きグッド!!」と

あとは文字を決めるだけ


それは、それは考えた。

師恩、紫苑、四恩、汐音・・・。


熟語で意味を見つけようと探すと名前に合う字が見つからない。

何か良い意味は無いか?と誕生したその日に、

記念になるようなことは・・?

と主人に調べてもらった。


「時時計の記念日!」


「時」が浮かび。(へんを変えれば!)

と「詩桜」が浮かび上がった。

そして「詩音:しおん」が決まった。


三人の娘はそれぞれの名前が決まってから

その半生分、その名を呼ばれ続け

本当にその名前にぴったりの人アート病院カラオケになっていった。


我が家が娘たちの名前を決めるまでに

ストーリーが有るように

全ての家族家


名付けるまでのストーリーがあるのだろう。


そして、子供たちはその名を呼ぶ声の愛に

支えられてその名にぴったりの人間に成長していく。


妻となり、母となり、祖母となり

家族が増えるに従って

じぶんの名前で呼ばれなくなる日本人の常。


地球の裏側飛行機のメキシコで

優しい心遣いと共に名前でキスマーク音譜呼ばれ続けた二週間は

改めて名前にたくした両親ドキドキの思いを考えた。

メキシコ チワワでの二週間は
毎日人に出会い、
ベッソを交わし、
抱きしめられた日々だった。
また会った人の数だけ
“Yuki”と言う自分の名前を呼ばれ続けた。

自分がその名前を名づけられてたことを
何十年振りかに意識した。

ヒッポの活動に参加するようになって
ニックネームで互いを呼び合い
「おゆき」と言うニックネームで呼ばれる事に慣れ

○○さんの奥さんでも無く、
○○ちゃんのママでも無く、
「誰かに付随している私」では無く
「私自身」を感じられる居心地良い
日常を過ごしてきた。

でも、チワワでの暮らしは
更に自分の名前を強く意識した。

妻になって、母になって
両親以外はその名で呼ぶ人が居なくなり
名づけてくれた両親と永久の別れをしてから
尚更、呼ばれることが無くなった
“Yuki”と言う名前で呼ばれ続けた毎日だった。

人の名前は生まれた時から
愛おしい存在として
両親がその名で呼びかけることから始まる。

生れ落ちてから常に愛される存在として
自分を意識することのできたその名前で
毎日、毎日出会う人のたびに

「ゆき、会えて良かった。」「ゆき元気?」
「ゆき、楽しんでる」
「ゆき、チワワの生活はどう」
「ゆき、よく眠れた」
「ゆき・・・?」「ゆき・・・。」

満面の笑顔で向かいいれられ
優しく頬を寄せられ
両手でしっかり抱きしめられ
名前を呼ばれられながら
沢山の気遣いの言葉を
投げかけられて過ごした。


べーっだ!Kぷん(2歳3ヵ月)は最近どんどんお喋りが上手になってる。
どうしてかなぁ?と色々考えてたら、
オウム返しに言えるようになってから
余計話せるようになってきたような気がする。

それまでは言われたことを聞いてるだけの感じだったのが、
言われたことをそのまま言えるように
メタ活(そっくりに真似して言うこと。)出来るようになってからぐっと話せる言葉が増えてきた。

音がたくさんたまったら聞いてすぐ口に出してみるようになる
自分から話すようになるためにも
その作業(メタ活)は大事なんじゃないかなと思った。

ママの私も赤ちゃん体験!!
昨年一泊ホームステイ受け入れしたパキスタンのイクバルさんは
未だに週1~2回電話をかけてくる。

以前「ヒッポにまた行った[?]何をしたの[?]」と英語で聞かれて
一瞬パニックになったけど
次の瞬間「ソノ子の手紙(ヒッポのストーリーCD)」の中の英語のフレーズ
(THERE WE SING and DANCE …)が頭に浮かんできて
そのまま言ったら
すごくよくわかったみたいな相槌が返ってきて、
歌って(ことばも歌みたいにメロディーから捉えて)てよかった~と思った。

そんな風に頭を使わず自然に英語を言う場面が
自分に起こるなんて考えたこともなかったのに、
その状況になったらすんなり出てきてビックリした
            キョンのベベ体験でした。