こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋

こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋

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2012年夏13名の青少年と初アメリカ大陸上陸しました。

こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋

ホームステイしたバーンズは

こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋
岩と乾いた土地にセージトゥリーが生い茂り、
何処までもどこまでも同じ風景の続く
オレゴン州の片田舎 Harney Countyある
小さな小さな(だけどデッカい!)町でした。

バーンズで二週間過ごしたことを伝えると必ず聞かれるのは
「Oh!バーンズ!!ゆきはバーンズで何を見た?」と・・・。

勿論、それは「バーンズは何も観る場所も、
目立ったお勧めのものは無いところ・・・」の意味を含めていました。

でも、私がバーンズで見たものは!!

優しく深~~い温かみを湛えた眼差しと

こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋

誰でも包み込んでしまう大きな包容の心を持った

こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋

バーンズの人々でした。
甘く優しい言葉をかけられながら

こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋
過ごした二週間を思い出す度に

こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋
心の内側が今でも熱くなります。

こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋
あ~~バーンズで過ごした日々に戻りた~~い!!

今日の成増は参加者小宮ファミリー3人だけでした。


初最少参加人数ショック!


たばこを吸いに何度も部屋からいなくなっちゃう旦那さんのジーコと


OAの一次選考の結果がこの週末に届くはず・・・。


それを家で一人で待ってるドキドキ感に堪え切れず


久しぶりに成増ヒッポにやってきた末娘のし~たんとおかんおゆきの3人のみ叫び


でも、今日は大収穫ありにひひ


来年の冬のメキシコ交流にジーコが参加決めましたチョキ


まだ所属メンバーが居ないプレファミリーの


成増土曜日のファミリーですが、


10月からの新年度から向こう一年間の


「多言語」で遊ぶ計画が立ちましたグッド!


「ジーコ自然習得でスペイン語べらべらになるかも・・!」大作戦


近くのファミリーから誰かジーコと一緒に


冬のメキシコ交流に参加しそうな人発掘しなくっちゃ。

雲の合間に青空がのぞく
$こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋-雲間に青空


気持ちのいい朝、

Ipodから流れて来るのは
$こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋-Ipod


久しぶりに「その子」のedition アルバム。

インドネシア語→ポルトガル語→広東語→ヒンディー語
→アラビア語→台湾語→またインドネシア語→トルコ語
→またアラビア語 (・・と、場面によって言語が変わる。)

自分の好みに拘わらず、
勝手に世界の言語が聴こえてくる。

私が持っている多言語CDの中でも
あまり、お好みにしていたアルバムでは無い。

でも、今朝は(いつもと気分変えて・・・!)
と思って、ランダムにIpodの画面をクルクル選曲
押した途端インドネシア語から始まった。

「おゆき 今週の金曜日、もしかしたらヒッポの集まりに
インドネシアの人を連れていくかもしれない。」
と、つい2~3日前ヒッポの仲間から告げられていたので

普段あまり耳にしないインドネシア語だけを聞くより
混ざって色々聴こえてくる方が楽かな・・・!
と、そのままこのCDをかけている。

洗濯物を干し、
$こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋-洗濯干し

植木に水をやり、

$こどもと一緒に多言語のある暮らし 板橋-水やり

家の中を細々と動き回っている度に
聴こえてくる多言語のストーリーに 口が反応する。

無意識に鼻唄がわりに口ずさんでいる。

家にいる時には、殆どチョイスしなかったアルバム
聞いていなかったはずなのに
口が覚えてる!!

言語によって可笑しな日本語に聞こえるところは
特に(うんっ?)と反応
瞬間 頭の中でストーリーのイメージを思い浮かべる。

日本語の可笑しな空耳!
聞き流していた時には
思いもしなかった場面が
空耳の想像と一緒に二重写しに見え

(あ~ そう言う意味だったか!)と思った途端
本来のイメージがくっきりしだす。
(この言葉を話す人に会ってみたいな・・・!)
と思いはじめる自分がいる。

空耳に聞こえた時には
不思議と「『〇△&#〇◆』って聞こえる!」と可笑しがって
話してくれたメンバーの顔が最初に浮かんでいた。

今年の夏のメキシコの様に
CDのストーリーと同じ言い回しをした人に会うと
同じ音なのに
今度はその人の顔しか浮かばなくなる。

人間の話す様々な言語が
いつも、私の意識と無意識の中を
行ったり来たりしながら
記憶の層に刻まれていく。

赤ん坊たちはこうした日常を繰り返しながら
母語を手にれていったんだろうな・・・!
と気分はぼんやりだけど、
自分の体験と共に確かさを感じる。

「ばば船 ~~
「おー稲木 ~~   石って~~」

「立たねば 母さん
「ぶぇ~~       父さん無視」

「ばっ!甘辛じぇっ~~    」
「辛軸
 
「 なす~ 

「 その子の ブギウギ あっクシャミ いめ~」



ふざけているとしか思えないほど
次々に日本語の意味不明な
言い回しにしか聞こえないトルコ語。

この言葉を話す人との出会いが
一挙に頭の中の景色を変えてしまう

そして、想いを伝えあう大切なものとして
自分の中から
消すことのできない言葉に変わる瞬間を迎える。

おっと!インドネシア語は
まだ意識に引っかかってこないな・・・。
きっと、今日の出会いが
この言葉も大切な存在に変えてくれるだろう・・