雲の合間に青空がのぞく

気持ちのいい朝、
Ipodから流れて来るのは

久しぶりに「その子」のedition アルバム。
インドネシア語→ポルトガル語→広東語→ヒンディー語
→アラビア語→台湾語→またインドネシア語→トルコ語
→またアラビア語 (・・と、場面によって言語が変わる。)
自分の好みに拘わらず、
勝手に世界の言語が聴こえてくる。
私が持っている多言語CDの中でも
あまり、お好みにしていたアルバムでは無い。
でも、今朝は(いつもと気分変えて・・・!)
と思って、ランダムにIpodの画面をクルクル選曲
押した途端インドネシア語から始まった。
「おゆき 今週の金曜日、もしかしたらヒッポの集まりに
インドネシアの人を連れていくかもしれない。」
と、つい2~3日前ヒッポの仲間から告げられていたので
普段あまり耳にしないインドネシア語だけを聞くより
混ざって色々聴こえてくる方が楽かな・・・!
と、そのままこのCDをかけている。
洗濯物を干し、

植木に水をやり、

家の中を細々と動き回っている度に
聴こえてくる多言語のストーリーに 口が反応する。
無意識に鼻唄がわりに口ずさんでいる。
家にいる時には、殆どチョイスしなかったアルバム
聞いていなかったはずなのに
口が覚えてる!!
言語によって可笑しな日本語に聞こえるところは
特に(うんっ?)と反応
瞬間 頭の中でストーリーのイメージを思い浮かべる。
日本語の可笑しな空耳!
聞き流していた時には
思いもしなかった場面が
空耳の想像と一緒に二重写しに見え
(あ~ そう言う意味だったか!)と思った途端
本来のイメージがくっきりしだす。
(この言葉を話す人に会ってみたいな・・・!)
と思いはじめる自分がいる。
空耳に聞こえた時には
不思議と「『〇△&#〇◆』って聞こえる!」と可笑しがって
話してくれたメンバーの顔が最初に浮かんでいた。
今年の夏のメキシコの様に
CDのストーリーと同じ言い回しをした人に会うと
同じ音なのに
今度はその人の顔しか浮かばなくなる。
人間の話す様々な言語が
いつも、私の意識と無意識の中を
行ったり来たりしながら
記憶の層に刻まれていく。
赤ん坊たちはこうした日常を繰り返しながら
母語を手にれていったんだろうな・・・!
と気分はぼんやりだけど、
自分の体験と共に確かさを感じる。
「ばば船 ~~
「おー稲木 ~~ 石って~~」
「立たねば 母さん
「ぶぇ~~ 父さん無視」
「ばっ!甘辛じぇっ~~ 」
「辛軸
「 なす~
「 その子の ブギウギ あっクシャミ いめ~」ふざけているとしか思えないほど
次々に日本語の意味不明な
言い回しにしか聞こえないトルコ語。
この言葉を話す人との出会いが
一挙に頭の中の景色を変えてしまう
そして、想いを伝えあう大切なものとして
自分の中から
消すことのできない言葉に変わる瞬間を迎える。
おっと!インドネシア語は
まだ意識に引っかかってこないな・・・。
きっと、今日の出会いが
この言葉も大切な存在に変えてくれるだろう・・