自己否定的な価値観を形成した保育園時代のお話。 | 今を感じて心が前に進める言葉を届ける。鳴響詩翠。

今を感じて心が前に進める言葉を届ける。鳴響詩翠。

社会人。

今後の生き方を模索したい。
その時々の思いや考えを残していくつもりです。

こんにちは。おゆきです。

 

今日は私の自己肯定感の低さや劣等感、他人=敵のような考えに至った根幹とも言える、

幼少期の頃の話をしようと思います。

 

今の私がこんな性格になっているのは私のせいではなかったとちゃんと認識できるように

願いを込めて書きます。

 

 

記憶がある中で最も幼かったのは恐らく3歳の頃。

親が共働きをするということで保育園に預けられるようになってからの記憶です。

 

保育園時代について人には

「人生で最悪の暗黒時代」と表現するくらいには、肯定的な感情を持てませんでした。

 

まず3月生まれだったせいなのか、

同学年の中で誰よりも出来ないことが多かった。

むしろ人並みにできることがあった記憶もありません。

具体的に挙げてみます。

 

・縄跳びができない(走りながら跳ぶことが出来る子も多かった)

→元々友達がほぼ居なかったが、縄跳びができたら声をかけて一緒に走りながら跳んで遊べたと思う。

 

・階段を1段1歩で降りられない(1段につき2歩でないと進めなかった)

→よく近所のお寺まで階段ダッシュをしてお参りしたあと、階段を降りて帰ることがあったが、

いつも集団の中で一番遅れており、先生と一緒に降りていた。

置いて行かれるような寂しさがあった。

 

・保育園の授業参観で、はさみで画用紙を自由に切る授業があったが、

「どう切れば正解か」が分からずはさみを持ったまま泣いていた。

(はさみの使い方が分からなかったのか、自由に切っていいのに正解を求めて分からずに泣いたのかは

今となっては分からない。)

 

・数字を数えられない

→数字をいくつまで言えるかをクラスで自慢し合っていることがあり、

私が30くらいまでしか数えられなかったとしたら

「私は50まで」「私は200まで」と私よりもずっと上のレベルまで数えられていた。

その子たちは周りから羨望の目で見られていた気がする。

羨ましかったし、自分は認めてもらえない気がした。

 

・ちょうちょ結びができない

→お昼寝の時間に自分でちょうちょ結びをして布団を整えてから寝る習慣があった。

皆はすぐに済ませて就寝しているのに、私はいつまでも結ぶことができなかった。

そして出来ないと言い出すこともできずに一人で泣いていた。

(「出来ない」と言う勇気がなかったのか、その手段を知らなかったのかは分からない。

前者の可能性が高いが。)

 

・ご飯を早く食べることができない

→保育園なので基本的にはお弁当を持参していたが、

ランチタイムにお弁当を完食できなかった子は昼休みを使って食べさせられた。

さらに椅子の前で地べたに正座をして、椅子を机代わりにして食べなければならなかった。

罰を与えられているような感覚に陥った。

 

まずざっとこんな感じ。

できないと罰がある、周りに置いていかれる、認めてもらえない

こんな感覚がありました。

 

加えて人に助けを求ることができない環境にいました。

 

 

園内で唯一の友達?らしき子がいた。

その子は自己主張が激しめで、やりたいことは何としても実現しようとする。

 

よくその子と昼休みに遊んでいたのだが、

「ドレミちゃんごっこ」「セーラームーンごっこ」のような遊びをしようと強請ってきた。

 

私はその子がとても苦手で、ごっこ遊びも好きではなかったので嫌と言うも、

執拗に迫ってきて先生のところまで逃げても遊びを迫ってきた。

 

そして肝心の先生は一瞬盾にはなってくれるが無理に止めようとはしてくれない。

一瞬その子の気迫が緩まるだけ。少ししたらまた強要してくる。

 

それが怖くて嫌だった。

 

あまりに嫌で、他のお友達を作ろうと頑張ったこともあった。

「Bちゃん、一緒に遊ぼう」と声をかけた。

するといいよ、と言われた。次の昼休みに一緒に遊べると思っていた。

一緒に遊ぼうと声をかけてくれると信じていた。

 

でも肝心の昼休みになるも、その子をすぐに見つけられず。

どこにいるのかな?と探していると、

その子の靴箱の靴がなくなっていた。

 

既にBちゃんは遊びに出かけていたのだ。

冷静に振り返れば

小さいころだから遊びに夢中ですっぽかしてしまっただけかもしれない、

私も外へ出て「一緒に遊ぶ約束してたよね?」と聞けばそのまま楽しく遊んでいたかもしれない。

 

でもその当時はそこまで考えられなかった。勇気もなかった。

せっかく誘ったのに断られた。忘れられたのだと思い、ひどくショックを受けた。

 

 

友達作りはうまくいかず、嫌な子だけが身近にいる。

先生に助けも求められない。求めても変わらない(気がした)。

 

出来ない事ばかり。認められないし置いて行かれる。

ご飯を食べきらないと罰のようなものを受ける。

 

何も楽しくなかったし、どうすれば一日が無事に終わるかと考えて一人で過ごすことも多かった。

 

だから保育園には行きたくない。でも親は会社があるから辞める事だってできなかった。

親に助けを求められなかった。

 

送り届けられるタイミングで毎日泣いていた。

数か月して泣き止んだかと思えば、クラス替えの時期になるとまた泣き始めた。

 

こんな風に過ごしていたので、ありのままの自分でいいとか、守られるべき存在だとか思えずに育ちました。

 

 

 

こうやって振り返ると、よく頑張ったよなぁと思います。

 

そして幼いころにできなかったあれこれは、当たり前だけど今はすべてできます。

だからこそ、あの時の価値観を引きずる必要はないんだなって思います。

 

昨晩、私がこれまでに達成した事、頑張ったことを書き出してみると

意外とすごいこといっぱいしているって気づいたんですよね。

 

自分の能力に見合っていない気がしちゃうけど、それでも頑張らなければ手に入れられなかった経験が

実は多かったんだって思います。

 

過去の価値観は過去のもの。あの時はしょうがなかった。

でもこれからは自分で価値観を刷新していける。

と信じます。

 

 

ご一読ありがとうございました。