人間の欲って、5つありそうだ。

食欲、性欲、知欲、物欲、自己顕示欲。


動物にもまたこの5欲があると思うのだが、

人間が他の動物より著しいものは

「知欲」でないのか、、、と最近、思う。


昨今の人間界は世界中で「金、金、金」とカネ至上主義ばやりだが

その多くは物欲や自己顕示欲に属する部分に占められる。

それでどんなに大金持ちになったとしても満足できないのは?

結局、知的満足が金儲けだけでは充足されないからだろう

おそらく、そうだろう、と考えている。


金がほしいのはモチロン物欲だし、いいベベきたり、外車に

乗ったり、5億円の豪邸を建てたり、湯水の如く贅沢三昧の

限りを尽くしたいと思うのは物欲と自己顕示欲そのもの。

そんなことはありえないだろうが、頭はどうでもいいわけである

金儲けには。大金持ちの方で、知的な学究肌の方や芸術家で

ある人ってあんまりいないのではないか?特殊な人種では

天皇家の人々があるかもしれないが、例外中の例外。

なろうとしてなれるものでもないわけですし、、、、


ワタシのなかで世界に誇れる、これが日本の芸術家だ、って

思えるのは「本阿彌光悦」と「俵屋宗達」の二人である。

彼らがどんなに金に困らず、作品作りに没頭できたのかは

詳しく知らないが、少なくても、2007年の今現在において

彼ら二人の後にも先にも彼らを超える日本人はいないと

極めて個人的な偏向ですが、そう思えるのである。


「知的」にも「フォルムと色の絶妙さ」や「遊び心」も

教養や文字や絵付けのこなれた達筆と伸びやかさ、

こういったものが満足できる人間というのはあまたの

人類の頭数のなかにもごくごくいないはず。

「知欲」を極めた達人、大金持ちではなくそういう人に

ワタシがあこがれるのは、何より人間という本性が

知的創造に一番心惹かれるものであることを物語っている

のだと、個人的きめつけ男にはどうしてもそう思える。



サム空の十五夜は鑑賞にはちと肌身にこたえ過ぎるが

澄んだ初冬の夜空に、その月はくっきり冴え渡り、いい。


本来なら「明日のハボタン出荷終了」を迎えるにあたり

家族へのご苦労様の気持ちをこめて乾杯し、大いに飲み

明かしたいところであるのだが、あいにく本日もホテルの

徹夜勤務で、月夜の出勤である。、、、

本来なら、少しく今年のハボタン栽培の反省と

「今後の課題と対策」を大真面目に語りたいところだが

日中の出荷準備作業を終え、22時から翌日の朝までの

徹夜勤務という自虐的なまでの酷使をすると

アタマはモーロー、体がユッウラユッラと揺れ始め、

立っているのが困難になってくる。結果、思考が前に進まない。

そいう事情なワケで、「大真面目な反省と次の手」は

次回ころあいをみはからって、語ることにしよう。


ただ「大幅黒字こそ逃したが、2年目にして対経費+-ゼロの

売上は達成できる見通しが見えてきたので、

そいつぁ~百姓2年目、それもたったの5ヶ月の栽培と出荷のみで

の話なんだから「タイ~シタもんだっ」って自画自賛して

家族と自分自身をねぎらってあげたい。

殺人事件、交通事故、自然災害、食品偽装、耐震偽証、記憶にないという

国会議員痴ほう症、株暴落、石油高等続き、トウモロコシ相場急騰とファンド

と呼ばれるハゲタカ集団の台頭、ブッシュ政権支持率凋落の一途、どっちも

どっちフクダトオザワの狐狸庵、1億総中流から総プアへ、

超高齢社会、福祉施設ハードの充実となり手のない介護員は新3K、

ゆとり教育から詰め込み教育・お受験地獄へ復古回帰、二枚舌の

バイリンガル日本の子供たち、ゴルフ最年少賞金女王、最高60億で

売買されるプロ野球選手という「商品」、レベルが上がっても勝てない

日本男女バレーの不思議、刻一刻と着実に進む温暖化、11月大雪

日本気象の異変、何故そんなにTV出るの?三輪・江原・細木の怪

、、そんな今のKeyWordを徒然に並べてみる2007年初冬の世相


我が家に目を転じれば

いまだしだが引きこもり症から徐々に社会復帰ラインに向かい始めた三女と

お供の白猫2匹と、半世紀生きてみた夫唱婦随夫婦の、平々凡々とはいえな

いがそれでもまんずまんず短波の如くな泣き笑いの案外幸せな一家の日々

が続く東北の冬、、、勿論、総プアの一翼に属する正会員。



「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け滅せぬ

もののあるべきか」、、謡曲『敦盛』の一節は信長のみならず脈々と日本人が

持ち続けてきた情緒的人生観。


その半世紀を生きたニンゲンは今「おまけの人生」を迎え、これからが本当に

自由で、生きたいように生きていい、そして自分の本領を思いっきり素直に

発揮することのできる「人生の集大成」時代に入った、と言える。


「見よ、この自由闊達を」と、見せられるものなら見せてあげたいくらいの

何にも臆せず、遠慮せず、人の偏見を気にせぬ伸びやかさをワタシは

手に入れた。それがあるから、時に寒気に包まれた畑でひねもす出荷

作業に追われ凍傷寸前の極限状況で気が狂わんばかりになっても、

徹夜勤務の連続が数日続くような心身辛苦の「金取りシゴト」が続いても

苦にせず、乗り越えてしまえるのだろうと、思われた。

中年っておもしろい!と今は思う。



ミナサンはありうべからぬ、この麗しき瑞穂の国に生まれ、育って

何の疑問にも思わないで毎日

トイレの水を2回、3回とジャージャーと豪勢に流し、その上

勢い良くカラカラッっとトイレットペーパーをワタ飴職人の如く

手繰り寄せてはあらん限りふんだんに使っている人が

多数なニッポンジン、だと思いますが、、、


そういう「幸せイッパイ」なニッポンジンのミナサンに

少し、外国の話をさせていただきますね。

実は、トイレの水圧に何の不思議も感じぬまま轟々と流せるって

国は実は日本をおいてない、かもシレナイ、と思うほど

外国のトイレの水事情は悪いのが普通です。

まして中近東においてなんぞは「紙」なんぞ、ご法度。

「大」はジョーロに汲んである水と指だけで済ませるのが「当たり前」

だからこそ「左指は不浄な手」なのでありまして

あちらで左手でモノを食べようものなら白い目で見られるわけです。


さて、瑞穂の国は「日本」唯一かと申しますと世界に

もう一つだけありまして、それはスカンジナビア半島の「北欧」です。

あそこはただ「フィヨルド」の国であり、日本とは地理的な成り立ちが違い

氷河が解けた深い断崖絶壁の入り江と尾根の連なりという国土なの

ですが、緑と水が豊富で、木を大事にするお国柄や水道水をそのまんま

日本同様に飲めるという点で、やはり瑞穂の国と言えるんです。

しかしそんな北欧ですらトイレの水圧は低く、フィヨルド観光の拠点の

ホテルではシャワーの水の出が悪いことがしばしばです。

フランスや、ドイツのトイレの水圧事情も似たようなものです。

日本同様、トイレットペーパーをガバガバ使って流そうものなら

たちまち詰まってしまいますし、次の水が貯まるまで時間もかかります。

ですから、ペーパーはトイレには流さないで専用のくずかごに入れるよう

大き目のくずかごを用意してある所も多いんです。それを知らずに特に

日本の若い女性たちが日本同様、使用しようとすると失敗するわけです。


外国に行くと、そんなトイレ事情ひとつから我が日本が見えてきて

いかにふんだんできれいな水に恵まれた希少な国であるかを認識しますし

いかに水と紙も無駄に消費しているかが、反省を含め、思われてくるのです。


昨日、車を運転中、ラジオを聴いていてフムフムと思ったことがある。


ファイナンシャルプランナーのコメンテーターが番組のアナウンサー氏に

「国内株と外国株をミックスした長期投資が結局は得だとはわかりましたが

で、BBさん、今後の日本の株の見通しはどうなんですか?」と振られると

女史いわく即答した、「わかりませんッ!」って、きっぱりと!!

アナウンサー氏でなくとも「あんたファイナンシャルプランナーでしょっ?!」

って反駁したくなる。しかし女史の答えは実に現実的で的確だった。

「上級アナリストも、1級ファイナンシャルプランナーもみんな日本の株は

1万8000円になるだろうって予測をしてたんですよ!今1万5000円代。

結局サブプライム住宅ローン問題なんて出てくるとは誰にもわからなかったし

それが引き金で急激なドル安が進むこともこれまた予想できなかった。

結局、株が今後どうなるかなんてベテランの専門家でさえわからないんです」

。。。。車の中で話を聴きつつ、実に胸がすく思いがした。


そもそも上級アナリストやファイナンシャルプランナー、証券会社経営者や

役員たちが「長者番付」に名を連ねたことをご記憶の方がいるだろーか?

ワタシの家の近くには占い師で脳梗塞で倒れた男性が住んでいるが

占い師もアナリストもファイナンシャルプランナーもワタシには似たような

人種に見えてしょうがない。


明日のわが身さえ占えない、予測できない人に何故人々はアドバイスを

受けたい、何か安心の一言でもいいからもらいたい、と群がるのだろう?

もっと自分を信じろよってワタシなんぞは言ってあげたい。

宇宙とおんなじ同位元素をもつ我々人間である。

目に見えない磁力や波は常に我々の周りに働いている。

心を素直にして、いつもキャッチしようとさえすれば特別な人でなくても

近い未来は「見える」もの。疑心暗鬼になったり、いたずらに不安

がらないで、素直に何かに耳を澄ませ、行動する。

それでいいんじゃないのか。

ハボタンとはアブラナ科の観賞用のキャベツ。

と、書いてしまえば、名前からしても田舎くさい、野卑な植物に

一見思えることでしょう。ワタシも最初はシクラメンやバラやデルフィニューム

などには到底及びもつかないただの「キャベツか白菜」くらいにしか思えなかった。


でも2年目になる今は、そう思わなくなった。何故ならハボタンは花こそないが

花のようにバラのように結球し、中心が赤やピンクに色づき、しかも花のように

繊細でないのでかえっていろんなアレンジを容易にできる。つまり花束や

寄せ植えや、バスケットアレンジメントに打ってつけの素材なのである。

「つぐみ」などという種類はそれこそトゲのない一輪のバラそのものである。

匂いこそしないのでそこはまったくもって花と異なる点だが、

さまざまな色と形を組み合わせてオリジナルなバスケットを作り始めると

楽しくって、はまってしまう。これほど素材に繊細な注意を払うことなく

大胆に自分のアレンジをためせる「花の素材」はないのではないだろうか。

ワタシの自己表現手段は主に絵を描くことだが、ハボタンのアレンジは

それに通じるものがあって、なおかつまったく「生き物」という点で

絵の具やパステルとは異にする素材である。

「葉牡丹」見るからに聞くからに古臭い、陰気くさい、安っぽい印象だが

その種類の多さや苗から刻々変わる色の変化の絶妙さに触れると

むしろ若いアーティストこそ手にするべき、いろんな提示や展示の可能性を

秘めた、「まだ世間の人が気づかない」アナウマ的な存在だと感じる。

それは、今までに見たこともない魅力的な「積み木」を発見してしまった

そんな驚きがある。
「良いもの」と「お金が入る」とはイーコールにはなかなかならない。

今年のハボタンは「良いもの」ができたが夏の暑さと虫食いで

多数がダメになり、収穫量が半分位まで激減。その結果出荷して

1鉢あたりの単価(評価)は去年よりも高いのに、全体の売上は

去年の3分の2くらいで止まったまんま。このまま11月が終われば

総売上では昨年の2~3割減で終わることになるだろう。

そうなったら2年目も農業会計は「赤字」に転落する、というか

去年同様、赤字ということになる。モチロン去年の大きな設備投資は

ないので赤字幅は小さくはなっているが。


いずれにしても「金がほしい」と、金を増やすのを目的に心がいやしく

変わった時、金は自分のところには来なくなる。むしろ遠のく。

そうなると「自暴自棄」になったり、すべてがイヤになって「ヤメ」て

しまいたくなったりする。


かくも自分というニンゲンは金に執着し続け、その金を満足に手に

したことがない。なさけなく、金にほとほと縁のない、不運な人、らしい。


で、金に心が縛られない人、になることを決意するのである。

金のことは放って置いて、「良いもの」づくりに集中するのだ。

納得する芸術作品を生み出すことだけに腐心すればいい。

結果、金の評価が低くても「見る目のないヤツばらばっかしだな」位に

気にせぬことだ。きっと後から評価は、いつかツイテクルはずさ。

「金はアトからツイテクル」ものだと思いたい、

そうにちがいない、

きっと、おそらく、タブン、めーびー、、、

中学の同級生に、スポーツ万能でバスケ部に所属しながら

市の水泳大会に助っ人で借り出される大柄な男がいる。

男の父はライフル射撃で国体にも行った知る人ぞ知る有名人。

その血を引いたのだろう、息子も抜群の身体能力を有する。

中学のころから機械いじりが好きで、自転車は中古部品を

買ってきては自分で一台仕上げ、友人に安く譲ったりしていた。

高校では早速バイクの大型免許を取得しナナハンを転がしていた。

大人になると、ハーレーダヴィットソンにのめりこみ、オリジナル

パーツにも凝った。最近はBMWの1000ccにも乗っているらしい。

一方で鮎の友釣りもこなすし、レタリングや絵画もものにする。

近頃は自転車のロードレーサーに懲りだし、佐渡一週レースに

参加してきて12時間かかった、とかケロリと言い放つ。そんな男。


一昨日の晩、夜勤の宿直員仮眠室でたまたまNHKテレビを見

ハンドボールのプロ選手:宮崎大輔という男を知った。そう言えば

以前、跳び箱のNo.1を競う番組に出ていたのを思い出したが、

あらためて宮崎大輔という人間の秀でた身体能力とバランスの

良さに引き込まれた。男は、先の中学の同級生にしても然りだが、

強靭な肉体と精神力をもつ男に惹かれ、あこがれる性向が強い。

女性にとってはかえって気持ち悪いらしいが筋肉隆々たる体や

何ものにも負けない肉体的な力強さに、男はコトサラにあこがれる。


しかし勿論、誰も衰えていく肉体の現実にはあらがえはしない。

件の同級生も、最近は腰が痛い、とこぼしていた。この男でさえだ。

結局、宮崎大輔にしても老いぼれていく肉体にはあらがえないのだが、

どの歳になっても、その時々に、精一杯憧れの「高見」に近づこうと

無駄であっても、努力をし続ける。そんなニンゲンという生き物。


山の頂まで押し上げた巨大な石のタマが頂から転げ落ち、

ふたたびみたび振り出しから頂まで石を押し上げていく、

その繰り返しを人間は営々と何億、何十、何千億という人が

し続け、果てていったのである。それが共通の個人の歴史だろう。

誰にも省みられないそんな一個人の生き様は誰にとっても

『シジフォスの神話』であり、「人生これ不可解」であり

不条理そのものではあるのである、根本は。



ハボタンの出荷のピークを迎えている。

1鉢100円の時があったかと思えば

昨日なんか25円という人をバカにしたような

値段の時もある。そういう日は妙に落ち込む。

そして思う「ニンゲンって即物的だな~」って。

目の前のお金が多いか少ないか、

目の前のお菓子が多いか少ないか、美味しいかまずいか、

そのどっちかで、気分が高揚したりめいったりする、、、実に即物的で

単純なセンシビリティである。

そのレベルは犬猫と変わりないのじゃないか。


株の値段の上がり下がりに心みだされ

ガソリンが月ごとに値上がりしていくのに蒸気し

優しく諭しても力づくでひっぱってもガンとして言うことを聞かない娘に

時間も仕事も平穏な気持ちもひっかき回され、くたびれる、、、、、、


でも、ハボタンが安かろうが、ガソリンが高かろうが、ムスメが

どうしようもない病気にかかっているか、大バカであっても

別に、ワタシの腕を1本失ったワケではないし

足をなくしたワケでもないじゃあないか、

ましてムスメを亡くしたワケでもない。

だからそんなに目の前の事象に一喜一憂しないことだ。

もっと遠くを眺め、思い、深考し、直面する課題を飄々とこなし

雲に浮かぶ仙人の境地で、生きてみたいものである。


されど現実は、なんという低レベル、、、、

刻々と刻まれゆく時間の拘束の中で

確実に年を取り、じわりと消滅に近づいていると言うのに

いつまでたっても目の前の些事に心奪われ汲々とし続ける日常

ニンゲンがそんなにも即物的に一喜一憂するしかない存在として

何故カミサマはこさえなすったのだったろう?


さて、乗り越えられるか「即物」

そうして「高見」へ行けるだろうか、自分は。

時々人から見ると「突拍子もない」発想がひょいっと出てくる、

「ワタシは最近、脳が天才化してきたかも」、、、とか、、??


天才ピアニスト:ホロビッツ、天才数学者:プレマン

天才宮大工:西尾常一、天才段ボール画家:日比野克彦

天才コピーイスト:糸井重里、天才文芸評論家:小林秀雄

天才画家:Kandinksy、Oyaz

、、、皆、何が天才なのかといえば一言で言えば

その「表現力」である。


結論から言えば、人間の真の喜びは「自己表現の楽しさ」に極まる。

自分に一番あっている方法や分野で、人は皆「表現者」である。

たとえばワタシの場合はそれが「絵」であったり、最近なら

「ハボタン」であったり、「ブログ」だったりで、自己表現している。


では何故「ワタシが天才化してきた」ように感じるか、というと

表現構成(バランスと色使い/線/形の妙)が陳腐でなく

計算づくでもなく、自然に、瞬間的なのに我ながらハッとするほど

「職人ハダシ」「芸術家裸足」的に“天才的”になってきた

からである。では何故そうなったかといえば、これまでに見てきた

世界中の景色や建物やオブジェや人間や食べ物や音楽やウイットが

自分の中で昇華され自分の感覚の一つとして身につき「我考えずして

作品あり」のごとくに、作品が出来あがるようになってきたから。

それはインプットされたものを脳がそしゃくし、新感覚シナプスや

俵屋宗達的熟達の技をマネブ脳が覚え自力化し、ワタシの腕を通して

表現できるようになってきたからに相違ないのである。

そういう意味をこめて言っていたかどうかは今は訊くすべもないが

「良い作品はみんなどんどん見れば良い」と小林秀雄は言っていた。

情報や方法をインプットし、脳蔵で熟成し、アウトプット(表現)する、

その繰り返しこそ、人間の表現生活なのであり、日々の「生きる」と

いう活動、そのものなのである。と今は思う。

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