「私は以前は『社会起業家になるのが夢でした(I wanted to be a
Social Entrepreneur)』、でも今では『社会起業家であり続けることが使命になりました(I need to be a Social Entrepreneur)』。なぜならプロジェクトの職業訓練を必要としている人たちがいて、その家族がいて、ディグニティキッチンでの一日を楽しみにしているお年寄りがいるからです。」
「みんな食べるのって大好きでしょう。だからディグニティキッチンはいいんです。」
「絶対に絶対に、絶対にあきらめてはいけないんです。」
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Koh Seng ChoonはシンガポールでProject Dignity Kitchen(ディグニティキッチンプロジェクト)を始めた人。私はシンガポールにきてからすでに彼の話を聞く機会が二回あったが、毎回その熱意と、人としての温かみとユーモアのセンスに脱帽する。
9月6日に行われたIIX Impact ChatでのKoh Seng Choon氏
(©MCS Lifestyle Photography)
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ディグニティキッチンプロジェクトは障害を持っていたり、社会的に差別を受けていたりなどして就職が難しい人のための職業訓練を請け負う。以前シンガポールの庶民の食卓としてのホーカーセンターの話を書いたが、そのホーカー(屋台)で働けるように調理、会計などの技術、それに加えて経営理論も教える。プロジェクトの訓練修了生は既存のホーカーセンターでの仕事を斡旋してもらい働くこともあれば、ディグニティキッチン生のホーカーのみで運営されるホーカーセンター(=ディグニティキッチン)で仕事をもらうこともある。そのディグニティキッチンはまた、ディグニティキッチンプロジェクトが職業訓練と並行して行うお年寄り対象のディケアアクティビティの場でもある。
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ディグニティキッチンプロジェクトではその人が抱える問題ひとつひとつに向き合い、どうやったらホーカーで働けるようになるか考え抜き、一人ひとりのニーズに叶った訓練を施すという。例えば目が見えない場合、料理はできない。唯一ホーカーで担当できるのは会計。そのためにお札を見分ける方法を編み出し、何度も何度も何度も何度も練習するという。手が思うように使えない人に対しては調理器具を手に固定して、その角度で料理ができるようになるよう繰り返し訓練する。障害者のための職業訓練マニュアルなんていうものはない。人間一人ひとり性格や体格が違うように障害にも色々ある。その事実ときちんと向き合うことからディグニティキッチンプロジェクトの訓練は始まる。
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ディグニティキッチンプロジェクトの訓練は必ずしも障害の持つ人を「健常者」の世界に合わせようとしているわけではない。ディグニティキッチンを訪れるとわかるが、そこでは障害の有無に関わらず、誰もが歩み寄ろうとする「工夫」で溢れるている。簡単な例をひとつ。ディグニティキッチンのコーヒーホーカーでは耳の聞こえない人が働いている。そのホーカーを眺めていると、来る人が簡単な手話で注文しているのがわかる。「コーヒー」、「ミルクコーヒー」、「砂糖入り」…単語だけなら手話だって難しくない。Choonさんも言っていた。「耳の聞こえない人だけが努力するのではない。彼らが働ける環境を作るために私たちが無理なく変えられることもたくさんある」。常連さんのインド人は「インド人だから(おでこの真ん中を手でさす)、ミルクを(牛の角をまねる)、たくさんたくさん(あごのところに本来は2本指をあてるところを3本あてる)」と、独自の手話で注文をするようになったとか。どんなコミュニケーションもキャッチボール。お互いを思いやるところから始まる。改めて大切なことを思い出させてもらった気がする。
「ミルク」はこう
(©MCS Lifestyle Photography)
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ちなみにディグニティキッチンはチャリティ団体ではない。寄付は受け付けるが、ホーカーの売り上げ、職業訓練の講習料金(奨学金制度もあり)、イベントのケータリングなどの独自の収入源がある。いわゆるソーシャルビジネスである。Choonさんはこのソーシャルビジネスのモデルをシンガポール国内で広めていくだけでなく、同じような需要があるマレーシアや香港にも拡大していきたいと意気込んでいた。
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